第23話 〈四日前〉
外は生憎の雨だった。トーラスは窓から曇天を見上げたあと、意を決したように仲間の方へと振り向いた。
「やはり、このままではいけないと思う」
二人に向かって、トーラスがいった。
「アナタならそう言うと思っていたけど、具体的にはどうするつもり?」
イスに座り、頬杖をつくミュリアが言った。長い髪の毛を後ろで一つに束ねる紅一点だ。
「そりゃコイツのことだ、なにも考えずに帝王城に向かうんじゃないか?」
ベッドの上であぐらをかいていたシューミットが呆れ顔で言った。身体は大きめで短髪、見るからに力自慢といった風体である。
「よくわかってるな。帝王裁判の時に弁護釈明をする。そのためには帝王城に行かなきゃいけない」
「しかしなぁ、帝王裁判の弁護釈明ってあんまりいい話聞かないぞ? どうやってもやらせにしかならないっていう話もあるくらいだしな」
「それもおかしな話よね。あの帝王がやらせをするっていうのも、少し考えにくいというか……」
「帝王は仄暗い噂もかなりあるみたいだが?」
「でも帝王は魔王と結託して国の情勢を変えたいって言ってなかったかしら?」
「うーん、だから民衆も混乱してんだろ。実際帝王と魔王のお陰で国は良くなった。魔族が人間を殺すこともほとんどなくなったし、逆もまたしかり。魔界でできた野菜とかが流通するようになったし、魔界にも行きやすくなった。人間界にも魔族が来るようになって生活も変わった。それだけに帝王の、なんというか、動きというかが分かりづらいというかな」
「噂によれば帝王派と反帝王派がいるとも聞く。反帝王派がかなり力を有しているとすれば、帝王が知らないところでいろいろ起きていてもおかしくはないだろう。だから俺は行くんだ。魔王の弁護をし、あの人を助けるんだ。それが終わったらまた戻ってくるさ」
二人に笑いかけ、トーラスはドアへと歩いていく。
「おいおい、俺たちを置いていくつもりか?」
「そういうの、よくないんじゃない?」
二人が立ち上がりニヤッと笑う。
「なにがあるかわからない。お前たちにその危険を負わせるわけにはいかないだろ。これは俺の個人的な事情も絡んできてるんだから」
「一緒に魔王を見逃した時点で似たようなもんだろ」
「なによりも私やシューミットも魔王には助けてもらってるしね。アンタが行くなら私たちも行くよ」
「そう言われると、断り辛いな」
顎に手を当ててしばらく考え「よし」と頷く。
「行こう、帝王城へ」
「ええ」
「ああ」
そこで、ドアがノックされた。
宿屋の人間だろうかと、そっとドアを開けた。
そこには緑色の軍服に身を包み、帽子を目深に被る帝国兵がいた。胸の勲章は一つだけ。それに顔立ちは非常に若く、伍長くらいだろうと安易に想像できた。
すぐに対応できるようにと、剣の上の方で手を待機させた。
「おいおいちょっと待てって、殺し合いをしに来たわけじゃないんだって。とりあえず中に入れてもらえるか?」
軍人がにこやかに言う。にこやかというよりは軽薄そうに見える。
剣を抜く意思はそのままに、身を引いて部屋に招き入れた。
「アンタ、トーラスって勇者だろ? これから弁護釈明のために帝王城に行こうとしていた、違うか?」
「そうだが、なにか困るのか?」
「非常に困る」
「魔王に有利な発言をされるのが、か?」
「逆だよ。魔王に有利な発言をするやつに、勝手に城に行かれちまうと、最低でも一週間くらい軟禁されちまう。魔王の裁判が四日後だから、一週間も軟禁されたら弁護はできない。このまま城に行かれると裁判には出られない」
「その言い方だと、アナタは魔王の味方なのですか?」
「まあ、そういうことだな。四日後、裁判の直前に迎えにくる。それまでは大人しくしていてもらえないか、っていう話をしにきたわけだ」
「直前に足止めをする可能性があると、俺が考えないとでも思ったか?」
「考えるだろうな、とは思ったよ。あやしいもんな、仕方ない。帝王はそれなりに信用されているが帝国兵はあんまり信用されてないっぽいのは知ってる。だから信じて欲しいとしか言えないんだよな、これが」
「信ずるに値する証拠が欲しい。それがあれば、俺たちは直前までここで待つ」
「そう言われると難しいんだが……そうだな」
男は右手で左腕をまくった。小指だけを立て、トーラスの前に手を上げた。
「俺の小指で、その証拠にできないか?」
「小指を切り落とせってことか……? なにを言い出すかと思えば……」
「アンタはそこそこの剣士だと思うし、この距離なら小指だけを力落とすくらいはできるだろ?」
「そうじゃない。なぜ自分の身体を差し出してまで魔王を守ろうとするんだ。アナタは、一体なんなんだ」
「今は言えない。そうだな、それで不満なら腕ごと切り落とせよ。それでお前が満足するなら、肩くらいまでだったら差し出してやるよ。切り落としたあとにちゃんと処置してくれるなら、なんだが」
「どうしてそこまでするんだよ。こんなの、狂気だ」
「狂気だろうが正気だろうが、俺に差し出せる証拠なんてねーんだよ。しかたねーだろ。それでも守りたいものがあるなら、俺は何だって差し出すつもりだぜ」
男と視線が交錯した。そして理解した。この男は本気で言っているのだ。非常に恐ろしく、それでいて決意が滲み出ていた。嘘ではないのだと、目を見るだけでもわかってしまう。
それ以上にこの瞳をどこかでみたことがあった。
「わかった。アナタの言葉を信じよう。ここで待っているだけでいいんだな?」
「ああ、絶対に迎えに来る。その代わり、ちゃんと弁護釈明して欲しい。魔王が裁判で勝てるような、そんな証言を」
「約束はできないが尽力しよう。俺だって魔王には死んでほしくないからな」
「そうか。んじゃ、ひと思いにやれよ。右手で血の流れを止めてるから」
ずいっと差し出された小指に、トーラスは右手を添えた。
「証拠の話はもういい。ちゃんと迎えに来てくれるのな、な」
「そりゃありがたい。俺だって小指だの腕だのって失いたいわけじゃないからな。それじゃあ、またな」
そう言って男がドアを開けた。
「ちょっと待ってくれ」
その背中に向けて、トーラスが言った。
「まだなにか?」
「アナタ、もしかして……」
「それ以上は言わないお約束だ。自分の中で完結させてくれ」
男は人差し指を唇に当て、イタズラそうに微笑んでから部屋を出ていった。
本当にこれで良かったのか。それはトーラスにもわからなかった。今は信じるしかなく、信じた以上は貫き通すと誓った。
自分にできることは弁護釈明の内容を考えること。そして、魔王に有利は発言をすることだ。
トーラスは仲間二人と共に弁護釈明の内容を考えることにした。事実を元にしていかに帝王や裁判官の心証を良くするか。
時間はまだある。紙とペンに単語を抜粋しながら内容を考えた。自分の恩人を助けるために、勇者は今、別の戦場へと赴く準備を始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます