第19話

 地下牢に一人で閉じ込められたエリック。抵抗することはしなかったが、従者三匹とリオノーラの身柄だけは保証させた。とてもエリックらしいとも言えた。


 従者三匹は不安そうな顔をし、リオノーラは最後までエリックと離れようとはしなかった。「ヤダ! エリックといる!」というリオノーラに「大丈夫だ。俺はすぐに出てくるから」と言って落ち着かせた。従者にリオノーラを任せて、エリックは一人で牢の中に入った。


「バルタザール=アマデウス=クロンクヴィスト。お前には弁護士がつかない。その代わりに帝国裁判にかけられる。帝国裁判のことは知っているな?」

「そりゃあな、これでも元魔王だからよ」

「それならばいい。裁判の日は四日後だ。それまで大人しくしていろよ」

「へいへい、大人しくしてる以外の選択肢がねーだろうが」


 兵士はため息をついて牢から出ていった。


 この状況について疑問はない。魔王とは畏怖の象徴であり、人間に暴力を振るったことに関しては間違いないからだ。しかし、魔王を犯罪者として捕らえる理由まではよくわからなかった。


 エリックが魔王だった頃、帝王といくつか約束事をした。その中の一つに「魔王だからという理由で犯罪者扱いしないこと」というのがあった。魔族も同様で、魔族だからという理由で排除しようとしないという約束が交わされたのだ。


 それならばなぜこんなことになっているのか。兵士が追ってきていたのは勇者が魔王を逃したからであり、魔王を罪人として扱うためではない。


「いや、そうじゃねーな。そもそもなんで魔王を討とうってことになったんだ?」


 薄いベッドに腰掛けて髭を触った。


 一週間、追われるから逃げて来た。何度か追われる理由は考えた。しかしその理由は「自分が元魔王だったから」というものしか思いつかない。元魔王だからといって追われる理由があるかないかと言われると「ない」のである。


 エリックはそれをわかっていた。わかっていて逃げたのだ。


 帝国には帝王派と反帝王派がある。帝王属する帝王派が魔王と仲がいいのであれば、反帝王派がそれを潰しにきてもおかしくない。


 そう、エリックは最初から帝王に会うつもりだったのだ。どうしてこのような事態になったのか。他の魔族はどうしているのか。これから帝王はどうするつもりなのか。それを問うために。


「ちょっと予定とは違っちまったが、まあいいだろ」


 ゴロンと寝転び天井を見る。たくさんの染み、カビだろうか。その染みから水滴が落ちてきた。


「うわっ……。クソ、なんてとこに入れやがる……」


 顔に落ちた水滴を拭いてため息を吐いた。


「四日間は、長くなりそうだな。ろくな飯も出なさそうだし。かといって脱獄もできんよな……」


 脳裏にはリオノーラの顔が浮かぶ。またちゃんと抱き上げるには、ちゃんとここから出なければいけないのだから。それに従者のことも心配だ。


 どうにかなる、とは言い難い。しかし帝王裁判であればなんとかできるかもしれないと考えていた。


 帝王裁判。それはこの国で最高の裁判であり、最期の関門だ。普通の裁判は裁判官一人に検事や弁護士がいる。けれど帝王裁判は裁判官二人が見守る中で、最高の裁判官が帝王という体で話が進む。裁判官は帝王の助言役でしかなく、決定権などはまったくない。なによりも、被告人に対しての証拠や証言のみが検事側から提出される。つまり、被告人にとって完全に不利な裁判だ。


 ただし、被告人を支持する者から三名、弁護釈明をすることが許されている。被告人が元の生活に戻るべきなのだという、個人による個人のための演説である。


 帝王裁判が最期の関門と言われているのは、帝王自らが出るからではない。有罪は死、無罪は生。ただ、それだけの話である。


 その裁判で勝機があると思っている。正確には勝機があるのではないか、と考えていた。確証のない勝負であるが、エリックはなぜか笑っていた。


「人間、やってやれないことはないってな。人間じゃねーけど」


 そう言いながらまた寝転んだ。水滴が垂れてきてもいいようにと、頭からタオルケットをかぶった。


「カビくせぇ……」


 ここを出るまでの我慢だと自分に言い聞かせた。生きてまた子どもたちに会うまでは死ねないなと、そんなことを考えていた。

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