第3話

「そういえば魔王さま、ぶっちゃけたことを訊いてもよろしいですか?」

「なんだよドルキアス。今更ぶっちゃけるもクソもないだろ。個人的にはその魔王さまっていうのも敬語もいらないとさえ思ってるのに」

「そういうわけにもいきません。ワタクシにとってはいつまでも魔王さまなので。それでですね、ラマンドとユーフィはなぜ今の今まで七天将だったのですか?」


 ラマンドがコートの中で縮こまり、ユーフィがそっぽを向いた。


「あー、んー、そうだな。今となっちゃほぼほぼ役立たずかもしれんが、俺がまだ魔王だった頃は使えるヤツらだったんだよ。ユーフィはとんでもなく魔獣操作能力のおかげで魔獣の扱いが上手く、それでいて魔人に対しての統率力もあった。戦闘力だって七天将の中じゃ三番目くらいだろうしな。ラマンドは毒物耐性能力があるし素早い。調査や隠密に向いてた。基本的になにかを任せればそつなくこなす。普通の兵士にしとくにはもったいない素養があった。ただそれだけだ」

「ま、魔王さま……!」

「ええい、頬ずりするな鬱陶しい」

「なるほどなるほど、やはり魔王さまは魔王さまですね」

「うっさいわ犬の分際で」

「この姿も割りと気に入っているのでおーけーです。可愛いですからね。それにしてもどこを目指すおつもりで?」

「ああ、エスカラードにでも行こうかと思った」

「エスカラード、ですか」


 そこでドルキアスが黙り込んでしまった。代わりに割り込んできたのはラマンドだった。


「もう滅んじゃった町じゃないですか? そんなところ、もうなにもありませんわよ?」

「なにがあろうが、なにもなかろうが、それ自体にはあんまり意味はねーんだ。俺が行くか行かないか、それに意味があるんだよ」

「男のロマン、とかってやつなのかしら。私にはちょっとわからないわねぇ」

「おめーも男だけどな。別にわかって欲しいわけじゃないから別にいいわ」

「でも、とにかくエスカラードを目指すのですね。このユーフィも張り切ってお手伝いいたしますよ!」

「張りきらんでよろしい。それにここからならそんなに離れてないしな。ちなみに言っておくが、エスカラードの後はなんも考えてない。とりあえず行ってから考えるつもりだ。なにがあろうと、なかろうとな」

「ワタクシは魔王さまについていきますよ。なにがあろうと、なかろうと」

「わ、私もですよ!」

「もちろん私もよ」

「はいはいありがとさん」


 そんなことを言いながらも荒野を抜けた。荒野の先は荷馬車が通れるようにと道が整備されていた。左右には三メートルほどの木々が生い茂っていた。小規模ではあるが、森と言っても差し支えないだろう。


 ノーデンが見えてきて、目測で一キロもないだろうというところまできた。


「――って!」


 そこで小さな、本当に小さな声が聞こえた。


 足を止め、右に左にと首を動かす。


「どうなさいました? 気になるものでも?」

「声が聞こえてきた」

「声ですか? ワタクシには全然聞こえませんでしたが……」

「間違いない」


 そう言ってすぐ、右側の森の中へと入っていった。急に方向転換したせいで、ドルキアスとユーフィが振り落とされてしまった。


 ほんの少ししか聞こえなかったが、その声には悲痛や恐怖が混じっていた。エリックにはそれがわかった。感情察知Aの能力であった。


 草木をかき分けて進む。早く行かなければ、速く歩かねば。それしか考えられなかった。


 そんなエリックの姿を見ても、従者たちはなにも言わなかった。エリック、いや魔王バルタザールのことをわかっているからだ。必死になる理由も、その行動力の由来も、全てを知っているからだ。


 微弱な魔力を感知し、その方向へと足を進めた。


「見つけたぞ」


 少女が一人座っている。座っているというよりもへたり込んでいる、というのが正しかった。少女を取り囲むようにして五人の男が立っていた。


 少女の年齢は六歳前後だろう。幼く、弱い。本来は白かったであろうワンピーズは泥だらけになり、ところどころ破れ、ほつれていた。右側の肩紐がほぼ切れ掛かり、長い間着替えをしていないのだというのがわかった。


 男の一人が腕を振り上げた。その腕には太めの木の棒が握られていた。


「言われた通りにしろよ!」


 木の棒が振り下ろされた。


 少女が両腕で頭をかばい、キツく目蓋を閉じた。涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちた。


「おじさん、弱い者いじめは関心しないな」


 エリックは少女の前に右腕を出した。ミシリという音がした。それが木の棒からなのか、エリックの腕からなのかまではわからなかった。


「なんだよオッサン……」

「おーいてぇ。容赦なさすぎだろ」


 立ち上がり、男たちの方へと身体を向けた。


「そのガキは俺たちが買ったんだ! アンタになに言われようと俺たちの勝手だろうが!」

「今時人身売買とは、人の世も落ちたもんだな」

「人買いなんて普通のことだろ。それともなにか? 人買いが悪いことだとでも言うつもりかよ。偽善者かよ気持ちわりい」

「偽善者でもなんでもいいわ。俺はそれを許したくない、ただそれだけだ。特に、買われた先で虐げられるような人身売買は本当に胸糞が悪い」

「うるせーよ、年寄りが口出すんじゃねーよ!」


 そのセリフを皮切りにして四人の男たちが襲いかかってきた。武器は木の棒ではない。光に照らされて銀色に輝く、紛うことなき刃物であった。剣が四本、一人につき一本ずつ握られていた。残った一人は後方で銃を構えていた。小型拳銃で、見るからに粗悪品である。刃物もまたその辺で投げ売りされるような、切れ味が悪いものであると推測できた。


「一人は銃か。さて、どうするかな」


 切れ味が悪い刃物ほど痛いものはない。ノコギリのような「そういう使い方をする」ために作られたわけではない。かといって綺麗な断面を作るわけでもない。力ずくであっても叩き切ることはできず、身体にめり込んでそのまま放置されてしまう。そんな不出来な武器だ。


 だが、拷問器具としての用途で使うならば一級品であろう。


「ラマンド、離れてろ」

「承知」


 四つの銀閃が振り下ろされる。


 ラマンドが胴体、脚と伝って地面へと逃げていった。それを確認すると、少女を抱えて横飛で攻撃を回避した。


「お前らでガキを守ってろ」


 ドルキアスとユーフィにそう言い、男たちの方へと駆けていった。

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