ヴィクトリア・L・ラングナーの問題(シチュエーションパズル編)
中邑わくぞ
出ようとすると殺される部屋
ヴィクトリア・L・ラングナーの問題 出題編
「コダマ、問題だ」
「嫌です」
百怪対策室応接室。
特に依頼がない日のことであった。
笠酒寄ミサキとヴィクトリアはソファでくつろいでおり、空木コダマはキッチン部分で使ったカップを洗っていた時のことであった。
唐突なヴィクトリアの発言をコダマは切って捨てた。
「三人の男がある部屋に閉じ込められていたんだが、そのうちの一人が部屋を出ようとしたら残りの二人に殺されてしまった。なぜだと思う?」
「話聞いちゃいねえよ。この人……」
このまま話を続けるつもりだと確信したコダマは手を
ヴィクトリアと笠酒寄とは向かい合うことになる。
「……で、なんですって? シリアスを装った理不尽ギャグマンガのネタか何かですか」
「違う違う。キミの思考能力を少しばかり試してやろうと思ってだな、考えてみたんだ。問題を」
嫌な予感しかしない、とコダマは考える。
こういった時のヴィクトリアは大抵コダマをからかうことにその頭脳を使っている。
だが、無視し続けてもろくなことにはならないこともわかっているので、コダマはヴィクトリアとの問答に付き合うことにした。
「わたしも参加していいですか?」
「もちろんだ、笠酒寄クン。問題を解くのは複数でやったほうが楽しいからな」
携帯ゲームで遊んでいた笠酒寄も参加の意思を表明する。
「んで、室長のお考えになった問題とやらをお聞かせ願いましょうか」
笠酒寄が参加したことで負担が軽減するのか、それとも増えるのか不安に思いながらもコダマはとにかく問題とやらを聞くことにする。
「問題はさっき言ったとおりなんだが、覚えの悪いコダマのためにもう一回だけいってやろう。三人の男がある部屋に居る。一人が出ようとして、残りの二人に殺されてしまった。なぜだ?」
いや、なぜも何もあったものじゃないだろう。
そんな理不尽すぎる事態はありえない。
なんだよ、部屋を出ようとしただけで殺されるって。
出来の悪いサスペンスかよ。
いや、そういうことか。
「その部屋を最初に出た者以外は殺されてしまう、とかの状態なんじゃないですか? 三人はにらみ合いを続けていたものの、一人が
「いや、最初に脱出した人間以外が殺されてしまう、なんていうことはない」
ジャブは軽くかわされてしまった。
が、このくらいは予想の
おそらく、室長の問題はかなり
それを解いてみろ、と言っているのだ。
いいだろう。やってやろうじゃないか。ここしばらく書店の店員さんに顔を覚えられかねない勢いでBL本を買いに行かされているのだ。たまには反撃しないと、アンフェアだろう。
とりあえずは、周りの条件から聞き出していこう。
「部屋から出ようとした男……仮にAとしますけど、Aが他の二人に対して何か恨みを買っていた、ということはありませんか?」
「ないな。部屋に閉じ込められていた三人は部屋に閉じ込められる以前には全く面識のない人間だ」
面識がない、ときたか。
となると、何らかの事情によって二人が
いや、Aは殺されているんだ。
殺人なんていうのは究極の排他行為だ。
そんな事をされてしまうだなんて、一体何があったんだ?
そのあたりを攻めるのが正着手か?
「はいはい! その殺された男の人、Aさん? は普通の人間ですか? わたしたちみたいな人間以外ですか?」
「登場する三人は全て人間だ」
脳天気に笠酒寄が発言するが、確かにそれは僕が見落としていた点だった。
もし、これが魔術やら超能力が関わってくるのならば、想定しないといけない範囲は非常に広がってしまう。
そういう意味では鋭い質問だったのだろう。室長にはあっさりと
それでも、人間しか登場しないということは確実に範囲を
利害関係のない人間同士で、相手を殺すような事態。
まあ、やはりというかなんというか。
「殺された人間、Aという風に仮称しますけど、これは部屋を出ようとしたことが理由で殺されたんですか?」
なんだか殺された男、というのも長ったらしいのでAという呼称が定着してくれれば
「うーん、まあその辺も推理して欲しかったんだが……いいだろう。Aが殺された理由は部屋を出ようとしたからだ。だが、なぜ部屋を出ようとしただけで殺されてしまったのかも推理しないとな」
そりゃそうだ。質問しただけで答えが分かってしまうのならば問題にならない。
Aは部屋を出ようとして殺された。
つまりは、部屋を出ることで残りの二人に何かしらの不利益が発生する、ということだろうか?
それも、殺してでも阻止したくなるようなものが。
「わかった! 部屋を出るためには残りの二人を殺さないといけなくって、そのための準備を始めたからAは殺されたんだと思います」
勢いよく笠酒寄がとんでもない推理をぶっ放す。
なんだそれ。どこのデスゲームだよ。バイオレンス過ぎじゃないか?
「部屋を出るにはドアを開ければいい。他の二人に対して何かをする必要は無い」
見事にカウンターで返されてしまった。
「うぬぬぬ……」
とても女子がしていい顔ではないぞ、笠酒寄。
とはいえ、その線は僕も考えていたのだ。
人間が殺してでも行動を阻止する状況というのは、殺さないと殺される状況だろう。
できるかどうかは別だが、これは室長の頭の中で展開されている問題だ。その辺はあまり厳密に考えなくてもいいだろう。
室長の傾向から考えてみたら、推理しないといけないのは
実現不可能なものは想定していないだろう。
解ける問題のはずだ。
僕は思考する。
「三人が閉じ込められている部屋から出るにはどうしたらいいんですか?」
「ドアを開けてそこから出られる。それ以外に脱出する方法はない」
「窓とか、換気口はないんですか?」
「ないな。他は破壊不可能の材質でできているとする」
破壊不能の材質なんてトンデモ物質も室長の頭の中の問題から自由自在だ。
だが、問題はそこじゃない。
窓も換気口もないということは外との接点はドアだけなんじゃないか?
つまりは……、
「Aが部屋から出たら残りの二人が死ぬんじゃないですか?」
ぴくり、と室長の口の端が愉快そうに歪む。
「ほう、どうしてそう思うんだ?」
「人間が人間を殺すのなら、一番の理由は自分の防衛だと思います。つまり、残りの二人は自分の命を守るためにAを殺したんじゃないですか?」
「それじゃあ弱いな。なぜ自分の命を守る必要があったんだ? ただ部屋から出ようとしただけで殺されてしまうだなんておかしいじゃないか」
たしかにそうだ。
今の室長の反応を見るに、おそらくは僕の推測の方向性は正しいのだろう。
だが、その理由が分からない。
部屋から出る唯一の手段はドアを通ることだけ。
ううむ。僕はそういう発想力というヤツは弱いのだ。
ここは笠酒寄に期待するか。
ちらり、と僕は笠酒寄に目線を送る。
目があった笠酒寄は何を察知したのか、やけにいい笑顔を僕に向けた。
……なんだか地雷を踏んでしまったのは僕の気のせいだろうか。
「部屋の外に毒ガスが充満していて、ドアを開けたらそれが入ってくるからAは殺されたんだと思います! ずばり!」
素晴らしいドヤ顔をありがとう笠酒寄。
「部屋の外には毒ガスはない」
「……そうですか」
そして素晴らしい落ち込み顔をありがとう笠酒寄。
「じゃあ、超凶暴で感染力もめちゃくちゃ強いウイルス!」
「ウイルスもいない」
「実は海の底で、海水が入ってきて
思いつくままに笠酒寄は並べ立てる。
ちょっとばかりうらやましい発想力である。
ふむふむ、といった感じで室長はそんな笠酒寄のアイディアを聞いていたのだが、
「部屋の外にあるのはごく一般的な空気だ」
一言で斬って捨てた。
笠酒寄は非常にショックを受けたようで、手元の携帯ゲーム機をなで回しだした。
落差激しいな。
だが、部屋の外にあるのは空気、というのはヒントのような気がする。
空気、というように限定しているのはなぜだ?
部屋の外が安全である、というように誘導しようとしていないだろうか?
「部屋の外に危害を加えてくるような生物、もしくは装置があるんじゃないですか?」
僕の質問に対して、室長は少し考えるような仕草をした。
「部屋の外に生物はいない。無害な微生物とかは除くがな。あと、どのくらいからが『装置』に
確かに。
言ってしまえば、何かに反応して何らかの動作をするなら装置と言えるのだから、ドア自体が装置とも言えてしまう。
ん?
「ドアに連動して、何らかの仕掛けが発動する、ということはありませんか? もしくはドア自体が何らかの機能を備えている、ということは?」
「ドアに連動して起動するような仕掛けはない。あと、ドアは開閉するだけだな。それ以外に機能は存在しない」
ち。
何かしらの仕掛けによって、発生する不利益を防ぐためにAが殺された、という発想に
いや、待てよ。
結局、室長は僕の質問に答えていないんじゃないか?
部屋の外になんらかの装置があるかどうかについては定義が
つまり、あるんじゃないのか? 何かしらの仕掛けは。
ドア自体に仕掛けはなくても、外に出ることでなにかが起こるのは正解なんじゃないのか?
「室長、Aを殺した二人はドアを開けることによって生じる事態を防ごうとして、Aを殺したんですか?」
「そうだ。二人はAがドアを開けないようにするために殺した」
ニヤリ、といたずら小僧のような笑みを浮かべて室長は笑う。
なるほど。
どうやらすでに正解にはたどり着けるようだ。
笠酒寄は魂の抜けたような表情をしているが、僕には関係ない。
思考する。
これまでの室長の回答と、僕自身の思考能力が頼りだ。
脱出するためのドアは開閉するだけ。Aにドアを開けさせないために殺した。部屋の外に危険な生物や、物質はない。そして、おそらくAがドアを開けると他の二人も死ぬ。
キーワードが僕の頭の中でぐるぐると回り、様々に形を変える。
時には相殺したり、時には成長させたり。
そして、一つの回答を導き出す。
だが、最後に一つだけ確認しておいた方が良いだろう。
「……室長、最後の質問です。三人が閉じ込められている部屋は地上何メートルですか?」
/* この先は解答編になります。答えの分かった方と、ギブアップの方はおすすみください */
ヴィクトリア・L・ラングナーの問題 解答編
「そうだな……何メートルでもいいんだが、ここは一つ、三百メートルぐらいにしておこうか」
確信に至る。
その高さなら確実だ。
「三人が閉じ込められている部屋は空中にあるんです。しかも地上から三百メートルの位置に」
笠酒寄は首をかしげているが、室長のほうは笑みを深くした。
「ほう、しかしコダマ。空中にある部屋なら、ドアを開けても開けた人間が落ちて死ぬだけじゃないのか? なぜAが殺される必要がある?」
そう、この問題は二段仕掛けなのだ。
部屋自体の仕掛け。そして、ドアの仕掛けだ。
「ドア自体が部屋の床なんじゃないですか? ドアを開けることが、イコールで床が開くことになれば三人とも三百メートルの紐なしバンジーをすることになる。そうなれば、死ぬのは確実。だったら、巻き込み自殺を防ぐために、二人はAを殺した」
ドアが床にあってはいけないなんて法律はない。あっても室長は無視しただろうが。
ぱちぱちぱちと室長が拍手する。
「正解だ、コダマ。おめでとう」
「えー⁉ 正解なんですか?」
笠酒寄お嬢様はご不満顔だ。
だが、これは僕の思考力が笠酒寄に先んじた、という結果なので恨まないで欲しい。
アホさを呪え。ばーかばーか。腹に穴開けられたこと忘れてねえからな。
かなり大人げないことを僕は考えるが、そんなことは知ったことじゃない。
大体まだ僕は高校生だ。
むくれている笠酒寄は放っておいて、室長の方を見る。
室長は薄く笑っていた。
「さあ、問題を解かれた室長は一体何をしてくれるんですか? まさか百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーともあろうお方が何も見返りを用意していない、だなんてことはないですよね?」
「そうだな。これをやろう」
白衣のポケットに手を突っ込み、室長は僕になにかを差し出す。
?
とりあえず、手を出して受け取る。
それは二枚の紙、いや、チケットだった。
〈映画『トーク・ユー・アゲイン』ペア招待券〉
なんだこれ。
まあ、映画の招待券にしか見えない。
それ以外に見えたら精密検査を受けた方が良いだろう。
「なんですか? これ」
「友人からもらってな。わたしは観ないから笠酒寄クンと一緒に観に行ってこい。ちなみに拒否権はないぞ」
笠酒寄はやけにテンションを上げていた。
茶番じゃねえか!
後日、家に押しかけて来た笠酒寄に引きずられるようにして僕は映画を観ることになった。
室長め!
ヴィクトリア・L・ラングナーの問題(シチュエーションパズル編) 中邑わくぞ @kanpari-orenji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます