第25話

 リオノーラと入れ替わりにエリックが帝王の正面に立った。


「それでは帝王様、所見をどうぞ」


 女性の裁判官が場を仕切った。帝王がゆっくりを口を開ける。


「正直、ここまでとは思っていなかった。信用されているんだな、エリック」


 フフンと僅かに笑い、帝王が言った。そして、エリックもまた微笑んだ。この時のために帝都までやってきたのだと言ってもいいからだ。


「ああ、思いの外信用されてるみたいだ」

「思いの外? 想定内じゃないのか?」

「いいや、予想外だよ。お前が帝王になって二十三年ってとこか? でも俺とお前の付き合いは三十年以上になる。なんたって、前帝王の頃から知り合いだったわけだしな」

「父上が帝王だった時代からお前は魔王だったわけだから、そうなるな。初めてお前がうちに来た時、どうなるかと思ったよ」

「そりゃそうだよな。尋常じゃない警備の中、一人で歩くのは肝が冷えた。でも帝王の家を訪れる度に警備が減ってくのは、あれはあれで面白かったぞ」

「で、なんで予想外なんだ?」

「三十年以上の付き合いだ。お前ならわかってるだろ。俺はな、根本的に前魔王となにも変わらない。自分のやりたいことをやっているだけなんだよ。そりゃちょっとは考えるけどな、こうしたら誰がどう思うかとかさ。でも基本的には自分本位なんだよ。こうしたいああしたい。そういう気持ちだけで動いてきたし、政策だってそういう気持ちで行ってきた。そのせいでお前には法律の改定だってさせた。そうだよ、俺は自分本位に生きてきたんだ。それがこんな結果になるなんて、予想外も予想外さ」

「確かに、お前はなんだかんだとワガママだよな。友人としてお前のワガママに付き合わされるのも相当面倒だった。が、お前だったからワガママに付き合ってやったんだ。世の中にある正しさなんてのは、個人の気持ち一つで簡単に揺らぐ。普遍的なものなど一つもない。殺人でさえ、人が決めたルールで縛っている。野生動物たちが平気で弱肉強食の世界で生きているのにな。だが俺はお前が、人の世界においての正しさを持っていると、俺の考える範疇でそう思った。だから協力した」

「何度一緒に酒を飲んだかな」

「クソデカイ害魚を釣りに連れて行かれたこともあったな」

「なんだ、ダジャレか? らしくねーな、帝王さま」

「そ、そういうつもりではない。だが、なんだ。それでも俺はお前を罰しなければいけない。友人であろうとも、共にした時間が長かろうとも」

「わかってるよ。ここはお前の国で、俺はそこにいる。お前の国を動かしているのはお前じゃない。お前のしたについている人間たちだ。その人間たちの意思を無視できないのは当然さ」

「そうだ。だが、人間たちの中にも魔王バルタザールの処刑に対して疑問を持つものが多くいる。その者たちの意思も尊重しなければいけない。特に魔王城襲来の件に関して言えば、魔王を快く思わない者たちの犯行であることは明白だ。人間界と魔界において、お互いを攻撃し合わないという条約がある。その犯人を捕まえなければいけない。お前を罰するよりも前に、だ」

「俺を罰する前に……?」

「ところでエリック。この国にある帝王恩赦を知っているか?」

「そりゃ、知っているが」

「被告人であっても、罪人であっても、帝王がその者の功績を認めれば罪を免れるというものだ。だが、これが使われたことは一度もない。父の時は三度ほどあったらしいがな」

「その恩赦で見逃してくれるってか」

「そういうわけにはいかない。いろいろと人間に尽くしてくれた魔王であっても、罪状がある以上は裁かなければいけないのだから。弁護釈明も証言だけであって証拠があるわけではない。あれは人情に訴えかけるだけのものだ。そこで、だ。これから恩赦を受けるため、一つ頼まれてもらいたい」

「俺になにをしろってんだ」

「制限時間は三時間。その間にある人物を見つけ、捕らえること。それができなかった場合、俺はお前を死刑にする。民衆の前で斬首し、魔界を潰す」

「怖いこと言うじゃねーか。でもまあ、捕まえればいいんだろ?」

「そういうことだ。できるだろう? 魔王、バルタザールよ」


 一人の兵士がやってきて、エリックの手錠を外した。


「俺を誰だと思ってやがる。人間と魔族の仲を良くするために、人の涙を減らすために、人が気持ちよく生きていかれるようにっていろいろやってきたんだよ。たかが人探しだろうが。できるに決まってる」

「それでこそ我が友」


 手錠を外した兵士が大きめの封筒を差し出してきた。中には写真付きの書類が数枚入っていた。


「そこにいるヤツを探せ。言わずとも、ソイツの罪はわかっているだろう。くれぐれも殺すなよ。重罪人だ、殺しても罪には問われないが、お前にはそれをしてほしくない。判決はこちらで下す」


 写真を見て、名前を見て、冷静を装ってはいるが、内心は腸が煮えくり返る思いだった。


 髪の長い男性。頬はこけ、目は血走っている。身長百八十そこそこ。体重は七十キロもない。名前はランドール=ビットナー。アイーダを暗殺した男だった。


 書類には過去に魔王城に忍び込み、魔王の妻アイーダを殺害したということも書いてあった。それどころか、此度の魔王城襲撃事件の首謀者であることも記載されていた。魔王バルタザールの帝王裁判で魔王が死刑になるだとうと王都に停泊しているという。この帝王裁判もランドールの仕込みであり、反帝王派と手を組んで魔王を悪役に仕立て上げた。この情報だけでも、エリックは怒りで頭がどうにかなりそうだった。


 一番下の書類はマティアスからの手紙だった。


 ランドールと手を結んでいる反帝王派はこちらでなんとかする。お前はランドールを捕らえろ。この時のために民衆の反感を買ってまで我慢をしてきたのだから。そういう内容だった。


「オーケーマット。貴重な資料ありがとうな」

「民衆の前で愛称を使うなとあれほど言っただろうが」

「それくらい許せよ。んじゃ、行ってくるわ」

「事前に三人の兵士を選んでおいた。連れていけ。一応都内に兵は配備してあるが、その三人は特に信用できる」

「わかった。リオノーラのことは頼んだぞ」

「任せるがいい」


 今回の法廷で一番のざわつき。その中でエリックが法廷を出た。外には三人の兵士がいて、エリックの後ろからついてくる。その中には、壁際にいた若い兵士もいた。


「これはお前の差し金か?」


 と、歩きながら若い兵士に言った。


「差し金って言い方はよくねーな。これでも苦労したんだぜ? トーラスを説得すんのも連れてくんのも。事前に反帝王派が決めた弁護釈明人と入れ替えたりな。それでもまあ、なんとか筋書き通りいってなによりだわ」

「誰が書いた筋書きなんだよ」

「決まってるだろ。趣味で物書きしてる兄貴だよ」

「本文は学者のはずなんだがな、一体なにをしてるんだか」

「姉貴も兄貴もちゃんと傍聴席にいたな」

「なぜ来たんだと言いたい。お前らにはお前らの生活があるだろうに」

「わかってねー、わかってねーよアンタは」

 若い兵士の方の上に、大きなムカデが乗ってきた。黒い首輪をしていた。

「俺の生活も、姉貴の生活も、兄貴の生活も、そしてエルキナの生活にも、アンタがいなきゃ、そりゃ本来あるべき生活じゃねーんだよ。な、オヤジ殿」

「言うようになったじゃねーか、ギュス」

「これでも俺はアンタを尊敬してんだよ。言わせんな恥ずかしい」

「まあ、こういう親子関係も悪くない。お前はわかっているだろうが、これは国だとかそういう問題だけじゃない、俺たち親子にも関係があることだ。気を引き締めてかかれよ」

「誰に言ってんだよ。アンタのガキだぞ、それくらいわかってらぁ」


 ギュスターヴは片方の眉を下げて笑った。


 ドルキアス、ラマンド、ユーフィとも合流し、いつものようなシルエットが出来上がった。

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