6#命を賭けるジーン

 ・・・あれから何日だっただろう。だいぶ時間が経った。一年ちょっとか・・・


 またこの山林も秋が来たが夏は記録的な猛暑が続き、ツキノワグマの好物のドングリなどの食物が実らない事態になっていた。


 秋は冬眠のための大切な“かき入れ時”なのに、困ったツキノワグマは最後の手段として危険を承知で、人間のいる人里に降りて餌を探すようになった。


 当然、クマが“出没”したとかで街は大騒ぎとなり、地元のハンターに銃を撃たれて短い生涯を閉じるクマも多かった。




 そんな悲報がこの年、全国各地で起きた。




 この森でも例外ではなかった。




 ツキノワグマのムーニは困っていた。大好きなドングリはない。木の実も実らない。


 更に他の動物の“獲物”を獲るのが生まれつき下手はムーニは最近いつも腹ぺこだ。お腹がグーグーひっきりなしに鳴く。前にニホンシカのジーンに遭った時と比べてムーニの体は痩せていた。


 ムーニは鼻でクンクンと匂いを嗅ぎ、食べ物の在りかを探し求め歩き周った。


 途方に暮れたムーニはべったりと座り込み、息を思いきり吸い込みお腹を空気で満たしてこのグーグーうるさいお腹を止めようと試みた。ガリガリに痩せたツキノワグマのムーニのお腹は風船のように膨らんだ。


 ムーニーのお腹で空気で満たしても空腹感だけは満たせなかった。


 息苦しくなってほっぺたをぷうっと膨らましたムーニは、たまらなくなって息をぶわっと口から鼻から吐いた。みるみるうちにお腹が萎み、元のガリガリにやせ細った体に戻ったムーニは何だか虚しい気持ちになった。




 そんな毎日が続いた。




 ムーニのお母さんも、友達のプックのように人里を出て人間の銃で射殺されて亡くしている。その時お母さんは身の危険を案じて、威嚇のために人間に手を出してしまったのだ。


 その時、お母さんと付き添っていた。目の前でお母さんが人間に殺されたのがトラウマになっていた。危うくまだ小熊だったムーニも銃殺されそうになったが、お母さんの死に際の「早く逃げて!」の声で必死で走り去り辛くも逃げ延びた。


 その後、三日三晩ムーニは泣いていた。


 だから人里に出ることは即ち“死”を意味することはムーニは分かっている。


  でも・・・腹が減っては・・・ひもじい・・・少しでも・・・少しでもいいから何か食べて置かなければ、もうすぐ来る冬眠のままそのまま餓死する・・・!


 人里で射殺か?冬眠のまま餓死か?ムーニは二つに一つの選択に頭を抱え込んだ。


その時、


ぐるるきゅるる~~!!


 とムーニのお腹が鳴った。


 「もう我慢出来ない!人間の場所へ行って食べ物を探しに行こう!お母さん!プック!僕の我がままごめんなさい!!」


 ムーニは鼻の穴からスーっ!と音が出る程大きく大きく息を吸い込むと、目を人間が住む街を一点に集中して猛ダッシュして、山を駆け下りた。




 川原を超えて、草原を横切り、橋を渡り、道路を走り・・・!




 「クマだ!」「クマが出たぞ!」「危ないから近寄るな!」「ハンターを呼べ!ハンターを!」


 街の住民は人里にでたツキノワグマのムーニを発見して騒然とした。


 ムーニは騒ぐ人間なんかどうでも良かった。兎に角食べ物を。何でもいい。兎に角食べる物が欲しい。


 ムーニは八百屋の果物に目が行った。リンゴだ。いっぱいリンゴだ!!


 ムーニはたまらなくなって、よだれを垂らしながら八百屋の売り物のリンゴを食べようとしたとたん・・・!!


 「ゴルァあああ!!このクマ公!!」


 棒きれを振り回した八百屋の店主が怒り心頭で現れた。ムーニは仰天して、慌てて逃げ去った。危うくムーニは店主の棒きれで撲打されそうになった。


 ・・・あれ?僕は何やってるんだ?ここは人間の領域。僕はここにいちゃいけないのに・・・ただ僕の欲望だけで・・・これじゃ前に遭ったあのシカと同じじゃないか?!


 ムーニは元の山里に帰りたくなった。


 でも時は遅かった。


 警察や地元のハンターにツキノワグマのムーニに包囲網を仕掛けられていたのだ!

 目の前にはクマを捕まえるための仕掛け罠があった。そこには美味しそうな鶏肉が・・・!


 ぐるるきゅるる~!


 こともあろうにムーニのお腹が鳴り始めた。


 「食いたい・・・!でもこれは人間の罠かも知れない。でも目の前に美味しそうな食べ物が・・・いや!駄目だ!でも・・・ちょっとだけ・・・!!」


 ガシャン!!


 「しまった!」ムーニは人間の仕掛け罠にまんまとかかってしまった。


 ムーニは動転して大声で叫び暴れた。押してもた叩いても仕掛け罠はびくともしなかった。


 ・・・取り返しのつかないことをした!僕の欲望のせいで・・・ちくしょう!ちくしょう!


 バン!バン!バン!

 

地元のハンターが暴れるムーニを懲らしめるために、仕掛け罠を棒きれで叩きのめした。


 もういやだ!!出してくれ!!ムーニは金きり声を張り上げた。


 ムーニは暴れ疲れた。仕掛け罠の中でムーニは無念の涙がひと粒ふた粒溢れ流れた。


 地元のハンターはぐったりとして黙り込んだツキノワグマのムーニを見計らって、ライフル銃に弾を篭めた。


 ・・・もう駄目だ・・・!!僕もやっぱり人間に撃たれる運命だったんだ!お母さん!プック!今から会いに行くよ・・・!


 そして悲嘆に暮れるツキノワグマのムーニに地元ハンターがライフル銃の銃口を向けて、


 ダーン!!ダーン!!




 「・・・えっ?!」




 銃で撃たれた筈の仕掛け罠の中のムーニに立ちはだかったのは、一頭のニホンシカだった。




 よく見ると、前脚や後脚にすっかり劣化したゴム風船が数個結んであった。


 「君・・・この前の・・・」


「だから君を償いたいって言っただろ?」


 そのニホンシカは風船を独り占めしていたあのジーンだったのだ!


 ライフル銃の弾を2発も受けたジーンの体には血が滲んでいたが、新しく生えた立派な角を前に突き出し鬼神極まった形相でシカのジーンはハンターを威嚇した。


ジーンは鼻息も荒く、角をハンターに向けて突き出したままジリジリとハンターに迫った。


 その隙をみた一人のハンターが仕掛け罠のムーニに至近距離から散弾銃で狙いを定めていた。


 ダーン!ダーン!


 間一髪!!とっさにシカのジーンは仕掛け罠のムーニを庇ってまた弾を受けた。


 そしてまたジーンは角を突き出したまま威嚇を止めなかった。


 どんなにクマを撃とうとも邪魔するシカに腹が立ったハンターは、銃でシカを殴りつけた。一発!二発!三発!四発!どんなに殴りつけても、仕掛け罠のムーニに一本も指を触れさせないつもりだった。


 ・・・この命に代えても・・・!


 銃でメッタ打ちされ、血まみれ字まみれのジーンはこみ上がるハンターへの怒りでいっぱいの鋭い目で睨み付けていた。


 ハンター達は邪魔なシカのジーンに堰を切ったかのように、銃を一斉射撃した。


 ダーン!ダーン!ダーン!


 みるみるうちに弾がジーンの体にめり込んでいく。


 「もうやめて!もういいよ!構わなくていいよ!だから分かったからもう構うのはやめて!」


 仕掛け罠のムーニはハンターの前に無残な姿を晒すジーンに涙ながらに叫び続けた。


 キーン!キーン!


 流れ弾が仕掛け罠の檻に当たり、扉が外れた。


 罠からやっと出られたムーニの目の前では銃弾を体中に受けた、ジーンが立っていた。


 「ムーニさん!まだ入っていてくれ!」


 ジーンは最期の力を振り絞ってハンターに角を向けて突進した。


 かつて独り占めしたいっぱいの風船を着けて自慢げにしていたジーンの角は、今は大切な友達を守る為の武器になっていた。


  ジーンは立派な角を振りかざしてハンターに襲いかかった。


 その間にジーンの体に数発の銃弾が撃ち込まれた。


 そんな死力を尽くすシカのジーンが心配でたまらなくなり、仕掛け罠から這い出たクマのムーニの隙を見て、一人のハンターが銃をムーニに向けた。




 「危ない!」




 ダーン!!




 仕掛け罠か出られたムーニに覆い被さるように、一発の銃弾を受けたジーンが倒れ込んだ。


 「ジーンさーん!!」


 ジーンはゼエゼエと口から血を吐きながらつぶやくように言った。


 「だから・・・君を償うと言っただろ・・・?ムーニさんは俺を盾にして住処に戻れ・・・」


 「そしたら、ジーンさんが・・・」


 「俺のことはどうでもいい・・・!君が助かるにはこれしか方法がないんだ・・・!」


 ムーニは絶句したが、ジーンの言う通りにムーニは命の炎は今にも消えそうなジーンの体をしょいこんだ。


 「父さん・・・俺は・・・結局・・・貴方を・・・超えられなかったよ・・・母さん・・・本当に・・・自己中の・・・俺を・・・ごめんね・・・」


 ジーンは今にも消えそうな目の光を涙で潤ませて呟いた。


 ・・・ハンターが弾を込めてる隙に・・・ 今だ!!


 ムーニはジーンを背にして夢中で走った。ハンター達は逃げるそのツキノワグマに向けて銃を撃ったが、弾は殆ど背負われたシカに命中する。


 ツキノワグマのムーニはハンターを捲くために、用水路に飛び込んだ。


 ジーンが重くてうまく泳げない!


 でもそんな弱気を吐いてられない!


 ムーニはこの汚れた用水路を夢中で泳いだ。

 

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