第18話

 エルキナには、南にあるビスケイドに向かうようにと言った。そしてそこにいるブレンダという女性を尋ねろと付け加えた。


 ブレンダは半人半魔のハーフであり、それを隠して人間として暮らしている。ビスケイドでは一番腕が立つ医者だ。エルキナにはそこで人として働き、これからどうしたいのかを見つめ直すようにと言った。


「あの、さ」

「どうしたんだ、モジモジして。なにか言いたいことがあるなら言え」

「それじゃあ、言うけど。ちゃんと会いに来てくれるよね?」


 頬を染めて言うエルキナを見て、エリックは涙が出そうになった。


「ああ、当然だろ。お前はまだ子供だからな。身辺整理が終わったら、一番最初に会いに行く」

「それ聞いて安心した。それじゃあ、元気でね。パパ」

「お前もな。ゼレットには苦労かけるが、エルキナのことはよろしく頼むぞ」

「大丈夫ですよ魔王さま。ボクに任せてください」

「お前の言葉は、もしかしたら七天将で一番信用できるかもしれん。それじゃあな、ゼレット、エルキナ」


 二人が手を振りながらエスカラードを離れていく。その姿が見えなくなるまで、エリックも手を振り続けた。もちろん、リオノーラもだ。


「これからどうなさるおつもりで? なにか用事があるような口ぶりでしたが……」

「ああ、ちょっと話をしたいやつがいるんだよ」

「じゃあ次の目的地はそこですね。で、その目的地とは?」

「北だ。帝国軍総本山、帝都マルイース」

「なんでまた敵地みたいな場所に……」

「別に敵地ってわけじゃないだろ。帝国軍が俺を狙ったわけじゃない。今回魔王城が陥落したのは、俺のやり方が気に食わない魔族と人間が手を結んだ結果だろうしな」

「それでも帝国軍はアナタを追っていますよ?」

「そりゃ、まあ、仕事だからな。人間と魔族は不可侵条約で結ばれてはいるが、実際あってないようなもんだ。俺は魔族全てを見きれないし、帝王も人間全てを見きれない。帝国の中でも帝王派とそうでない者がいるしな」

「しかしですね、帝都に行くというのは……」

「会わなきゃならんヤツがいるんだ。行くと行ったら行く。さあ支度をしろ」

「支度っていうほどの物はないんですけどね。しいていえば魔王さまが担ぐであろう大きなリュックくらいなものでして」

「あーあー、もう、わかったよ。これでいいんだろ」


 リュックを背負い、歩き出した。


 バサバサと翼を羽ばたかせたユーフィが左肩に乗ってきた。ラマンドがシュルシュルと左腕に巻き付く。


「それではワタクシは右肩で」

「うるせーよ、てめーは歩いてろ」

「ひ、酷い……」

「エリック、エリック」

「どうしたリオ」

「だっこ」

「ほらよ」

「わーい! エリック大きいー!」

「わ、ワタクシだけ徒歩……」


 そんなやり取りをしながら、一行はエスカラードを後にした。


 その時だった。たくさんの足音が聞こえてきて、人の気配を感じた。


「おい止まれ」


 後ろからそんな声がした。


「この声、このセリフ、この感じ。どっかであったな、こんなこと」

「長身で肩幅が広い、白髪交じりの頭、緑色のコートを来た男! 止まれと言っている!」

「そんなの俺しかいねーじゃねーか……」


 そもそもここには人がいない。そんなことを考えながらも、声がした方へと振り返った。


 ケルネアで自分の足を止めさせた兵士がそこにいた。こうなる可能性がゼロでないことくらいはわかっていた。魔族感知を持つ者は、総じて様々なことに鼻が利く。


「久しぶりだなエリック=バーネット。いや、バルタザール=アマデウス=クロンクヴィストと言った方がいいかな」


 ゴクリと、喉が鳴った。


「バルタザールは魔王の名前だろ? 俺の名はエリックだよ」

「それは魔王になる前のお前の名前であり、魔王でなくなった後のお前の名前だ。魔王の名前は称号と同じ。世襲制であり、しかし血族に受け継がれるものではない。魔族の中で魔王形態の素質がBである物が、魔王の証を受け取ることで魔王形態がAへと変化して魔王になる。だが魔王形態Bを持つ魔族は数百年に一度、と言われている。だからお前はその素質によって、二十歳にして魔王になった。そしてその場で元魔王の首を落とした。反逆の魔王、平和の象徴、政治皇帝、腑抜けた逆賊。それがお前の別名だったな」

「それが俺だと? どこにその証拠があるんだ?」

「お前から魔族の匂いがする。その犬とか鳥とか蛇からじゃない。ちなみにその少女からも魔族の匂いが仄かにするな。けれど、お前の匂いは別格だ。普通の魔族とは違う。シトラス系の香水のようでいて深い香り。やけに高貴で、落ち着いた香りだ」

「お前の魔族感知の能力とかどうでもいいけどな。ただ、その兵隊を見て背中を向ける勇気もねぇわ」

「これでも百人程度だが、お前が暴れれば間違いなく血が流れる。お前は血を流させるのも人を殺すのも嫌いだったな」


 エリックの眉間に、深いシワが刻まれた。これ以上言い返しても押し問答になるだけだ。それになによりも、リオノーラの手がエリックの服を強く掴んでいた。


 怖がっているのだ。たくさんの人に。たくさんの人の敵意や、悪意に。


「はあ……面倒くせえ。わかったよ、一緒に行けばいいんだろ?」

「わかればいいんだ。心配はいらない。小動物の魔族にも、その少女にも危害は加えない」

「絶対だな?」

「絶対に、だ。俺の命を賭けてもいい」

「紳士でなにより。魔動車には乗せてくれるんだよな?」

「もちろんだ。さあ行こうミスター」

「そうかい、それなら手間が省けるよ。徒歩で行こうと思っていたんだ」

「お前を帝都に案内しよう」


 大きな魔動車が到着し、エリックは腕を拘束された。強引に魔動車に詰め込まれ、深くため息をついた。


「いい車なのにな、クッソ乗り心地が悪い」

「帝都に着くまでの辛抱だ。車を出せ!」


 目的地には早く到着できるだろう。しかし、その後になにが待ち受けるのか。エリックには想像もできなかった。魔族の謀反と勇者の進行が噛み合って落ちた魔王城。そこに住んでいた魔王は今、帝国兵によって、ただの犯罪者同様に扱われている。それが、エリックの頭をより混乱させていた。

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