第14話
遠回りになってしまったが、野営をしながらエスカラードを目指した。
時に町によって宿を取り。けれど野営の方が明らかに多かった。
野営が増えるのを見越して、鍋などの調理器具をいくつか仕入れておいたのがよかった。同時に、狩りができない場所で泊まることも考慮し、乾物や水なども追加購入しておいたのだ。新しく買った大きなバックパックも膨れ、エリック以外では背負うことはできなかった。
日が暮れていくのを見て、今日もどこかで一泊しなければと頭を掻いた。
ユーフィに上空から見てもらい、近くに町があるのを確認した。工業の町ノートラル。今日はそこに泊まろう。そこまでは頑張ろうと、エリックはリュックのベルトを強く握った。
「エリック、それおもい?」
「もう慣れたよ」
「でも、すごい汗」
「これは単純に気温が高いんだよ」
「でももう少しですよ魔王さま。ほら見えてきました」
「ノートラルか。ここまできたらエスカラードまではもう一息って感じだな」
額から汗を流しながら足を動かし続けた。
工業の町ノートラル。魔動者のパーツは当然として、銃や剣などの武器も製造している。町というには大きく、その風格は都市のそれと同格だ。それでも町と呼ばれるのは、ノートラルが大きくなる前からの名残りのようなものだった。
ノートラルには一泊だけしてエスカラードへと立つ予定だ。久しぶりにちゃんとしたベッドで眠れると、エリックは内心ワクワクしていた。
それが予定に過ぎなかったと、ノートラルについて思い知らされた。
「魔王さま、これは……」
「いやあ、正直こんなことになるとは思わなかったよ」
ノートラルは非常に特殊な状況にあった。
魔族が魔獣を使役し、町を占拠していたのだ。幸いと言えるのは、建物がほとんど壊されていないこと。しかし、本来人間が住んでいる町が魔族と魔獣だらけになってる。それが異常の証拠だった。
「おいお前、旅人か?」
背の高いリザードマンが声を掛けてきた。
「ああそうだ。一応魔族なんだが、これは一体どういうことだ?」
「どういうこともねーよ。魔王城が落とされて、魔界は人間に占拠されちまった。それなら俺たちは人間たちの領地を奪うしか行き場はない」
魔界と人間界。申し訳ない程度に区切られた境界線のこちらと向こうで言い方が違うだけ。地続きで、普通の動物と人間が暮らしているか、魔獣と魔族が暮らしているかの違いしかない。そもそも魔界にも人間はいて、人間界にも魔族がいるのだ。
「どれくらいの魔族がいるんだ?」
「俺が知ってるだけでも五十くらいだな」
「人間は殺したのか?」
「それがな、ボスの意向で殺しは一切やってねぇ。ちょっと脅してやっただけだ。町だって綺麗なもんだろ?」
「そのボスってやつに会わせちゃもらえないか? 話がしたいんだが」
「一対一じゃ無理だな。ちょっとここで待ってろ、他のヤツにも声を掛けてくる」
そう言ってリザードマンがどこかに行ってしまった。
エリックは大きく鼻息を吐き、近くのベンチに腰掛けた。レストランのベンチ。本来は客が待つためのベンチだが、レストランの中がほとんど空っぽなので休ませてもらうことにしたのだ。
「どうするおつもりですか? そのボスっていう人の正体も不明なのに話がしたいだなんて」
「少なくとも、そのボスのお陰で人間は死んでいない。話す価値はある」
「魔王さまと同じことを考えているとは限りませんよ?」
「わかっているさ。それでも通ずる部分は間違いなくある。すぐにこの状況を解除したい。例え人を殺さなくても、この状況そのものが人間と魔族の諍いを濃くする。魔族は人間を虐げ、人間は魔族を恨むだろう。それだけは避けたい」
「それもこれも魔王城が落とされたから、ということですよね」
「そういうことになるな。だが問題は「誰が魔王城を落とすように指示をしたか」だ。俺と帝王の間で交わされた約束は、こういう諍いをなくすための約束だった。それを破ったヤツがいる」
「探すつもりですか?」
「探したいとは思っているが、上手くはいかないだろう」
そこでリザードマンが二人の仲間を連れて帰ってきた。二人もまたリザードマンだった。
「おーい、ええっと、名前は?」
「エリックだ」
「オーケーだエリック。それじゃあ行こうか。俺たちのボスの元へ」
もっと普通に宿泊し、もっと普通に食事をとり、なにごともなくエスカラードへと向かうはずだった。そう考えるだけでため息が出て来るようだ。
リザードマンの後ろについて歩く。二人のリザードマンが後ろからついてくる。リオノーラに「大丈夫か?」と声をかけると「まだあるける」と返ってきた。額に浮かんだ汗を見る限り、それが空元気だとはすぐにわかった。それでもリオノーラの意思を尊重した。
ラマンドがエリックの首元から顔を出した。周囲を見て、二度三度と舌を出す。
ユーフィもまた右に左にと首を回して周囲を警戒していた。
そしてドルキアスは地面に降り、リオノーラの横を歩いていた。
七天将であった頃の名残りであろう。異質な状況において周囲の警戒と、不測の事態に対しての対応力を上げるのだ。
リザードマンが建物の中に入っていく。酒場だった。
酒場の中にはサイクロプス、ドワーフ、オークの三人が酒を飲んでいた。その後方に、一際異彩を放つ人物がいる。おそらくボスであろうと、すぐにわかった
「お客さんか? こりゃまた、そこそこの魔力の持ち主だ。魔獣なんかはそこまででもないが、アンタほどの魔力の持ち主が俺になんのようだい?」
ソファーに腰掛けサキュバスと戯れている男。男前の顔立ちだがあまり顔色がよくなく目は赤い。口を開く度にのぞく長い犬歯を見てヴァンパイアだと気付く。それと同時に、この男のことをエリックは知っていた。
ヴァンパイアの中でも強い力を持ち、魔界ではさまざまな種族が入り乱れる町を統治していた。
ギリオル=ラスバーン。それが彼の名前だった。
「アンタがここのボスか」
「まあ、一応そういうことになる。ギリオル=ラスバーンって名だ」
「俺はエリック=バーネット。こっちはリオノーラだ。で、どうしてノートラルを襲撃しようと思った?」
「襲撃っていう言い方はよくないな。ちょっとした人質だよ。こうやって人間の町を人質にしてから帝王に直訴する」
「魔界を返せ、ってか?」
「いいや違う。魔王を返せ、だ」
「魔王が帝都にいる保証はないと思うが」
「いるかいないかは割りとどうでもいいんだな、これが。魔王という地位を返還し、魔王がもう一度玉座につくことを確約させたい」
「魔王になるつもりか?」
「そうじゃない。滅ぼされた魔王城に住んでいた魔王に、もう一度玉座に座って欲しいのさ」
「じきに帝国軍がやってくる。なんでそんな危険を冒して魔王の復帰を望んでるんだ? アンタは魔王のなんなんだ?」
「別に魔王と知り合いっていうわけじゃない。忠誠を誓ったつもりもない。同盟もなければ忠義もない。それでも魔王の復権を望むのは、あの人がすげー人だからだ。人間との仲立ちをして、魔界と人間界から争いを減らした。それだけじゃない。魔族同士の闘争すらも緩和して見せた。奪い、殺さなくても生活できるように魔界を変えた。人間界との流通に関所を設けて、数少ない人間が総取りできないようなシステムを作った。これは、魔族だけじゃない、人間にとってもいいことだった。なによりも、あの人は声を上げるだけじゃなかった。困った人間、困った魔族のところには自ら赴いた。自分の足で向かい、自分の腕で解決した。だから、下につく魔族だってその意志を継いでいた。俺は四十そこそこだが、それでもあの魔王がやってきたことで、魔界がよくなっていくのはわかったよ」
「だから、帝王に直訴するってことか。人間の人質をとってまで」
「そうだ。こうやるのが俺たちのやり方だ」
「しかしだな――」
「その辺にしておいてあげなさい、旅の人」
と、そこで会話に誰かが割り込んできた。カウンターの後ろから、禿げ上がった頭の老人が出てきた。
「ワシはここを彼らに貸している。ちゃんと金も貰った。それに彼らは武力でここを占拠したわけではない。話し合い、魔王を奪還するためなのだと説明した上で占拠したんだ。ここは魔界にも近い町だから、魔王さまの恩恵も受けている。魔王さまが人間と手を取ろうとしてくれたから、我々も魔族に心を許せるようになった」
「なるほど、な。アンタとこの男はそれでいいかもしれない。こうなっているということは、この町の人間のほとんどが「これでいいのだ」と思っているんだろうよ。でも、それはやり方がよくない」
「やり方ってどういうことだよ。そこのジイさんも言ってるだろ。ちゃんと金も貰った、説明もあったってな」
「この町のほとんどの人間が「これでいい」と思っても、そう思わない人間も間違いなくいるだろう」
「そんなこと言ってたらキリがない。戦争がほとんどなくなった今の御時世でさえ戦争屋は戦争をしたがってる。戦うことで利潤を追求しようとしてる。戦争なんて、だいたいの人間が嫌がってる。それでも、そういうヤツらは一定数いるんだ。完全な和解なんてありえないのさ」
「そんなことはわかってる。実際、全ての人間が同じ考えになったら、それは地獄と言わざるをえない。だがな、これはそういうのとは違うんだよ。町の大多数の人間が言うからと、少数の人間の意見をねじ伏せるのは間違っている。そう、言っているんだ」
「じゃあどうしろと言うんだ。アンタは俺よりも年上だし、敬いたい気持ちもある。しかし、代替案もなく口上並べたところでなにも生まれない。なにも解決しないだろうが」
「そう、だな……」
髭を触り、リオノーラを見た。リオノーラはエリックを見上げて、不思議そうに首を傾げた。
「まずはこの占拠という形を変える。直訴という目的はそのままでもいい」
「変えろって、どうやって?」
「占拠ではなく、共存や共生という形を取るんだ。魔族も人間も関係ない。ちゃんと手を取って暮らせるのだと証明してみせろ」
「それならば占拠という状態でもいいだろ」
「ダメだ。このままだと、いずれ帝国の兵士がやってくる。もしも戦闘になった場合、アンタは当然戦うよな?」
「当たり前だ」
「それが、やり方がよくないと言った理由だ。いずれ来るであろう帝国兵と戦えば、間違いなく町に被害が出る。アンタらのような戦闘力が高い者はいい。しかし人間は魔族よりも弱いんだよ。流れ弾でたくさんの人が死ぬ。そうすれば、この町に来た魔族を呪う者で溢れかえるはずだ。だから共存する。この町は平和なんだ。魔族がいても諍いなどないぞと、帝国にアピールする。そうすれば少なからず戦闘は避けられるはずだ」
「綺麗事を言うなよ。帝国兵が来れば絶対に戦闘になる」
「絶対ではない。絶対はない。その時こそ町の人たちの力を借りる時だろう? このような仮初の同意ではなく、庇うという行動によって魔族が守られる」
「それでも魔族が殺されそうになったら?」
「大丈夫だ。それはないだろう。仕事をし、飯を食え。そして共に生き、共に暮らせ。ここはアンタが知ってる魔界じゃない。新しい経験を積むといい」
「アンタ、一体なに者なんだ……?」
「拾ったガキと魔獣を連れた、ちょっと魔力が高いただのオッサンだよ」
「そうは見えないがな」
「目に見えるものだけが全てではない。よく見てよく学べ。アンタがそれだけ慕う魔王も、きっと同じことを言うだろうよ」
エリックは彼らに背を向けた。「行くぞ、リオ」と手を差し出すと、リオノーラは嬉しそうにエリックの手を取った。
そうして、静かに歩き酒場を出た。
酒場を出て宿を探し、一番近い宿屋に入った。
宿屋はちゃんとやっていた。ギリオルが言う通り、人々は説得されて町を明け渡したのだろう。宿屋の主人も、その家族も笑顔で迎えてくれた。部屋はほとんど空いているため、一番大きな部屋を借りることにした。
普通となんら変わらない日常がそこにはあった。だがエリックは納得できなかった。こんなものが平穏であるはずがない。平穏であってはならないと思ったのだ。
用意された夕食を食べ。
「ギリオルが血気盛んだったらどうするつもりだったの?」
こういう時はドルキアスが話しかけてくるはずだが、今日はラマンドが話しかけてきた。ドルキアスはリオノーラと一緒に早めに寝てしまった。リオノーラに抱かれながら、小さく身体を上下させていた。
「そういう男じゃねーってわかってる。アイツは話がわかるヤツだよ」
「信じてるのね。部下だったというわけでもないと思うのだけれど」
「俺を信じてくれるヤツを、俺が信じない理由がねーだろうがよ」
「うーん、なんというか」
「言いたいことはわかる。本気で言ってるわけじゃないから安心しろ」
「じゃあなんで信じたの?」
「武力でなんとかしよーってヤツが、人間を説得してまで占拠しようとは思わないだろ? 一度面倒な手順を踏んだヤツってのはな、何度でも面倒な手順を踏むんだよ。その面倒な手順を面倒だと思わなくなるんだ。そういうヤツが、あの場で俺を攻撃するとは思えなかった」
「非常に魔王さまらしいわ。それでこそ魔王バルタザールって感じね」
「いいことなのか悪いことなのかはわからねーけどな。さ、俺たちも寝るぞ」
「はーい」
「巻き付くな」
「はーい」
「ったく、寝る時は普通にしろよな」
そう言いながらも床に就いた。テーブルの上で羽を休めるユーフィを見届けた。
明日にはエスカラードに着けるようにと思いながら、エリックは目蓋を閉じた。
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