第2話:Bitter Sweet Friday
僕は昨日の路上ライブを聞いてから、お姉さんの歌声が忘れられない。常に心の中を盛り上げている。
部屋の片隅にエレキギターが置いてある。
どこのメーカーが作ったのか分からない、レスポールタイプのギター。
中学の時、女の子にモテたい一心で買った。
当時は【初めてのエレキギター入門】なんて本を一緒に買って、練習をしていたけれど、結局、どんな曲をどうやって練習すればいいのか全然判らなくって、今では放置状態だった。
もし僕が上手くなって、お姉さんのバックでギターが弾けたら……
『かっこいいよなぁ』
なんて想像していた。
♪・♪・♪
最近は、ほぼ毎日お姉さんの路上ライブを、聞きに行っている。
MCで、だいたい歌ってる曲の半分がオリジナル、残りはアレンジを加えたカヴァー曲ということが分かった。
カヴァー曲はメモって、ユーチューブで検索し、原曲を聞く。
お姉さんと原曲の雰囲気の違いを楽しむのも、日課となっていた。
カヴァーしているシンガーやバンドは多岐にわたっていた。意外とソウルフルな人が多いなって思った。ホント、こんなに聞いてアレンジしている時間がいつあるのと、一回訊いてみたいぐらいだった。
♪・♪・♪
今日は、母さんがお弁当の準備ができなかったので、駅横のパン屋さんに入っていった。
「いらっしゃい!!」
朝から、女性のとても威勢のいい声を聞いた。ずいぶんハイテンションな店員さんだな。そしてサンドウィッチとハムカツバーガーをチョイスしてレジに向かう。
「いらっしゃいませ、卵・ハムとレタスのサンドウィッチセットが一つと、ハムカツバーガーが一つですね。お会計は580円になりなす」
と言って女性店員が顔を上げ、目が合った瞬間、お互い
「あ!!」
と声を合わせて絶句した。
「あた~、恥ずかしいところ見られちゃったなぁ。少年に……」
僕はびっくりして
「こんな所でバイトしてるんですか?」
と思わず訊いてしまった。
「まぁ、こうやってバイトもしないと、食えないってことだね。」
そうすると、奥の店長らしき人から声が聞こえた。
「
「すいません、店長!」
僕はちょっとにやけた顔で、
「は・な・こ・さん、ありがとうございます。」
そう言うと花子さんは顔を真っ赤にして、
「次のお客様がいるから早く!」
と舌打ちしながら言葉を投げかけた。
「あ、ごめんなさい。」
「謝んなくていいよ、私の本名知ったんだから、今日も来いよ!!」
「もちろんです、そのクマさんマークのエプロン、似合ってますよ。」
「大人をからかうな!!」
花子さんは、ずっと顔から耳にかけて真っ赤だった。
「それじゃあ失礼します!!」
「ありがとうございましたあ!!」
最後はなんかやけ気味だったような気がする……
なんとなく僕はにやけてしまう。
『初めてお姉さんと、ちょっと長く話せたな。』
そう思うと背中に羽が生えた気分だった。
『今日も絶対行くぞ!!』
僕の頭の中は、もう花子さんの歌声で一杯になり、学校のことなんか上の空だった。
♪・♪・♪
今日も、花子さんのステージは始まっていた。
僕はいつもの特等席を陣取り、鞄を道路に敷いて座って聞き始めた。花子さんはいつも僕の方に目をやって、必ず挨拶のウィンクをしてくれる。
なぜだろ。いつもその時、僕の心臓がコクンと弾ける。
『今日は結構ノリのいい曲が多いなあぁ』
なんて感じながら聴いていた。軽く縦に乗れる曲と言うか、今日は特に楽しそうだった。
終わり頃になった時、花子さんが、
「さて、今日はちょっと恥ずかしくも楽しいことがありました。 なので、最後もノレる曲で終わりたいと思います。 Bird(バード)の『Bitter Sweet Friday』」
「さ、そこの少年も立つ! 立つ!!」
と、花子さんは僕を指さして、立つように
そうするとお姉さんはシックスティーンのリズムで軽くギターを鳴らし始め、リズムがスウィングし始める。前奏が終わり歌い始めると、ちょっと軽いファンク系の曲に感じる。聴いていると、思わず体を小刻みに縦に右に左にと揺らしてリズムをとってしまう。花子さんは気持ちよさそうにリズムに乗り、歌い続ける。この曲の絶妙なアクセントや声量の強弱を難なく組み合わせて、まるでミルクの甘さとコーヒーのビターを、うまくブレイクして仕上げたカフェオレの様に味合わせてくれた。
♪・♪・♪
僕は毎回花子さんが歌い終わり、片付けるまでずっと残って見ていた。いつも花子さんはそんな僕をちょくちょく見ては、ほほ笑んでくれた。そんな空気感がとても心地よかった。
片付け終わった所で、僕に、
「少年、こっちおいで。」
と手招きした。
思わず緊張して硬くなったけれど、素直に花子さんの横に座った。花子さんは笑いながら、
「なに緊張してんのよ、今更。よくも言ってくれたわね、私の本名!! 絶対笑ったでしょ!!」
「そんな事……ないです」
ほんとのところは心の中で大爆笑だった。
「まあ、本名を知られたのはしょうがないから、最近常連さんだし、お互い自己紹介だけでもしとこっか。」
「ハイ!!」
とてもセンセーショナルな出来事でうれしかった。
「私の本名は、
「そんなことありませんて。」
笑いながら言っても説得力ないよね。
「まあこんなダサい名前だから、本名なんて基本名乗っていません!! ここ最近で知ったのは少年だけよ!! とりあえず私は、『シェリー』で通っているわ。これからはそう言ってね。」
そう言うと、シェリーは右手で可愛いこぶしを作り、僕のおでこをコツンとつついた。そんなことをされた僕は思わず恥ずかしくって
『シェリー…… かっこいいな。』
「少年は?」
「僕は
「あだ名とかないの?」
「みんなからは普通に『あゆむ』です」
「それじゃあ面白くないわね、う~ん、それじゃ「ムークン」でいい?」
「え?」
「ハイ!ムークンで決まり!」
シェリーはパンと僕の肩を軽く叩いた。
僕は苦笑いして、
「よろしくお願いします。シェリーさん」
としか言えなかった。
「『さん』はいらないわ、シェリーでいいよ。」
シェリーは、立って荷物を持ち始めた。
「ムークン、もう遅くなるから帰ろっか。」
そう言って僕を見下ろすシェリーの瞳はとても美しく深く、僕のすべてを飲み込みそうだった。
「は、はい。」
僕はさっと立ち上がると鞄をもって準備した。
そしてシェリーは町の方へ、僕は駅の改札口の方へ向かう。
「ムークンまだ学生よね、高校生でしょ。こんな毎日遅くて大丈夫? ママに怒られない?」
「僕も立派な男です! シェリーの曲を聴くためなら何でもです!!」
僕は真顔で言った。
「アリガト。 大好きだよ、ムー!!」
シェリーはそう言うと手をふって歩き始めた。
思わず僕は、
「そんなこと言ったら本気にするぞ!!」
と大きな声で答えた。
小さくなったシェリーは後ろ向きのまま片手をあげた。
シェリーと一緒に音楽が出来たら……
そんな淡い夢をつい妄想してしまった。
でも、シェリーが、そんな妄想をかき消すような過去を背負って、歌い続けていることを、僕はいまだ何も知らない……
♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪
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