第5話
ノーデンに到着し、すぐに宿を取った。動物も大丈夫、という宿を探すのに少々手間取った。
一度宿屋を出て食事をとることにした。近くのレストランに入り、ウエイトレスに声をかけた。
「なあ、ここはペットと一緒に食事を食べても大丈夫か?」
「ペット、ですか?」
「小型犬、鳥、蛇なんだが。周囲の客に迷惑はかけない。大人しくしているように言い聞かせておこう」
「うーん、たぶん大丈夫じゃないでしょうか。一応ですが角の方に案内しますね」
「ああ、頼む」
ウエイトレスの後ろをついていく時、リオノーラに手を掴まれた。掴まれた、というよりも握られたという方が正しい。
「好きなもん食わせてやるからな」
エリックがそう言うと、リオノーラは「えへへっ」と笑顔を見せた。
最初の出会いはどうあれ、こうなると年頃の少女だ。大変な目にあったばかりだが、もともと人懐っこい性格なのかもしれない。それに、ここに着くまでに少女の身の上も聞いてある。
物心ついた頃から孤児で孤児院に入っていた。しかし数ヶ月前に盗賊に襲われ、孤児院の院長に逃がしてもらっていた。近くの町でゴミを漁って生きてきたが人買いに捕まり、あの男たちに買われてから二日目。というのがこれまでの流れらしい。
エリックが席に座り、右側にドルキアス、左にリオノーラが座った。彼女の左側にはユーフィとラマンドが立つ。
「リオノーラ、いや、リオはどれがいい?」
「えっと、私は……」
写真が載っているメニューを隅々まで見て、なにかを言いかけて、またメニューを見た。
「気になったのを頼むといい。どれで迷ってるんだ?」
「これと、これ」
「ナポリタンとドリアか。じゃあお前ナポリタン頼めよ、俺がドリア頼むから」
リオノーラの顔がパァっと明るくなり、力強く頷いていた。
「で、お前らはどうすんの? くれぐれもしゃべんなよ?」
メニュー机に広げると、いち早く反応したのはラマンドだった。
「シャー! シャー!(頭でステーキを差しながら)」
「それ食うの? お前ナイフとフォーク使えないじゃん」
「ベチンベチン!(ステーキの写真を尻尾で叩きながら)」
「わかったわかったから、メニューが傷つくだろうが。あーあー、もう舌をチロチロと出すんじゃない。他の客がビビるだろうが」
次に反応したのはドルキアスだった。
「わふっ!(チャーハンの写真を前足で抑えながら)」
「お前はよくわかってるな。犬が食ってても不思議じゃない。いや、まあ、不思議といえば不思議なんだがいいだろう」
「わふっわふっ!(尻尾を大きく振りながら)」
「ただの犬化が進んでるような気がする……」
そして最後に反応したのがユーフィだった。
「コンコン(山菜ウドゥンを突きながら)」
「ウドゥンか。小麦粉と水を混ぜてこねて麺状に切って茹でたあれな。うんアレだ」
「クックドゥードゥルドゥー(小さく頷きながら)」
「お前にニワトリ基準でその身体作ったの? 飛んでたよな? 姿形もニワトリとは違うような気がするんだが?」
「クックドゥードゥルドゥー(翼を大きく広げながら)」
「もういい、もういいよ。食事を頼もう。これ以上話を広げると収拾がつかなくなりそうだわ」
リオノーラがナポリタンとドリアを見比べ、どちらから食べようか悩んでいる様子だった。
「どっちからでもいいさ。好きな方を好きなだけ食えよ。俺は残り物でいい」
そう言ったあとで、ウエイトレスにハンバーグとカレーを注文した。この二品もリオノーラが見ていたメニューだった。
「で、でも……」
「大丈夫だって。俺にも娘が二人、息子が二人いるんだ。一番上が二十五歳、一番下が十六歳だ。子供ってのはたくさん食べられない代わりにいろんな物を食べたがる。それは仕方ないことなんだ。美味いもん食べたいだろうからな。でもたくさんは食べられない。だからたくさん注文できない。そういう時はな、大人がちゃんと処理してやんなきゃいけねーんだ。ハンバーグとカレーも注文した。好きなように食え。あ、一つ忠告しておくが食べ方だけは注意しろよ? 汚い食べ方はダメだ。つってもわかんねーかもしれねーな。それも教えてやるよ」
言われていることの半分も理解していないだろう。それでも、エリックの気持ちだけは伝わったようだった。
先程のウエイトレスに注文を頼んだ。料理は思った以上に出てきたため、五人は揃って「いただきます」と言った。実際のところ「いただきます」と言ったのは二人で、一匹は「わん!」で、一匹は「クックドゥードゥルドゥー」で、一匹にいたっては手がなかった。
フォークをナポリタンに突き刺し、くるくると回してから持ち上げる。一口で食べられるかもわからない量の麺がついたフォークを、キラキラした瞳で見つめ、そのまま口にいれた。
「ふぉいふぃい!」
「おいしい、か。お、ハンバーグとカレーが来たぞ。たんとお食べ」
全ての皿をリオノーラの前に差し出した。
口いっぱいに頬張ったナポリタンを飲み込み、リオノーラが笑顔を向けてきた。
「おい、口元にソースついてんぞ」
自分のナフキンでリオノーラの口元をぐいぐいと拭いた。まだ幼いので、エリックが力を込めると顔が動く。同時に頬がぐにぐにと変化する。
「懐かしいな」と小さくつぶやきながら、エリックはナフキンを離した。
「ありがと、おじ……エリック!」
「ははっ、まあ、悪くはねーかな」
エリックは頬杖をついて呟いた。
思い出す。愛すべき妻がいて、愛しい子どもたちがいて、楽しく、優雅だった日常のことを。
四人の子供たちには分け隔てなく接してきたつもりだ。
悪いことをしたら、まず怒るよりも理由を訊いた。それから、なにがどういけなかったのか、どうしたら良かったのか、これからどうすべきかを説明した。
良いことをしたら、まず頭を撫でた。「よくやったぞ」と、とにかく褒めるようにした。なにがどうよかった、という褒め方はしなかった。そこは自分で考えるようにさせたのだ。
子どもたちは、誰が見てもまっすぐに育った。それは、妻であるアイーダがバルタザールの教育方針に賛成していたからでもあった。
アイーダは気が強く、けれど相手の言うことを真っ向から否定するようなタイプではなかった。キチンと受け止め、良いところと悪いところを分けて考え、意見同士を接合させるのがうまかった。
二十五歳の長女サリアはおっとりとしているがよく気が利く。頭がよく、経済に関心があったので商人になった。
二十三歳の長男クラウスは非常に大人しく口数が少ない。代わりに人の心の機微には敏感で、言われる前に行動を起こす事が多かった。やりたいことができたと学者になった。
二十歳の次男ギュスターヴはヤンチャで粗暴だった。心根が優しく、人の上に立つことが好きだった。家を出て一人暮らしをし、帝国の軍人になったと手紙が来た。
十七歳の次女エルキナもまた、次男のようにヤンチャであった。しかし粗暴というよりはただの跳ねっ返りで、バルタザールの言うこともあまりきかなかった。メイドたちに掃除や料理を教わっているのを良く見かけた。誕生日にはお手製の料理を御馳走してくれた。
エルキナには寂しい思いをさせたな、と今でも思う。母と接する時間が一番短かったからだ。
「魔王さま魔王さま」
と、ドルキアスが声をかけてきた。他の二人はかなり苦戦しながら食事をしているのだが、ドルキアスだけは無難な選択肢を選んだので食べ終わったらしい。
「人前でしゃべんなつってんだろうが」
「でも、なんというか、その」
「わかった、わかったから言いたいことあるなら言えよ。気持ち悪いんだよ」
「それなら言わせてもらいますが、リオノーラのことはどうするおつもりですか?」
「どうするってそりゃ、このまま連れてくしかねーだろ」
「そうやって、何人の孤児を連れ歩くつもりですか?」
「何人のって、別に俺はそういうつもりで連れてきたわけじゃ……」
「つもりがあろうがなかろうが、ですよ。この世界に何人の孤児がいると思いますか? 何人が人身売買によって取り引きされていると思いますか? 何人の子供が虐げられていると思いますか? その全てを救うことなどできないのです」
「んなことは、わかってんだよ。わかってるけど、手の届く範囲でならなんとかしてーと思うだろ」
「ではもし、リオノーラ以外の孤児が百人いたとしましょう。何人助け、何人見捨てますか?」
エリックは顎髭を触り、天井を見た。
「決まってんだろ」
指を一本突き立て、ドルキアスに微笑みかけた。
「全員だ」
「なんとなくそんな気はしてましたよ。でもなんですかその人差し指、カッコつけてるつもりですか。年甲斐もない」
「そういう言い方はねーだろ? カッコイイ生き方、してーじゃねーか」
「魔王さまらしいですね。でもアナタならば本当に百人助けてしまいそうです。それに、リオノーラはどこかエルキナ様に似ています」
「昔は可愛かったんだよ。無邪気でな、パパ、パパってよ。でもアイーダが死んでから陰ができちまった。仕方がないこととはいえ、子供心を傷つけちまった」
「人の死は突然、と言いますからね」
「十一年ってのも結構早かったな」
「思えば、アイーダ様を失くした時のエルキナ様と、今のリオノーラの年齢は同じくらいですね」
「だからなんだろうな、放っておけなかったのは。ガキの泣き顔も鳴き声も苦手だ」
「こっちまで泣きたくなってしまうから、ですか?」
「バカ言え、俺を誰だと思ってんだよ。天下無敵の魔王さまだぞ」
「泣き虫の元魔王では?」
「生死選定グローブを初めて使う時が来るとはな」
「やめっ、やめてください!」
グローブを取り出し、はめてみたり、外してみたり。そうやってドルキアスをからかい続けた。
ふと、リオノーラへと視線を向けた。全ての料理を半分食べ、既に夢の中へと飛び込んでしまっていた。
「おいおい、食って早々居眠りか。まだまだガキだな」
そう言いながら、食べかけのカレーを引き寄せた。
「本当の父親みたいですね」
「うるせー、茶化すなよ。俺が食い終わるまで寝かせといてやれよ」
「わかっていますよ、言われなくても」
イスからずり落ちそうになるリオノーラを、右からユーフィが、左からラマンドが支えていた。
「悪くねぇ」
「なにがですか?」
「なんでもねーよ」
カレーを一気にかきこみ、ハンバーグを口の中に入れた。
エリックは、嬉しそうに笑っていた。
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