第8話:WALKING BY MYSELF
ようやくイケメン店員さんの首締めが終わって、パンクな店員さんを開放すると、僕の方に視線を向けた。
今までの鬼の形相から打って変わり、ものすごい笑顔で
「いらっしゃいませ!!」
と、ちょっとハイトーンな感じで挨拶をしてくれた。
「こんにちは。」
僕は、ちょこんとお辞儀をし、イケメンの店員さんの方に話しかけた。
「すいません、
「申し訳ありませんが、
僕が丁寧に質問すると、そのイケメン店員さんは、軽く微笑んで答えてくれた。
「おっ! 柴崎は俺のことだよ。もしかして『田所』だから、シェリーの紹介かい?」
「はい!! そうです!!」
シェリーという名を聞いてとても安心したのか、つい大きな声で答えてしまった。
パンクな店員さんは、『何を話しているの?』という感じで、僕と柴崎さんの方をきょろきょろ見ていた。
「シェリーから昨日かなあ、連絡来たよ。『アユムってうへっぽこな男の子が俺に会いに来るから、ギターの基本的な練習方法を教えてやってくれ』って。」
「もしかして、その歩夢君?」
「そうです!」
僕はとてもにこやかな笑顔を保ちつつ、『やっぱり“へっぽこ”って言いやがったな。シェリーのやつ!』と心の中で舌打ちした。
「そっかぁ、改めて自己紹介するよ。俺は
柴崎さんが苦笑いしながらそういうと、
「何が『こだわってる』よ。」
「ね! アユムクン💛」
「は、はい……」
「陽介、お客さんをビビらすな!」
「させてないわよぅ、意地悪なんだから、シバちゃんは!!」
そう言うと、陽介さんはふくれっ面になって、体全体でもじもじさせていた。
「そういえば歩夢君、シェリーとは、通り名で呼び合ってる仲なんだって?」
「結構珍しいぞ。あいつ、かなりの人見知りだからな。俺からも、シェリーが呼んでる『ムー』で呼ばせてもらっていいかな。」
僕は、『そこまで話したんだ』とびっくりしつつも、
「はい、もちろんです」
と答えた。
正直、嫌な気持ちはしなかった。
目の前にいる柴崎さんはとても紳士的で、初対面の僕に、丁寧に対応してくれている。そんな柴崎さんに、とても好印象を感じていたからだ。
「ムーも、俺のこと『シバさん』って呼んでくれよ。これからはお互いフランクに行こう。」
とシバさんの方から右手を差し出してくれた。
僕もすぐ右手を出し握手した。
何年ぶりだろう、こうやって初対面の人と親しく握手したのは。
何か音楽仲間って感じがして、とてもうれしかった。
「あーズルイ!! 私も仲間に入れて!!」
「私もフランクに『ワゴンちゃん』でいいからね。」
「その代わり……坊やの大事な……」
ドカ!!
「痛ったーい!!」
シバさんは、思いっきりワゴンさんの右脇腹に左フックを入れていた。
「それ以上、変な事を言うんじゃねえ。」
思いっきりドスの利いた声で、とても迫力があった……
「ゴメンナサイってば」
「あったりまえだ!」
「ちゃんと自己紹介くらい出来ねえのか」
かなりワゴンさんもへこんでいたが、それ以上にシバさんも疲れた顔をしていた。
「ゴメンねアユムチャン。ほんとに『ワゴンちゃん』って読んでね。」
「ほかの人がそう言っていたら怒っちゃうけど、シェリーちゃんやシバちゃんのお知り合いなら、私とも親友の一人と同じ💛 ホントよろしくね」
そう言うと、ワゴンちゃんも右手を出してきたので、僕は恐る恐る手を差し出して、握手を交わした。
その時、ワゴンちゃんの指の長さと柔らかさ、そして、手入れの行き届いた爪など、その手指のきれいな所にびっくりした。
「さ、ここで長話もなんだから、二人で奥のスタジオルームに入ろっか。」
シバさんはそういうと、一度スタッフルームに入って、CDを数枚と、CDデッキを持ち出してきた。
「それじゃ陽介、ちょっと店番頼むな。」
「ギター教えるなら私が適任じゃない?」
ワゴンちゃんがそう答えると、
「まだムーは、お前が教えるレベルまで行ってねーよ。」
と笑顔で答えた。
ワゴンちゃんも
「ハーイ、お二人とも、密室で、ガ・ン・バ💛」
「バカ!!」
シバさんとワゴンちゃんのやり取りを見ていて僕は、
『シバさんとワゴンちゃんて、ホントはすごく仲がいいんだなあ』
としみじみ実感してしまった。
そして、僕とシバさんと二人で奥の防音対策してある二重扉を開け、中に入った。
♪・♪・♪
シバさんはCDデッキとCDを床に置くと、僕に
「初めてだろうから戸惑うかもしれないけど、適当にギターをスタンドに立てかけて、ギターアンプにつないで準備してくれ。」
そう言うと椅子を二つ準備してくれた。
僕はギターケースからギターを取りだすと、とりあえず近くにあるスタンドに立てかけ、周りを見渡した。
部屋の広さは約10畳といったところ。
両端に、セパレートタイプのギターアンプとベースアンプがひとつづつ置いてあった。そしてほぼ中央にドラムセット。奥の壁に向かって左側にキーボードとスピーカーが繋がって置かれていた。
思わず見とれていると、シバさんが、
「珍しいか?」
と笑いながら訊いてきた。
「はい、一体何をどう使えばって感じです。でも、何かワクワクします。」
「いい答え方だね。そのワクワク感が大事なんだよ。」
そう言うと僕の立てかけたギターに近づいた。
「ムーはレスポールタイプのギターを使うのか。きれいに手入れしてあるな」
「あ、有難うございます。」
褒められてちょっとうれしかった。
あとは、ギターとアンプにシールドをつなげて準備は簡単に終わった。
シバさんが
「どうだ、このマーシャルのアンプは。マスターとゲインを丁寧に調整してやると、とても深みと温かみのある歪んだ音が出るんだ。」
シバさんは満面の笑みで、マーシャルアンプを見ながら僕に語ってくれた。
僕は、シバさんの言っている意味がまだ、完璧に理解できない所もあるけれど、どれだけいいアンプなのかは感じ取ったつもりだった。
「じゃ、座ろっか」
二人して椅子に座ると、まずシバさんが質問を始める。
「俺は、基本ベーシストなんだ。だから本当に基本ぐらいしか教えられないけれど、これからギター、バンドとか始めて行くための導入部分は、伝えれると思ってるのでよろしくな。」
「はい!」
「まずは、ギターを本格的に練習し始めた期間と、練習内容を教えてくれ。」
「はい、まずギターは初めて約2ヶ月ほどです。」
そしてギターケースから一冊の本を取り出し、
「練習はこの本のピッキングとフィンガリングの練習とコードの握り方を練習しています。」
シバさんは
『ふ~ん』
といった感じで、その練習本を取るとパラパラと内容を確認した。
そして、
「曲は何を練習している?」
「曲という曲は今は練習していません、まだ基本練習だけです。」
そう言うとシバさんは、
「そっかぁ、ムー、よく飽きなかったな。マジでこの基本練習をひたすら頑張ってきたのか?」
「はい、そうです。」
そう答えるとシバさんは驚いた顔をして、
「ムーはホント、シェリーが言ってた通りの真面目タイプなんだな。」
「よく分かったよ。」
「じゃあさ、そのフィンガリングとピッキングの練習の一つを見せてくれ。」
シバさんはそういうと、一度立ってギターアンプのマスターボリュームを上げ、僕に音出しのサインを出した。僕が何回か弦をはじくと音がだんだん大きくなっていく。音色はクリーンサウンドだった。
「フィンガリングやピッキング、コードストロークなどの基本練習の時はクリーンサウンドで練習するんだ。その方が音質的にはつまらないかもしれないが、ミスがとてもよく分かるし、基本練習には最適なんだ。」
「それじゃ、やってくれ。」
僕はギターを抱え直し、いつも初めに始める単音のフィンガリングを始めた。ピッキングはアップストロークとダウンストロークの繰り返し。シバさんが真剣なまなざしで見ていてとても緊張したけれど、一音一音大切に弾いた。
♪・♪・♪
一通り基本練習をシバさんに見てもらった。
シバさんは
『とてもきれいな指使いで感心した』
と褒めてくれた。また、
『できれば早いうちに、安いものでいいからメトロノームを買うように』
とも言われた。その方が正確なテンポを基準にして、8分音符や3連符のリズムを練習できるとアドバイスしてくれた。
「ただ単純な指運びだけの練習だなあと思いましたけど、シバさんが言ったようなリズムやアクセントを考えて表現しながら弾くと、全然違ってきますね」
「ああ、まず初めの段階からこれをやっておくのとそうじゃないのとでは、後でリズムギターのコード弾きや、リードギターのメロディーを弾くときに全然違ってくるからな。まずただ茫然と引くんじゃなくて、今言ったところを意識して弾くんだ。」
「はい、ありがとうございます。」
僕はそういうと、ギターを置いて、頭を下げた。
「ムー、そんな
「まあ、あとは息抜き程度に、ちょっと今度は曲の話しようか。」
「はい?」
僕は、『曲も練習できるの?』と思った。
「基本練習ばかりじゃ面白くないだろ。だから、簡単な曲1曲も一緒に練習するんだよ。」
『そっかあ、基本練習と曲の練習交互にすれば飽きないかも』
そんなこと御考えているうちに、シバさんはCDをCDデッキにセットしてとある洋楽を一曲流した。
こんな僕でも聞いたことのある曲だった。
「この曲はさ、『スタンド・バイ・ミー』っていうんだ。いい曲だろ。」
「はい、僕もどっかで聞いた記憶がありますよ。」
「この曲の伴奏を練習して、シェリーに歌ってもらったらどうだ。」
「え!! シェリーさん歌えるんですか?」
「ああ、あいつらしい歌声でな、なかなか人気あったんだ。これをお前がギターで伴奏して、シェリーが歌うんだよ。どうだ、いい案だろ。」
……マジですか……
僕がギターを弾いて、シェリーが歌う。ちょっと夢のようだった。
「コードはいたって簡単、今から集中して練習すればクリスマスまでには間に合うぞ。どうだ。」
「ぜひやりたいです!!」
「よし、また来週この時間に来いよ。今度は譜面を準備しておくから、それを見ながら練習しよう。それまでは、このCDを1週間聴きまくって、曲のイメージを固めとけよ。」
「はい!!」
僕はがぜんとやる気が出てきた。
♪・♪・♪
「そう言えば、ムーはシェリーのことどう思ってんだ?」
いきなりシバさんは、あっけらかんとそんなことを聞くもんだから、ちょっとテンパって、
「憧れというか…… 素敵な
「そっか、シェリーもそこまで言われるとは、女名利に尽きるってもんだな。俺はてっきり、ムーのシェリーに対する思いはこの曲の内容かと思ったよ」
シバさんは、デッキのCDと取り換えると曲を流した。
その曲は、さっき教えてもらったシャッフルのリズムで、ギターはかなりドライブした音だった。
「何て言う曲なんですか?」
僕はシバさんに聞くと。
「『WALKING BY MYSELF(ウォーキング・バイ・マイセルフ)』」
「もともとはジミー・ロジャースっていう人が歌っていた曲なんだけど、今聴いているバージョンは、ゲイリー・ムーアがカヴァーした方なんだ。」
「何て歌っているんですか?」
そう聞くと、シバさんはにやけながら、
「どうなんだろうな、シェリーに訊くといいかもな」
と言いながら、クスクス笑いだした……
♪・♪・♪
スタジオルームを出てカウンターまで出ると、ワゴンさんも出てきた。
「アユムチャン、大丈夫だった、変なことや
ドス!!
「あう!!」
ワゴンさんは真横に倒れ込んだ。
今度はシバさんの飛び蹴りが入った。
「またこいつ、変なこと言いやがって……」
「あ、でもさ。こいつ根はすっごいいい奴だからよろしくな。ギターテクはここら辺ではこいつの右に出る者はいないぐらい上手いんだよ。本当に。」
「そうなんですか。でも僕、ワゴンさんも好きですよ。」
「バカ、簡単にそんなこと言うな! 言ったらお前の貞操、すべて失うぞ!!」
シバさんは超マジ顔で忠告した。
僕は軽く頷くくらいしかできなかった。
「いった~い」
そう言いながらようやくワゴンさんが立ち上がった。さっき僕が言ったことは聞こえてなかったらしい。ちょっとほっとした。
「今日は有難うございました」
「おう、また来週な!」
「アユムチャン、またね~💛」
「はい! 失礼します!」
僕はお店を出ると、もう一度振り返った。
【サン・ハウス】
『いい人達だったなあ、ちょっと濃い人もいたけど……』
また来週来るのがとても楽しみになった。
♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪
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