第26話

 裁判所と帝王城は近いのだが、城下町までは少しだけ距離がある。そのため、外には魔動車が用意されていた。裁判所を出て魔動車に乗り、ランドールがいそうな場所を兵士たちに訊いた。


「ある程度は絞られてるんだな。このままなら三時間もいらんだろう。が、普通に宿屋にいるとも思えないな」

「ランドールは反帝王派と繋がってるだけじゃない。麻薬の裏取引に人身売買、殺しに強盗にといろいろやってる。たぶん宿屋にはいないだろうな」

「都内にも兵士が配備されてるんだよな? 情報はどうやってやり取りしてる?」

「基本的には無線だ。でも無線はコストが高いから、一つの部隊に一つしか配備できない。個人個人でのやり取りは不可能だな」

「なるほどな。じゃあ俺は宿屋にはいかない。エンヴァー通りにある武器屋に行くぞ」

「武器屋なんて行ってどうすんだよ」

「あそこはただの武器屋じゃない。人間の武器商人と、魔族の情報屋が店をやってんだよ。なにか得られるかもしれない」

「ぶきやに行くの?」

「ああそうだ。そこで――」


 幼い少女の声に、思わず後ろを向いた。


「おま、なんでここにいるんだよ……」


 後頭部席よりもさらに後ろ、荷物を載せる場所にリオノーラがいた。


「エリックが出て行くところが見えたからついてきちゃった」

「きちゃったじゃないよお前……あー、もう。仕方ない。このまま連れてくか」

「わーい!」


 リオノーラが荷台から這い出て、エリックの膝の上に乗った。


「おい、その年で幼女趣味とかやめてくれよな。自分の子供のことも考えろって、ホントに」

「そういうのじゃねーよ! クソ!」


 結局、いつものメンバーになってしまった。しかし、それが妙に嬉しく、エリックは知らず知らずに笑顔になっていた。


 都内を走る魔動車が一軒の武器屋の前で止まった。エリックとギュスターヴだけが武器屋に入り、店主とやり取りをした。奥にいる魔族からランドールの情報を聞き出す。しかし相手も情報屋で、情報一つに五十万という値段がついてた。エリックは「マットにつけとけ。言い出したのはアイツだ」と吐き捨てた。


 ランドールの今日の予定の詳細はわからなかった。だが、一時間後に海岸の貸倉庫で裏取引があるらしい。


 海岸までは車で十分程度だが近い場所まで車で行くと怪しまれてしまう。そこで、都内を車で走り、帝都の入り口から歩くという方法をとることにした。


 強固な門を横目に、魔動車で帝都を出た。そしてすぐに下りる。本当はリオノーラを連れて行きたくなかったのだが、珍しくワガママを言うものだから連れていく他なかった。なによりも、反帝王派に捕まる方が厄介だと思ったのだ。


 街道を歩いていくと右手に海岸線が見えてきた。同時に、海に面した貸倉庫も見えてくる。


 周囲を警戒しながら、徐々に貸倉庫へと近づいていく。近くの森に身を潜め、時間を確認しながら機を伺った。


 合計十個の大きな倉庫が連なる貸倉庫。舗装された海岸に面し、基本的には海から取り寄せた海外からの品を収納しておく場所である。


「来たぞ、ランドールだ」


 黒塗りの高級車で現れたランドール。服装はタンクトップに革張りのパンツと非常にラフであった。ランドールが乗っていた魔動車以外にも、同じタイプの魔動車が二台あった。そのからは黒いスーツの男たちが降りてきていた。ランドールの部下だろうなと、すぐにわかった。


「いつ飛び込む?」


 ギュスターヴが隣で言った。


「二分後だ。着いてすぐは周囲を警戒してる。けれど時間が経ち過ぎると取引が終わる。ここから貸倉庫への距離を考えれば二分が妥当だ」


 目測三百メートル。この辺は魔獣も生息している上に、今はエリックも魔力の放出を抑えている。ランドールの仲間に魔力探知に優れる者がいても、そうそう見つかることはないだろう。ただし、近づけば間違いなく気づかれてしまう。


「俺が一気に近づいて全員ぶっ飛ばす。お前らは後から来て、気を失ったヤツらを確保しろ。いいな?」

「本当にそれでいいのか? 失敗したらどうするよ」

「お前らが後から追ってきてるんだ。俺が失敗してもなんとかなるだろう。わかってると思うが、俺が人質になってるとしても躊躇すんなよ。あれは、お前の母親の仇だ」

「――わかってるよ」

「それでいい、それでこそ俺の息子だ。それじゃあ、あとは頼むぞ」


 リオノーラの頭を人撫でし、脚に力を込めた。頭の中で秒数を数え、百二十秒経った後に貸倉庫へと向かって走っていく。


 当然のように、倉庫の前には黒いスーツの連中が見張っていた。が、そのスーツの男を全員吹き飛ばし、黒塗りの魔動車三台を吹き飛ばし、貸倉庫のドアさえもぶち破った。


 だが、エリックの動きはそこで止まった。身体がまったく動かなくなってしまったのだ。目も口も動かせない。瞬き一つできないために目も乾いていく。全身が麻痺したような不思議な感覚であった。


「来るかもしれない。そう思って警戒して正解だったな」


 銃口をこちらに向けたランドール。倉庫の中には二十人以上のスーツの男たち。その男たちが持つ銃は、すべてエリックに向いていた。しかしエリックの動きが止まったのはそれが原因ではない。


 エリックの胸には細い針が刺さっていた。ランドールの銃から放たれたであろうと容易に想像できた。


「一瞬で回ったろ? ウチで作った最新型の神経毒だ。即効性が高く、撃たれた瞬間から動きが鈍くなる。口も、眼球も上手く動かせないだろ? 弱点は臓器の動きを止められないことだな。拘束用でしかない。だがここでお前を殺す時間もないからな、今日のところは勘弁しといてやるよ。お前がここに来たってことは帝国軍も動いてそうだからな」


 ランドールはスーツケースを手に取り、他の男たちと共にこちらへと歩いてくる。エリックの前まで歩み寄り「残念だったな、元魔王」そう言いながら、エリックの脇をすり抜けようとしていた。


「だれが」

「ん?」

「行かせてなるものかよ!」


 血が滲むほど奥歯を噛み締めながら、エリックは思い切り腕を振った。感覚はない。自分が腕を動かしているのかも、視界では捉えているが実感がなかった。それでも、ここで逃がすわけにはいかなかったのだ。


 この時、エリックはアイーダの死に際を思い出していた。腹を切り裂かれ、臓物が零れ落ち、それでもエリックを見て微笑んでいたアイーダ。額に滲む汗も、口から流れる血液も気にせず、エリックの頬を撫で続けていた。私とアナタの可愛い子どもたちをお願いねと、掠れた声でそう言っていた。そして最後に、ずっと愛しているわとつぶやき、目を閉じた。


 もうそんな思いはたくさんだと、緑色のコートを脱ぎ捨てた。


 数え切れない銃弾がエリックを襲う。コートを目眩ましにして、魔力で銃弾を弾いていった。銃弾の一部は魔力を貫通するものらしく、腕に、脚に、腹にと銃弾を受けた。


「おおおおおおおおおおおおおおおお!」


 痛みはない。けれど身体は動く。いや、無理矢理動かしているのだ。


 コートを脱いだことで、エリックの魔力は飛躍的に上がった。緑色のコートは自分の魔力を隠すための隠れ蓑だったからだ。それでも魔力を無効化する銃弾と神経毒のせいで思うように戦えなかった。残ったのはランドールを含めた五人。しかし、そこでガクリと膝が落ちた。


「ようやくおさまったか。ったく、世話のやけるオッサンだ。行くぞ、このままでも勝手に失血死するさ。だが、ちょっとだけ待て」


 ランドールを含めた五人は入り口付近に身を寄せた。そして、何事かと飛び込んできた帝国兵三人、それと小動物三匹に神経毒を打ち込んだ。帝国兵三名。それはギュスターヴを含めて三人だ。つまりもう戦える者がいなくなったということになる


「手こずらせやがって。お、なんだよガキがいるじゃねーか。しかも女。こりゃ高く売れるな」


 ランドールが舌なめずりをした。それを見てエリックが吠えた。


「貴様ああああああああああああああ!」

「さいっこうだよ、お前のそういう顔はな! なにが魔界を良くするだよ。ふざけんじゃねえ、こっちは商売がやり辛くてしかたねーじゃねーか。人のことなんて知ったことか。俺は俺がやりたいように生きるんだよ! そのためにはてめーみたいな偽善クソ野郎が邪魔なんだ! さっさと死ね!」


 重くなった身体で前へ、前へと進んでいく。思ったようには動かないが、それでもリオノーラを守らなければという思いが強かった。


「じゃあな、元魔王さま」


 ランドールがそう言った。向けられた銃は神経毒用の銃ではない。鉛玉がこめられた銃だ。


 サイレンサーが付いた銃の独特な発射音。一発、二発、三発と、三発の銃弾がエリックの胸元へと吸い込まれていった。

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