第22話

 法廷では、エリックが旅の中で事件を起こしたことになっていた。魔族が人間を傷つけ、苦しめた。間違いではないが、ただただ人を傷つけたわけではない。孤児を助け、バイヤーやディーラーを摘発するように仕向けた。


 しかし、裁判官と検事は聞く耳を持たなかった。なにかと因縁をつけては、エリックを犯罪者にしようとしていた。


 エリックにもわかっていた。この法廷には敵しかいないのだ、と。だからなにも言わなかった。言ったところで却下されることは目に見えていた。


 傍聴席に顔を向ける。兵士に囲まれたリオノーラたちが泣きそうな顔でこちらを見ていた。


 下を向き、どうすれば打開できるかと思考する。今は検事局が「エリックを罪人にしたてあげる」時間だ。なによりも弁護士がない以上、どうやってもひっくり返せないだろう。もしも状況を変えられるとしたら、三人だけ召喚できる弁護釈明のみ。これもまた、エリックが自分で選ぶことはできない。結局のところ、これも軍部が用意した人間である必要があった。


 弁護釈明のふりをして被告人を貶めるよう仕向けることも充分可能で、そのため死刑になった者も知っている。かといってここで暴れるわけにもいかない。そんなことをすれば、一緒にいたリオノーラや七天将、それに自分の子供たちまで危ない目にあってしまう。それだけは、なによりも避けなければいけなかった。


「それでは、弁護釈明に移りたいと思う。エリック=バーネット、なにか言いたいことはありますか?」


 男性の裁判官が言った。


「特には……いや、一つだけある」

「なんでしょうか」

「もし俺が死刑になったとして、あそこにいるリオや小動物はどうなる?」

「軍部で引き取る、という形になるでしょう」

「引き取られたあとで、ちゃんと生活は保証してもらえるんだろうな?」

「善処します」

「善処じゃねーよ。その辺をちゃんとしてくれ。ちゃんと、明確に、保証すると言え。リオはまだ六歳だ。分別がつくまで軍部で面倒を見ると言え」

「……わかりました。いいですか、帝王」

「ああ、その男が言う通り、もしも死刑になったら少女と小動物はしっかりと面倒を見る。私が保証しよう」

「ありがとうよ。俺が言えるのはそれくらいなもんだ。さ、弁護釈明に移ってくれ。まあ、時間のムダだろうけどな」

「それでは一人目、入廷してください」


 右側のドアが開き、一人の男が入ってきた。身なりから察するに冒険者だろう。腕、脚、胸当て、腰には剣。髪は耳が隠れる程度で、年齢はおそらく二十代だろうとエリックは推測した。


 エリックは、本来弁護士がいるだろう場所に連れていかれた。弁護釈明のために場所を譲らなければならなかったからだ。


 男が帝王の正面に立った。この法廷にいる人間全ての視線を集めているせいか、僅かな緊張が見てとれた。


 が、大きな笠を頭から被り、その笠から黒い布が垂れ下がっているので顔までは見えなかった。


「それではお名前を」

「トーラス=アドット、冒険者であり、勇者です」


 トーラスが胸のバッヂを強調した。


 彼の声に聞き覚えがあるような気がした。しかし、それが誰であるかまではわからなかった。


 全世界共通に勇者認定証。国が指定した試験を受けることで勇者になることができる。勇者になることで宿屋の料金を減額、物資の購入が安く行えるようになる。バッヂを持つことで信頼を得るこのもできる。なによりも、罪人を罰することができる。普通の国民では現行犯であっても魔族や人間を捕まえることや危害を加えることができない。つまり勇者とは民間の軍部機関とも呼べる存在だった。


 だからこそ、エリックは落胆せざるを得なかった。魔王城を陥落させたのは勇者だ。勇者が魔王に有利な証言をするわけがない。まだ二人残っているとはいえ、一人目から勇者の証言は聞きたくなかった。


 特に、ダレットがほくそ笑んでいるのが気に食わなかった。


 どうしたあ死刑にならないのかを必死に考える。しかし、出て来る結論は「ここで暴れる」だけだった。それもそうだ。元々弁護士がいない、つまり誰もエリックの味方になってはくれないのだから。頼みの綱である弁護釈明も、帝国側が手を回してしまえば弁護にならなくなる。


 しかし、死が怖いというわけではなかった。まだやり残したことがあるから死にたくないのだ。まだ、まだ死ぬわけにはいかないのだ。そう思いながら強く目蓋を閉じた。


「弁護釈明をさせてもらいます。私は、エリック=バーネットにもう一度魔王になってもらいたいと考えています」


 想像とは違う言葉が飛び出し、思わずトーラスを凝視した。


「私は魔王に三度命を救われました。最初は八歳の時。故郷の村に隣接した森の奥深くに迷い込み、魔獣に襲われそうになった時に助けてもらいました。森の奥には魔獣がいるから行くな、とは言われていたのですが、森へと遊びに行って夜になり、知らないうちに奥の方へと迷いこんでしまったのです。心細く、とても怖い思いをしました。そこに颯爽と現れたのが魔王だったのです。彼は魔獣を倒し、私を抱きかかえて言いました。「次は助けてやれねーかもしれないから気をつけな」と」


 トーラスがこちらへと身体を向けた。そして、黒い布を笠の上へと乗せた。


「お前は……」


 見覚えがあった。忘れることはない。あの顔を、エリックが忘れるはずがないのだ。


「二度目は十七の時。冒険者に成り立てで、けれど早く強くなりたくて、山ごもりをしていた時です。疲れて倒れてしまった私を人里まで運んでもらいました。「あの時のガキじゃねーか。身体はデカくなったが、実力はまだまだだな」という言葉だけが聞こえました。結局その後気を失ってしまい、気がつけばベッドの上でした。魔王はすでにどこかに行ってしまったのでそれきりですが。三度目は勇者になったあとのこと、ちょうど三年前です。仲間と共に宿に泊まっていた時、魔獣の群れを遠目で確認したため、町の外で魔獣を迎え撃っている時です。魔獣の群れは私たちが想像するよりも数が多く、けれど冒険者や勇者がまったくいなかったのです。私と仲間で三人。それだけでは魔獣の群れを相手にできなかった」


 笠を外し、両手で持った。


「そんな時、上空から現れて魔獣を一掃したのが魔王でした。私たちを、そして町を救ってくれたのです。そもそも私が勇者になったのは、子供の頃に魔王に助けられたからなのです。彼のように強く、逞しく、悪意も利潤もなにもなく他人を助けられるようになりたかったからなのです。しかし、私がここに立っているのはそれだけを言うためではありません。私は魔王城陥落の時、逃げようとする魔王と対峙しました」


 そう、あの時トーラスはエリックに会っているのだ。


 城が攻め落とされるまで魔族を守ろうとしたエリックは魔力が減少し、七天将が無理矢理逃げるように仕向けたのだ。そうでなければ、性格的にエリックは魔力が尽きるまで戦ってしまうだろうと七天将全員が思ったからだった。


「傷ついた大きな身体は森の中を歩いていました。それほどまでに疲弊していたのだと思います。回りにいる小動物と会話をしながら、肩で息をしていたと記憶しています」

「そこでアナタは魔王と戦ったと」

「いいえ。私は魔王とは戦いませんでした」

「それでは魔王を逃したのですか?」

「はい。私は魔王を倒し、魔族を倒すために勇者になったわけではありませんから。最低でも三回の恩があります。でも、三回じゃないんです。私は彼に、かけがえのないものをもらったのです。この地に住んでいる人間ならば知っているはずです。この魔王が、人間のために、魔族のために奔走していたことに。誰かに命令するだけでなく、自分から危険な場所へと飛び込んでいく人だということに。私はなにを言われようとも魔王の味方です。彼には、生きていてもらいたい」


 法廷がざわめく。帝王裁判では基本的に検事側が用意した人間が弁護釈明をする。この場において、魔王の弁護をするとは考えにくかったのだ。


「なにが起きてやがる……」


 エリックは法廷内を見渡した。そこで、ある人物に目が止まった。目が合うと、その人物はニッコリと微笑んで手を振った。


「なるほど、な」


 にやりとほくそ笑む。その人物が笑ったからというのもあるが、ダレットが苦虫を噛み潰したような顔をしていたからだ。


 まだ天は自分を見放していないのだと、この時ようやく確信した。

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