Songs!!

ソラ

第1話:始まりの歌

「はぁ、ショックだなあ」

 僕は、打ちひしがれていた。

 学校帰りの途中、小さな公園でブランコに乗りながら、夕暮れの空を見ていた。


 僕の名前は北条ほうじょう歩夢あゆむ

 高校を入学して、もう半年が過ぎようとしている。


 実を言うと、僕は入学して早々、クラスの女の子に告白された。

 愛くるしい顔立ちで、明るく、かなり元気な女の子だった。

 僕は今まで女の子と付き合ったことがなくて、何をどうしていいかわからなかった。でも、彼女に見合う彼氏になりたくて、一所懸命に努力はしたつもり。

 外見は僕の好みだったし、徐々に惹かれ始めたのも事実だったから。

 しかし、淡い恋愛はすぐ、ほつれ始めた。


 今日の放課後、彼女に呼び出され、

『E組のつばさクンと付き合うことになったから、もう別れてね。しつこい人嫌いだから。じゃね!』

 って、なんとも軽く、一方的に別れを告げられた。

 悪気もなく、ただの挨拶のように言われたら、正直、頷くぐらいしかできなかったよ。


 もう秋も深くなり、冬支度も始まる11月初旬。

 僕は初めての恋愛と失恋を超特急で経験した。



♪・♪・♪



 公園の時計が、夜の7時30分を回ろうとしていた。あと5分ほど歩くと最寄り駅に着く。

 ここは静〇県沼〇市、結構片田舎の都市まち。その起点となる沼〇駅はJRしか通っていない。休日の夜は、サラリーマンの飲んだくれや若い人たちで、多少は賑やかなんだけど、平日は、通勤や通学の帰宅プチラッシュ程度のものだった。


『やべ、この時間じゃ自宅に着くのに結構遅くなるな。とりあえず母さんにラインをして、もう帰ろう』


 ある程度、心の整理はついたように思えた。でもフラれるって結構、心が痛い。


 暗くなった路地を、駅に向かってとぼとぼ歩いていると、何か歌声が聞こえてきた。それとアコースティックギターの音も。


『あれ、この時間になると路上ライブやってる人がいるの?』


 駅に近づくと、改札口の中央から50メートルぐらい離れた、シャッターの下りたパン屋さんの前に、一人の女性がギターを片手に歌っている。

 周りは、カップルが一組とサラリーマンやOLっぽい人が数人聞いているぐらいで、大半の人たちは駅に向かい足早に歩いていた。


 僕は思わず立ち止まって、歌っている彼女の目の前に立った。たぶん年齢は確実に年上。濃紺のタートルネックニットの半そでで、スカートはブラウンのベロアスカート、アクセントに黒い細いベルトをしている。そして、肩からデニムジャケットを羽織っていた。

 髪の毛は黒髪をすらりと肩までおろしていて、とても綺麗な髪に見えた。目はちょっと目じりが上がっていて、少しきつそうに感じたけど、その歌う時の瞳の真剣さには、圧倒されるものがあった。

 歌の調子に合わせて動く唇はそんなに厚ぼったくなく、ベージュカラーで頬の色にとても合っていた。身長は僕よりも低く160センチぐらいだろうか。


 街灯の下で優しくアコースティックギターを弾きながら、時には低く語りかけるような淡い声。歌がサビに近くなるにつれ、どんどん音程が高くなっていき、最後には3オクターブまで上がり切っているのでは、と思うぐらいの高音を、とても明瞭に濁りのないストレートな声で歌いきる。

 そのパワーに僕は息を呑んだ。

 彼女は一曲一曲歌い終わる度に汗をぬぐい、ペットボトルの水を飲んだ。


 僕は、お姉さんがオリジナルの曲を歌っているのか、既存の曲をカヴァーし、アレンジを加えて歌っているのか分からない。でも確実に、僕という一人の人間を立ち止まらせる力が、そこにあった。



♪・♪・♪



 本当に聞き惚れていた。スタンダードで音階の広がりのある曲を歌う時もあれば、アコースティックギターを華奢きゃしゃな手や指で、できる限り強く弾き鳴らし、ロック調で歌う曲もあった。

 とてもジャンルが幅広く、また、それらの曲を、お姉さんは特徴のある声で歌いきってしまう。


『これがシンガーなんだ。』


 心の中で、呟いた。



♪・♪・♪



 何曲か歌い終わった後、僕を含めて数人しかいない聴衆に、


「今まで聞いてくれてありがとう。 それじゃ最後の曲です。 この曲の歌い手さんは、Aimer(エメ)という方です。曲は『星の消えた夜に』。これから季節は冬に向かっていきます。星も一際ひときわまたたき始める時。でもそんな星が見えなくなってしまってる方の心に、少しでも伝わる様に心を込めて歌います。聞いてください」


 そう言うと、優しく前奏を爪弾つまびき始める。それはとても静かで優しい。

 お姉さんが歌い始めると、今までとはまた違った歌声を見せた。まるで僕に話しかけてくれてるような歌声。つややかに、そしてサビのとこでは、伸びのある長音に加え、軽く響くビブラートがかかっている。


 歌詞の中


『大丈夫だよ 大丈夫だから 大丈夫だよ 大丈夫だから』


 と優しく語りかけ、そのあとに一気にサビに入る。その人の心を思いやる歌詞に…… 一途に思っている愛の形を歌っている歌詞に…… 僕は両目からぽろっと涙が流れた。

 お姉さんの歌うこの曲は、僕の些細ではあるが、傷心した今日の出来事を癒してくれた気がした。


 お姉さんは歌い終わると、ギターを下ろしながら僕に目をやる。


「少年、最後まで聞いてくれてアリガト。」


 そう言うと僕に軽くうウィンクした。


「え!?」


 そう思って周りを見ると僕しかいなかった。

 僕は軽く目をぬぐって、お姉さんに向かって、


「また聞きに来ます!!」


 と言ってダッシュで駅に向かって走り始めた。

 そんな僕にお姉さんは大きい声で


「またねー!!」


 と手を振ってくれた。



♪・♪・♪



 アンハッピーな日の夜に、ハッピーなプレゼントが舞い込んだ……



♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る