第4話

 先程の一撃でわかったことがある。男たちは皆素人であるということ。身体運びがそうであるように、武器の扱い方も未熟の一言。力づくで強引に振るだけしかできない。


「死ねえ!」

「まだ死ぬには早いんだなこれが」


 剣が振り下ろされるよりも速く接近し、柄の部分を下から左手で抑えた。そして下から抉るように腹部に掌底を見舞う。


「ごほっ……」

「まず一人」


 ほとんど意識が残っていないその男の身体を、別の男に向かって突き飛ばす。今度は別の男へと向かいながら重心を低く落とした。滑り込むようにして足払いをする。転んだところで、右手の甲で顎を叩いた。これで二人の意識を失わせたことになる。


「調子に乗ってんじゃねーぞ!」

「ホント、直情的過ぎるのは問題だぞ」


 振り下ろされた剣を左に避け、振り上げられる剣を右に避け、最後の横薙ぎで後ろに飛び退く。剣が通過したのと同時に前進。肘で鳩尾を叩き、腕を掴んで相手を背負う。


「脱臼したらすまんな」


 そしてそのまま腕を引き、銃を持った男へと放り投げた。


 元魔王であっても、人ひとりを投げ飛ばすのには力が必要だった。魔王だった頃はそうでもなかったが、人間と動揺の身体になってからは身体能力が目に見えて衰えた。


 銃を持った男が、投げ飛ばされた男の身体を跳ね除けた。銃口がこちらを向く。


 右足に力を込めた。左へと飛び、着地と同時に前へと駆け出す。少し前に出てからすぐに左へ方向転換。どこを攻撃すればいいのかと銃口が右往左往していた。


 ある程度の距離まで近づいて相手と視線を合わせた。拳を引き、相手の顔めがけて直線に打ち出す。


 銃を持っていた男が倒れた。エリックの腕力が強いせいか、少々強めに後頭部を地面に打ち付けたようだった。


「はあ、疲れる」

「お見事です魔王さま!」


 バサバサと翼をはためかせ、左肩にユーフィが降りてきた。


「これくらいはできないとさすがにマズイだろ」


 少女の方を見た。ドルキアスとラマンドが前方を陣取っている。


「ちゃんと守ってたみたいだな。偉いぞ」


 近寄ってからしゃがみ込み、二人の頭を撫でた。今となっては二匹だが、ドルキアスを左手で、ラマンドを右手で優しく撫でた。


 そして、少女と目を合わせた。


「ひっ……!」

「無理もないわな」


 怖がられても仕方ないだろうと自身もわかっていた。身体の大きさも、顔の厳つさも、声の低さも、全てが畏怖の対象となるだろう、と。


「この魔力はお前からか……」


 僅かに感じた魔力の所存。それはその少女からであった。


「混血か。いろいろ大変だったんだろうな、お前も」


 手を伸ばすが、少女はジリっと後ずさってしまった。


 差し出した手のやり場に困り、思わず痒くもない頭を何度か掻いてしまった。


 少女をよく見ると、額の斜め上にコブのような物が二つあることに気付いた。ちょうど縦に瞳と一直線になる。本当に僅かな膨らみなのでよく見なければわからなかった。


「鬼、か」


 ビクッと、少女の肩が跳ねた。


「それで嫌な思いもしてきたって感じだな。心配すんなよ、オッサンも魔族だからよ。ちなみにそこの犬も、鳥も、蛇も魔族だ」

「あ、あの、えっと……」

「ゆっくりでいい、お前を怒るようなヤツはいねーよ」


 荒い呼吸が少しずつ落ち着いていく。怯えの表情が少しだけ和らいだ。


「あり、がとう……」

「ああ、気にすんなよ。俺はエリック、お前の名前は?」

「リオノーラ」

「リオノーラか、いい名前じゃねーか。いくつになる?」

「六才」

「おーおー、そりゃ小さくて当然だな」

「おじさん、強いね」

「おじさんはまあ、いろいろやってきたからな」

「わたしもいろいろやれば強くなれる?」

「強くなりたいのか?」


 彼女はゆっくりと頷いた。


「強くなってどうする? コイツらに復讐するか?」


 今度は首を左右にふるふると振った。


「じゃあどうしてだ? なんのために強くなりたい?」


 俯き、両手で泥だらけのスカートをギュッと握った。


「イヤ、なの」

「なにがイヤなんだ?」


 少女が顔を上げ、エリックに向かって声を上げる。


「わたしとおなじ気持ちのひとがたくさんいるの、イヤなの」


 まだ恐れが消えていない。眉間に寄ったシワも、スカートを掴んだ指の震えも、潤んだ大きい瞳も、まだエリックを、人を恐れていた。それでも彼女は「誰かのために強くなりたいのだ」と訴える。


 エリックが手を上げた。それを見て、リオノーラが目蓋をキツく閉じて身構えた。


「そうかい」


 彼女の頭にそっと手を乗せ、頭が動かないようにと、壊れないようにと優しく撫でた。


「長く一緒にいられるかわからない。急にお前を置いてどこかに行くかもしれない。それでもよければ、ついてくるか?」


 リオノーラの肩から力が抜けていく。大きな瞳が、今一度エリックを見上げる。


「いい、の?」

「小動物を拾うのは慣れてんだよ」


 と、言いながら従者の三人を見た。三人はどう反応していいかわからず、苦笑いしかできないようだった。


「いく。おじさんと一緒に」

「その代わり、俺は容赦しないからな。甘やかすつもりはない。それと俺の名はエリックだ。エリックと呼べ、いいな?」

「うん、頑張る」

「決まったな。んじゃ、世話係はお前らに任せるから」


 三人を一瞥してからもと来た道へと戻っていく。


「ちょ、ちょっと魔王さま?!」

「犬が、喋った……」

「これでも魔族ですからね、そりゃ喋りますよ」

「じゃあ、あっちも?」

「喋りますよ。ワタクシの名前はドルキアス。蛇がオカマのラマンドで、鳥が一応女性のユーフィです」

「オカマは余計でしょうが!」

「一応ってなによ!」

「よろしくね、どっくん、らーちゃん、ゆーちゃん」

「ど、どっくん……」

「やだぁ、ちゃん、なんて言われちゃったわ」

「ゆーちゃんって……まあ、悪くないかな」


 こうして、魔王一行に少女が増えた。

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