第3話:花に赤い糸

 ピーン、ピーン、ピーン……


『なかなかメーターの針が中心にいかないなぁ』


 学校の帰り道、楽器店に行って初めてギターの弦を購入した。初めての張り替え。かなり放置していたので、弦は錆のせいでゴリゴリになっていた。


 6弦から1弦まで張り変えて、今チューニング中。当時一緒に買ったチューニングマシーンで、メーターの振れ具合を見ながらペグ(ギターの頭のところにある糸巻きの事)を回していく。


『ふう、だいたい終わったかな。ずいぶん時間かかったなあ。買ってから初めてだもんな。ごめんよ、ギターちゃん。』


 楽器店の店員さんに教えてもらった、ボディ用のウォッシング用ムースとワックス、そして指盤用のローズネックオイルを使い、ピカピカに生き返ったレスポール。基本色は赤だが、わきから中央にかけて黄色く木目が通った仕上がりになっている。



♪・♪・♪



「ピポン!!」


 僕のスマホから、ラインの着信音が鳴った。


『こんな時間に誰なんだろう?』


 もう夜の9時を過ぎていた。


 ライン交換した友人なんて少なく、ましてや僕を振った女の子の着信なんか死んでも出るか!!という感じだった。

 そしてスマホをのぞき込むと、


【いま、あんた何やってんのよ!!】


 という文字と、鬼が怒っているスタンプマーク。


「はぁ……」


 僕はため息をついた。その相手は楓、皆木みなぎかえでからだった。


『なんで今、楓からラインが来るんだ?』


 正直、疑問だった。



♪・♪・♪



 楓は同い年の女子高生で、幼稚園からの幼馴染。中学までは同じ学校に通っていた。

 成績もよく、運動神経もそこそこよかった気がする。そんな楓だが、彼女には特技があった。それは3歳から始めているピアノ。コンクールにもよく出ていたし、賞も取っている。


 高校は海の近く、県立沼〇西高校の芸術科に進学した。そこにはピアノ専攻があるらしい。勉強も、運動も、音楽もできて、羨ましい限りだよ。小さい時はお互い泥んこになったり、木登りしたりといっぱい遊んでたんだけどな。


 高校入ってからも、ラインは時々続けていた。特に彼女が出来てから『どんな服を選んだらいいのか』『食事はどんなお店に行けば気に入るか』とか訊いていた。楓はむっとしつつも、しっかりとアドバイスしてくれた。


 そして徐々に訊くことがなくなると、自然とラインや電話もすることがなくなっていったんだ。



♪・♪・♪



「ピポン!!」


 またラインが鳴った。


【何既読無視してんの!】

【早く返事してよ!!】


 今度のスタンプは鬼が三人に増えていた。


【お久しぶり】

【どうしたの?急に】


【最近なに夜遊びしてるわけ?】


【楓には関係ないじゃん】


【大ありです!!】

【今の彼女と】


【今の彼女が何?】


【変なところに行って】

【遅くなってたら怒るわよ!!】


 超怒りマーク出現。


 僕は、もうラインを打つのがめんどくさくなって、ライン電話に切り替えた。


「もしもし、楓?」


「なにいきなり電話に切り替えてんのよ。」


「なんで最初から、喧嘩口調なの? 僕、今はもう彼女いないよ。」


「え!そうなの?!」


「なに、その嬉しそうな反応。ひどくない」


「振られたわけ? どうせ歩夢が粗相したんでしょ。目に見えるようだわ。ふふっ」


「ふふって、何喜んでるんだよ! 第一僕の帰りが遅いことを、何、変な想像してるの。このスケベ女!!」


「なにがスケベ女よ!!エロおやじ!!」


「もう、楓と話すとなんかいつもこうだよ。あれ? 何か曲が聞こえるけど何聴いてるの? ずいぶんポップで可愛い女の子の声じゃん」


「ぶち!」


「あ、止めた…… ひどい! 何聴いてたの? クラシック以外で聴いてるなんて珍しいじゃんか」


「ハズイから教えない」


「曲の題名でもバンド名でもいいから教えてよ。楓が気に入った音楽、ちょっと気になる」


「ほんとに?」


「そうだよ。早く教えてよ。」


「ハニワ……」


「ハニワって、土偶の?」


「バカじゃない!! これだからバカ歩夢には教えたくなかったのよ!!」


「ごめんなさい。 もう一度ちゃんと教えてください。」


「そこまで言うならしょうがないなぁ!」


『何元気になってんの、楓……』


「ハニーワークスって言って、ユーチューブとか動画サイトで活躍してるの。いつもハニワの曲を聴くとね、胸がきゅんとして可愛くて。とにかく素敵なの!!」


「楓…… いつからそんな女の子っぽいこと言うようになった?」


「最初から女の子です!!」

「バカ歩夢にはわかんないでしょうけど、これでも高校入ってから女子力上がってるんだからね!」


「ふ~ん、女子力ねえ」

 僕は思わずシェリーを思い出した。まあ楓とシェリーじゃ天と地の差ぐらいはあるな。

 

「それで何、おばさんに何吹き込まれたの?」


「最近の歩夢の学校帰りが毎日遅いから、母親同士心配してんのよ。それを聞いたから、そういえば彼女がいたなと思って……」


「おい、楓、まさかおばさんに不純異性交遊とか変なこと言ってないだろうな?」


「いうわけないじゃん。エロ!!」


「おまえなあ、そんな事、楓が気にすることないじゃん」


「なるよ!だって幼馴染でしょ!!」


「だからって。」


「じゃ歩夢は私の事全然考えてないわけ?」


「うん」


「バカ!!!」


 ガチャ!!


 通話が終わった……


「はぁ。」

 結局楓と話すと、いつもこんな感じで終わっちゃう。

 でも、ちゃんと楓のことは、僕なりに幼馴染として考えてはいるつもり。ただ、楓は女の子のフェロモンというより、逆に男の子をひきつけないオーラの方が勝っているんだよね。

 髪の毛はごく普通に三つ編みにしてて、眼鏡かけてて、みんながスカート巻いて短くしてるのもしてなかった。

『まじめです』を実体化したらこうなりました、っていう思い出しかないんだ。

 でもあいつ、ずっとピアノやってたから仕方がないよな。学校ではクラス委員長もやってたし、頼まれたことは断り切れないたちだし、真面目なんだ。


 ピポン!!


『またラインか。』


【歩夢、今週の土曜日午後空いてる?】


 今度のスタンプは可愛いラビットがクエスチョンマークと立っているスタンプ。楓らしい。


【空いてるよ、久々に会って映画でも見る?】


 すぐ返事が来た。


【絶対行く!!約束だからね!!絶対だからね!!】


 今度はへんてこなおじさんマーク。


【じゃ、あとはまたラインか電話で連絡するよ。】


【ハーイ!!アリガト】

【楽しみにしてるからね!絶対だぞ!!】


 うさぎ100パーセントの『グ!!』をしてるスタンプが3連続。

 全く、女の子ってやつは……


 それに比べてシェリーは違うよなぁ。大人の女性は落ち着いているっていうか、憧れちゃうよなあ。


 土曜日の夜は、まず路上ライブがない日だから大丈夫として、何の映画でも見るかな。


 そう考えながら時計を見ると、もう夜の10時近くになっていた。


『楓のせいで練習時間が押しちゃったよ。あとはヘッドホンをつけて、もうひと踏ん張りするか!!』


 僕はギターを肩にかけて、まずはアップを兼ねてのフィンガリングの練習から始めた。



♪・♪・♪



『でも、楓、『ハニワ』って言ったけ。電話越しで聴いた感じ、ポップでキラキラしたような曲だったけど、そういうの聴くタイプだったかなあ?』

 

 中学の時の楓と、あのハニワの曲のイメージが、全く頭の中で一致しなかった。




♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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