第9話:Inspiration

 天気予報では、『強い寒波が下りていて真冬並みの寒さ』と言っていた。

 正直な所、


『ここだったらそんなに寒くないでしょ』


 と、たかくくっていたのだけど、実際外出すると風が強く、体感温度が1℃から2℃は低く感じた。


『失敗したなあ、思い切ってダウン着てくればよかった……』


 そんなことを考えながら、マフラーを口元近くまで巻き上げ、足早に目的地まで歩いて行った。



♪・♪・♪



 カラン・カラン・カラン


 思い切り入り口のドアを開けて、楽器店【サン・ハウス】の中に飛び込んだ。


「寒い、寒い!! おじゃまするよー!!」


「あいよー!」


 突然大きな声で入ってきたのにも関わらず、お店の中からは、ごく普通に返事が返ってきた。


 いつものことだからね。私が騒々しいのは。みんな慣れてるんだ。


「お久しぶり、花子。」

「こんな寒い日に来るなんて、珍しいじゃないか」


 シバは私に対して、言ってはいけない最大級の禁句を、軽く言ってのけた。


「こらっ!! 今何て言った!!」


「は・な・こ」


 頭にきた私は、思いっきりシバのおでこに、チョップを食らわしてやった。


「痛ってえ。シェリー。」

「せっかく久しぶりに会ったから、本名で答えてやったのに。」


「それが余計なお世話なの!」


 シバはホント、よくちょっかいを出してくる。全く年下だからって私を子ども扱いしてるんだ、きっと……


「ところでシェリー、今日はどうしたんだよ、急に。来るなら事前に連絡でもしてくれればいいのに。」


 そうシバが答えると私は、


「いや、ちょっと買い物で近くに来たもんだからね。寄っていこうかなあと思って。」


「ははあ~ん」


 シバはちょっと目を細めて私を遠巻きに見ると、


「さては最近お気に入りの、あの坊やのことでも聞きに来ちゃったのかなぁ?」


 いきなりのシバの言葉に、一瞬声を失ったけれど、


「何言ってんの! ほんとに近くに来たから寄ったの。」

「ただ、ムーは私の弟分みたいな奴だからさ。『ついでに訊ければな』程度よ。」


「ほはう。弟分とは、これまた言いようだな、シェリー」

「『年下彼氏候補の教育中』ではないのかなあ~?」


「バカ野郎!!」


 私は自分の顔が熱くなるのを感じながらも、シバの頬にビンタをしてやろうと右手を振り回したが、シバはいともたやすくかわしてしまった。


「あははは、そんなに本気にするなよ、シェリー。」

「冗談だよ冗談。そんなに怒ってると本気にするぞ。」


「いい加減にしろ!!」


 私は頭にきてドアの方に向き帰ろうとした。


「シェリー、悪かった、謝るよ。」

「何かちゃんとした理由あって、この店に来たんだろ?」


 私は振り返って、『まったく』といった表情をし、もう一度カウンターの方まで入っていった。



「正直言うと、シバの言ったことは概ね正解。ちゃんとムーが練習しているのか気になってシバにきに来たの。」

「年下の彼氏候補じゃありませんから!!」


 思いっきりのふくれっ面でシバに答えた。


「最初っから解ってるって。ひょっと悪ふざけが過ぎたかな。」


「ひどすぎ……」


 私はカウンタ-の上に両肘をつき、頬杖をついてシバを睨みつけながら言った。


「まあ、そんなに怒らなくても……」

「ムーならちゃんと、最低でも毎週2回は足を延ばして、自分の練習の成果を見せに来るぜ。」


「へえ、やるじゃん。」


 私は思わす感心して呟いた。

 ムーはまだ高校一年生、しかも一度中学の時にギターを投げ出してる。

 確かに真面目な子だとは思っているけれど、まさか、そんなにしっかりと続けているとは、あまり思っていなかった。


「正直言うと俺も驚いてるんだよ。毎日深夜まで練習してるみたいでさ。かなり進歩が速いっていうか、確実にこなしてくるんだよね。」

「たぶん根が真面目だから、言われたことを素直に吸収してるんじゃないかな。」

「意外とギターセンスあるんじゃないかと最近思うよ。」


 思わず私は黙り込んでしまった。

 シバとは、昔同じバンドのメンバーだったから、あいつの性格はよくわかる。

 意外とあたりは優しいが、駄目だなと判断したときは未練なく切る。

 しかし、素直についてくる奴や、本当に見込みがあると思った時は、とことん付き合う奴だ。

 そんなシバに一目置かれているとは、『ムーはもしかすると』って感じなのかな。

 そんなことを考えていると、また入り口のドアから


 カラン・カラン・カラン


 とベルが鳴った。

 素早くシバが


「いらっしゃいませ!!」


 というと、


「ハーイ、アリガト、シバちゃん💛」


 と、かわゆく演出している、もろ男の声が返ってきた。


「くそ、声かけて損した」


「そんなこと言わないで!! シバちゃん!!」


 ワゴンちゃんが大きな紙袋を片手に持って入ってきた。買い物から帰ってきた様子だった。


「あら! シェリーちゃん!! お久しぶり💛」

「元気してた?」


「もちろん! 元気よ!」

「ワゴンちゃんも相変わらずね」


「これが私の個性だもの、そう簡単には変わらないわよ!」


 そう言いながら笑顔でカウンタ-の奥、スタッフルームの中に入っていった。


「ワゴンちゃんも変わらないね。」


「ああ、もうちょっとまともな接客対応が、出来ればいいんだけどね。」


 シバはちょっと呆れ顔で言う。

 そんなシバでもワゴンちゃんのギターテクニックと、性格の良さは人一倍知っているはず。だからこうして仲良くこのお店を切り盛りしていると思う。



♪・♪・♪



「何か賑やかさも、一段落ついたようだね」


 そう言いながら、スタッフルームから出てきた男性は、白髪交じりで年齢は50代後半って感じ。意外とオシャレに洋服を着こなしてる。ここ【サン・ハウス】の店長、藤本ふじもと芳夫よしおだった。


「店長、いらっしゃったんですか。お久しぶりです。花子です。」


 私はそう言うと、丁寧にお辞儀をした。

 まだバンドをしていたころ、いろいろお世話になったのだ。


「よう、花子ちゃん、久しぶり。……っと、『シェリー』と呼ばないとまた前みたいに怒鳴られるかな。」


「もうそんな子供じみたことはしませんよ、店長」


 サン・ハウスの店長は、長年この店でいろんなギターやベースのメンテナンスやチューニングを手掛けてきた。

 そして私たち若者のバンドマンの相談役にもなってくれていた。

 あの時の思い出は今でも色褪せない……


「でも、店長がここにいるのは珍しいですね。いつもはご自分の工房で依頼されたギターのリペアとかをなされていることが多いのに。」


 私が質問すると、


「今日は、お客様がメンテを終わらせたギターを取りに来る日なんだよ。」


 そう言うと店長は、


「今回のお客さんは、昔ながらの友人でね。いつもはスペインのマドリードでギターを弾いているんだよ。まあ、フラメンコギターっていうのかな。」

「それと合わせて現地でバンド活動もしててね。年に数回は帰国するんだけど、その時は必ず僕にギターを預けるんだよ。」

「もう明日には、東京にいく予定なのかなあ」


「そうなんですか。忙しい方なんですね」


 店長はいつも同じ。こんなところでちっちゃい楽器店を営んでいるが、楽器のメンテの腕は最高。それを頼りに結構有名な人もここに来る。



♪・♪・♪



 カラン・カラン・カラン


「お邪魔するよ。よし君、いる?」


 そう言って入ってきた人は、店長と同い年位で、革ジャンにジーンズ、シックな色合いのマフラー姿は、年齢を感じさせない若さが光っていた。


かつ、こっちこっち!!」


 店長は、目をキラキラさせながら呼んでいた。


「迷惑かけるね、いつも。」


「そんなことないさ、またライブ招待してよ。」


「いいよ、希望日また教えて」


 いきなり話が弾んでお喋りが始まった。


 シバは私に、


「この二人は毎回会うと、話が長いんだよ。良くて年に2~3回ぐらいしか会えないもんだからさ」

「でも、こんなにいい関係が長く続けられるのって、いいよな。」


 と私の耳もとで呟いた。


「私がいるじゃん」


 今度は私がシバの耳元で言葉を返すと、


「だな」


 とほほ笑んだ。



♪・♪・♪



かつ』と呼ばれている人は、店長との会話を一段落させると、


「いきなり挨拶もせずに店長とおしゃべりしちゃって、ごめんね。」


 と言いながら、私たちの方を向いた。


「改めて自己紹介させてもらうと、私は吉永よしながかつと言って、主にスペインでギター弾きとして活動しています。」

「今回は一か月のステイでね。東京で主に活動するんだけど、今日はその前のギターのメンテで、ここにお邪魔さてもらってます。今後ともよろしくね。」


 勝志さんはそう言うと、店長と何かひそひそ話を始めた。


 話が終わると、店長は店の奥の少し広いところに、椅子を一つ準備した。


「それじゃ、今日は店員さんも勢揃せいぞろい。そして、素敵なレディもいるということで、メジャーな曲でも一曲弾きますね。ちょっとしたプレゼントです。」


 シバやワゴンちゃんは「おー」と言って力いっぱい拍手している。

 私はスパニッシュギターを生で見聴きするのは初めてだったので、ちょっと興奮ぎみ。


「それじゃあ、本格的なスパニッシュギターってなわけじゃないんだけど、みんながよく知っていると思う曲を弾きますね。」

「鬼平犯科帳というドラマのエンディングにも使われた、ジプシーキングスのインスト、『Inspiration(インスピレイション)』」


 勝志さんはそう言い終わると、数秒の間を取り、ギターをつま弾き始めた。


 初めは静かなアルぺジオで出はじまるが、曲がが進むにつれて早いパッセージと情熱的なメロディーライン、コードとソロとの絡み合い、ラストに近くにつれて、切なさが高まる曲調と旋律に身震いを覚えた。


 曲が終わると、数秒の静けさを残し、少しずつ拍手が沸いていった。



♪・♪・♪



 私は心がものすごく高揚し、ドキドキしていた。今まで忘れていたかのような心の躍動感、そして血潮が沸き立つような情動。

 聴き込んでいるうちに私の心はそのロマンティックなメロディーと強く抱きしめてくるような力強いパッセージに心をよがらせていた。

 この熱く燃えたぎらせるような感情はとても一人では抑えらないくらい。そんなふうに感じている時……


「今度この曲をムーと聴けたら……」


「え?」



 もう一人の私がビックりする。




 なんでそんなこと思うの?




 ……この曲の感動を教えたいから? それともこの曲の切なくも愛おしく感じる情熱的な、この曲をから?……




 そう考えていると、みょうに心臓がどきどきしてしょうがなくなってしまった。


『なんで?』


 そんなことを思っていると、ワゴンちゃんが声をかけてくれた。


「大丈夫? シェリーちゃん、ボーとして。」


「う、うん。大丈夫。感動して声も何も出せなくなっちゃった。」


 私は作り笑いをしながら、そう答えた。


 ふとシバの方を見るとシバは店長と勝志さんと三人で話をしていた。


『ふう。どうしちゃったんだろう。曲に飲まれちゃったかな。』


 ワゴンちゃんは、


「ちょっと片づけがあるから、先に失礼するね💛」


 というとスタッフルームには入っていった。


 歩夢……


 その後の言葉が、今は見つからなかった。




♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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