第13話

「では契約完了ですね」

「ああ、楽しみだよ。あのエリシャという少女。いい体に育ったもんだ」

「綺麗な身体でお渡ししますよ。それでは、失礼いたします」


 一人の老人が屋敷を後にした。大きな屋敷、大豪邸だった。屋敷からは灯りが漏れ、日もとっぷりと暮れていた。


 屋敷を出て数分、森が鳴いた。ざわざわ、ざわざわと。


「誰かいるんですか?」


 老人がそう言った。老人ではあるが、若い頃は戦闘の経験もあったのであろう。


「ああ、いるぜ」


 老人から見て左側の森から、小動物と子供を連れた大男が姿を現した。エリックだ。


「アナタは……なぜここに?」

「なぜ、なぜと訊くか。この俺に。いいだろう、話してやるよ」


 リオノーラを後ろに下げさせ、従者三匹に守らせた。


「俺の従者に鳥がいるんだが、ソイツにお前の足取りを追わせた。その鳥だけじゃない、他にも知り合いが多いから、アンタの居場所を探るのに時間は掛からなかった。そして知り合いに頼んでお前のこといろいろ調べさせた。三つの孤児院を管理する、子供限定の人身売買を生業とする卸屋。人売りとも言うな。それがお前だ、フィーノ=オーフィス。いや、アドン=ロックスか? それともトーマス=オセットか?」


 ユーフィには事前に情報を収集してもらっておいた。そして、アイザックに対してユーフィ本体を打込み、そのままフィーノを探させたのだ。


「すべてお見通し、ということですか」

「そういうことだ。でもその割りには落ち着いてんな」

「こちらも最初から妙だとは思っていたのでね。あんな依頼を受けるのは、狂人か馬鹿かなので。そうでなければ鼻が利くどこぞの魔族か。だからこちらもちゃんと用意しておきましたよ」


 フィーノが指を鳴らす。すると、森の中からいくつもの光がこちらへと近づいてきた。魔獣の目が光っているのだ。


「魔族ならば魔獣で対抗するのが普通ですからね。昔ならばともかく、今の私はあまり戦闘が得意ではありませんから」

「やっぱりお前も魔族だったか。反応がかなり薄かったし、子どもたちの方が魔族としては格が上だったからわからなかった。でもこれで確信したよ。お前に流れてる魔族の血は、は魔獣を使役して戦うタイプの魔族の血だ。だからこれだけ弱い魔力でも魔獣を使役できる」

「そういうことです。懺悔は済みましたか?」

「いきなりだな。しかも懺悔するようなことはねーよ。ああ、一つあったな」

「それは?」

「もっと妻と子と一緒にいる時間を作るべきだったな、と」

「そうですか。では行きなさい魔獣たち。あの大男を食らうのです」

 フィーノがエリックに向かって腕を振った。

 しかし、魔獣は一歩たりとも動かなかった。

「どうしたのです。速くあの大男を――」

「無理なんだよ。ソイツらは俺を攻撃できない」


 エリックが手を打ち鳴らした。その瞬間、魔獣はビクリと身体を震わせ、一目散に森の中へと戻っていった。


「なにが、起きているんだ……!」

「お前の魔獣操作よりも俺の魔獣操作の方が凄いってことだ。なによりな、自分じゃ絶対勝てないってわかってる相手に、野生の魔獣が向かってくわけねーだろ」

「アナタは、何者なんですか?」

「俺か? 俺はな」


 ポケットから手袋を取り出して両手にはめた。ドラゴンの革とオリハルコンで作られた手袋。握り込むと「グギュッ」と、革独特の音がした。


「そのへんの正義のオッサンだよ」


 鬼の形相。岩石のような肉体。ゴウっと音をさせて近付き、横っ面を思いっきり殴りつけた。


「あの世で後悔しな。クソ外道が」


 空中で何度か横回転を繰り返し、べチャリと地面に落ちた。腕や足が変な方向へと曲がっている。見るからに死んでいた。しかし死んだのはエリックの一撃が原因ではなかった。生死選定グローブの右手は死を司る。殴られた時点でフィーノは死んでいたのだ。


「なんで思い切り殴ったんですか? 殴らなくても触った時点で死ぬのに」


 横に並んできたのはドルキアスだった。


「そういう気分だったんだよ。言わせんな。ちゃんとリオの目、塞いどいてくれたんだろうな」

「ラマンドがちゃんとやってましたよ。抜かりはありません」

「ならいい」


 既に命がなくなったフィーノに近寄り、今度は左手で肩を叩いた。


「生き返らせるんですね。相変わらず律儀なお方だ」

「俺は別に殺しがしたいわけじゃないからな。起きてから、拳の痛みに苦しむと良い。んじゃ行くぞ。無駄な寄り道しちまった」


 立ち上がり、頭を掻きながら踵を返す。リオノーラに向かって手を差し出すと、リオノーラが嬉しそうに手を握ってきた。


「無駄な寄り道って、本当はそう思ってないクセに」

「おい、なんか言ったか駄犬」

「いえ、なんでもございませんとも」

「ふんっ、生意気になりやがって」


 そんなことを言いながら、エリックはいつものように笑った。


 リオノーラの歩幅に合わせるように歩いていく。その姿はまるで、本当の親子のようだった。

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