キス

「逆賊の死体は、言われたとおり棺に入れておきました」

 大臣は王妃に言った。

「7人の小人も全員逮捕しています」

「そう、ご苦労です」

「しかし……いつの間に、我が屋敷に来られたのですか? ハンス王子もいなくなっているし」

「王子は私の屋敷に移りました」

「そう言われても……それに、あの逆賊は、あまりにも姫に似すぎていて……」

「ちっ」

 舌打ちと同時に、刃がきらめく。

「か……」

 喉から血を吹き出して、大臣は絶命した。

「うるせーんだよ、お前。ベラベラしゃべりやがって。余計なこと考えなきゃあ、もうちょっと長生きできたのに」

 王妃は汚れた短刀を投げ捨てた。

「姫の死体が手に入ったのは幸運だったな。さて、どう利用するか」

 血のついた指を唇に当て、考える。こうすると、匂いがツンと入ってきて頭がさえるのだ。昔からの癖だった。

「王子の名を借りるのが一番だな。やはり殺しておいて正解だった」

 数日前。

 行方不明になった姫を心配し、極秘に訪れたハンス王子を、王妃はすでに暗殺していた。姫と親しかった王子に、国王に妙なことを吹き込まれては困るからだ。

 その死に顔をかたどったマスク。

 あれを魔術で顔にくっつければ、王子そっくりの顔になれる。

「さあ、いよいよだ。この国が、私の物になるぞ!」

 

 そして2時間後。

 王妃は、ハンス王子として、大臣の館から城を目指した。

 大臣の配下の兵士、300人の行列を引き連れて。この300人には食事に魔術の薬を入れて与え、自分の命令どおり動く傀儡くぐつとしている。

 彼らは1つの棺を運んでいた。

 棺の蓋はガラスでつくられており、そこから、焼け焦げて別人のような姿になった白雪姫が、花に包まれて入っているのが見えた。

 その後に、縄につながれた7人の小人。

 大通りを行くその行列を、町中の人々が見物に集まっていた。

「ハンス王子だ」

「白雪姫を殺した賊を捕らえたらしい」

「犯人はあの小人たちだと」

 ささやかれる噂。

 聞こえてくる声に、王妃は王子の顔で、密かに微笑んだ。

(人を使って、街で噂を広めさせておいた効果がでているな。民草とは、こうも愚かなものよ。ハハ!)

 さっきまでは姫が逆賊だったのに、

 今では姫が本物で、小人たちが逆賊になっている。

 あまりにもムチャクチャな改変だったが、それを知る大臣は殺され、兵士たちは傀儡と化している。何も問題はなかった。


「この賊め!」

「よくも我らの姫を!」

 人々は、小人たちに罵声を浴びせ、石を拾って投げつけた。

 次第にエスカレートしていき、量が増えてくると、狙いをはずれる石が出てきた。やがてその1つが、姫の棺を運ぶ兵士にも当たてしまった。

 兵士はつまずき、棺が揺れた。

「おっと、やめろやめろ」

「兵士様が傷ついてしまうぞ」

「姫の棺が」

 人々は慌てて投げるのをやめた。

 兵士は何事もなかったかのように、そのまま歩みを進めた。

「なんだ? まるで人形みたいだな」

「ねえ、パパ。姫様は死んでしまったの?」

「……ああ、そうだ。悪い小人たちのせいでね」

「でも、あの姫様、棺の中で動いたよ」

「は?」

 父親は目を丸くした。

 だが行列はすでに行ってしまっていて、子供の声は、父親以外の誰にも聞こえなかった。

 とうぜん先頭を行く王子にも。

 

   ※   ※


 城の中。

 謁見の間で。

 王子のフリをした王妃は、玉座に向かって敬礼の姿勢をとった。

 そこにいるのは、偽の王妃だ。

「ようこそ、ハンス王子」

 侍女の1人を魔術で変装させ、自分のフリをさせているのだ。王子に化けている間ずっと偽物をやらせていたので、なかなか堂に入っている。まるで本物の王妃のようだ。

(ち。こいつも後で殺そう)

 そんなことを考えながら、王妃はあたりを見回した。

 将軍をはじめとする高級将校たち、大僧正などの聖職者たち、政務官などの役人たち。この国の中枢ともいえる人間たちがすべて、この謁見の間に集まっている。総勢50人。

 彼らの前で、白雪姫殺害の犯人を捕らえたという功績を示し、ハンス王子としての自分をアピールする。

 それが王妃の狙いだった。

 王妃は王子の姿で、偽の王妃に言った。

「ご覧下さい、王妃様」

 そこには棺と、縄でつながれた7人の小人たち。

 300人の兵士たちに囲まれている。

「行方不明の姫を発見いたしました。ただ、時すでに遅く……この悪逆の徒に、姫はお命を奪われていたのです。ああ!なんと私は無力なのでしょう。犯人を捕らえ、法の裁きを受けさせることしか出来ないとは……」

 大げさに、うさんくさく。

 偽王子は嘆いて見せた。

 偽王妃もそれに応え、

「いいえ。ハンス王子、貴方の行為はとても立派です。おかげで、愛する娘の姿をもう一度拝むことができました」

「私に出来ることはこれくらいしか……」

「そのことですが、王子。あなたは姫の婚約者です。あの子と結婚して、この国の王となるはずでした。姫は死んでしまいましたが、予定どおり、わたくしたちの養子になって下さいませんか?」

 偽王妃の言葉に、一同はざわついた。

 王妃の養子になるということは、将来的に王になるということだ。 

 将軍が声を上げた。

「それには賛成できません、王妃! この国の未来に関わる重大な問題ですぞ!」

「お黙りなさい!」

 偽王妃は将軍を一喝した。

(ここが正念場だ)

 偽王子=王妃は手のひらの汗を握りしめ、状況を見守った。

 玉座の偽王妃が、堂々とした演技で言う。

「あなたはこの一月、なにをしていたのです。あなたがしっかりしていれば、行方不明の姫の発見が遅れ、小人に殺されることもなかった。白雪姫は、あなたが殺したも同然ですよ!」

 治安維持を担当していた将軍だけに、この言葉にはぐうの音も出ない。他の聖職者や役人たちも、公然と糾弾されるのを恐れ、黙ってしまった。

 静まりかえる謁見の間。

(ここがチャンスだ)

 例のごとく、大げさな仕草で前へ出る偽王子=王妃。

「ああ、王妃様! それほどまでに言って下さるのなら、私は養子になりましょう! そして、この国の王になります!」

 そして白雪姫の入った棺に歩み寄る。

 あくまでも、姫を愛する王子をアピールするためだ。

「この愛する姫の遺志を継ぐために!」

 誰からも反対意見は出なかった。

(やった!)

 涙を流す王子の顔の裏で、王妃は歓喜に狂う。

 これですべて成功だ。

 この国のすべては私の物。

 土地も、人も、金銀財宝も。

 舞い上がった王妃は、棺の蓋を開け、焼け焦げた姫の死体を抱き上げ、

 

 その頬にをした。


「ああ、白雪姫! たとえどんな姿になっても、私はあなたを愛しています!」

「あら、うれしいですわ。お義母様」

 死体が微笑んだ。

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