8#去り行くムーニ
ツキノワグマのムーニはこの場所から去った。
ここにいたら、自らの欲望のため犠牲になったニホンシカのジーンのことを思い出すからだ。
それに、自らを戒めるために・・・
もうすぐ冬が来る。
・・・冬眠の季節だけど、このまま“穴持たず”の身になってもいい・・・どこか遠くへ・・・もっと遠くへ・・・
ムーニはとぼとぼ歩いた。
振り向かず歩いた。
ムーニはしっかり前を見て歩いた。
この山林を去って行くツキノワグマのムーニを山奥で見ていた一頭がいた。
ニホンシカのジーンに唯一風船を貰ったニホンカモシカのマウシイだった。
マウシイはニホンシカのジーンが死んだことを思うと、あの時ジーンと取り合いを演じた末に譲って貰ったのに割ってしまった赤い風船のことを思い出していた。
あれはどう見てもジーンは本気にあの赤い風船を自分のものにしようという気がなく「別にいいよあげるよ」と“けち”を装ったジーンなりの不器用な意識表示だったと始めから分かっていた。
でも結果的にジーンに誤解が生じたことも、ジーンが不憫でならなかった。
カモシカのジーンがマウシイだけに風船をあげた訳を知っていた。
お互いの母親が交通事故で死んだという境遇のこと。そして何よりお互い風船が大好きだということ・・・
シカのジーンが風船がきっかけで唯一心を開いたその孤独を思うと、マウシイが今見つめている一頭のツキノワグマのムーニを命を自ら投げ出して庇い、死んだジーンに胸が痛んで目から涙が溢れ止めどなく流れた。
ツキノワグマのムーニの姿は夕闇の中に小さく溶け込んで見えなくなった。
この山林にも吹雪の冬がここまでやって来ていた。
~鹿の角の風船~
~fin~
鹿の角の風船 アほリ @ahori1970
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