燃える礼拝堂

 礼拝堂が燃え上がっていた。

 7人の小人が隠れている場所が、炎を上げ、火の粉をまき散らしている。王妃は残忍な笑みを浮かべた。

「さあ、どうする姫?」

 答える気などなかった。

 言葉が終わるよりも早く、白雪は窓から飛び出していた。窓枠ごとガラスを破り、2階から庭に降り立った。

 庭には兵士たちがいた。

 兵士たちは困惑した。

「白雪姫?」

 雪のように白い肌、黒檀のように黒い髪、血のように真っ赤なドレス。

 噂に聞く姫の姿。

 だが、彼らは「不審者はすべて殺せ」と命令を受けていた。窓から飛び降りてくるなど不審以外のなにものでもない。

「いったい……」

 戸惑う兵士たちに、王妃は、王子の服をカーテンで隠して叫んだ。

「何をしているのです! その者は逆賊だ、殺しなさい!」

 兵たちは、少女を取り囲んだ。

 その後ろでは、礼拝堂が燃えている。


 姫は言った。

「退きなさい」

 兵士たちは騎士団の一員だった。鎧の紋章がそれを示している。つまりは、生まれの確かな紳士たち。彼らの前では、戦うことはできない。

 紳士の前では淑女たれ。

 これは彼女が生まれたときから、いや生まれる前から、その血に刻み込まれた掟なのである。

 だが、いまの白雪には、それよりも大切なものがあった。

「退くのです!」

 地を駆けた。

 槍をくぐり、剣をかわして走る。

 それでも何人かの兵士たちは前に立ち塞がった。

「チェストォ!」

 躊躇のない拳が、兵士の首を打つ。鎧の隙間に差し込むような抜き手。

 そして別の兵士、一歩進んだ瞬間に足の甲を踏み、足首をひねらせる。

 さらに別の兵士には、アゴをかすめるように蹴りを当てた。頭が揺れて脳しんとうを起こし、ひざまずく兵士。

「なんだ、こいつは!」

「鎧の意味がないじゃないか!」

「こんな化け物が姫であるはずがない、捕らえろ!」

 襲いかかってくる兵士たち。

 一瞬後には、次々と倒れる兵士たち。

 しかし少女は、そんなものを無視して走った。振り返りもせず、足に絡まるスカートを引き裂いて。

 そして燃えさかる礼拝堂に飛び込んだ。


 外壁に一面はっていた蔦、木材を打ちつけた扉、床にしかれた絨毯、壁のタペストリー、すべてが燃えている。天井からはパラパラと砂がこぼれ、古い礼拝堂はいまにも崩壊しようとしていた。

「地下室!」

 炎の中、白雪は小人たちの隠れ場所だけを目指した。

 地下への階段は、崩れ落ちた石で埋まっていた。

「チェェェェェストォォォォォオオ!」

 一撃で岩を砕き、白雪は中に飛び込んだ。

 直後にまた天井が崩れ、階段は完全に石に埋もれてしまった。

「ご無事ですか!」

「白雪!」

 7人は生きていた。

 少女は涙ぐんだ。

「ああ、良かった!」

 が、みなケガをしていた。爆発の衝撃で、あちこち痛めたらしい。

「くそっ、腕さえ折れとらんかったら……こんな岩!」

「じいさんが頭を打ってるんだな」

「おのれ……拙者の愛刀が岩の下敷きでござる」

 地下室は、まるで蒸し風呂のようだった。すさまじい熱気がこもって、喉をかすめる息すらも熱い。 

 そして、さらに岩が崩れてきた。

 出口はふさがれ、温度はさらに上昇する。

(……このままでは、もって5分)

 生き埋めになるか、蒸し焼きになるか。どちらにしろ、結末は一緒だ。

「なんとかしないと……」

 見つけた答えは、1つ。  

「……『暴空龍旋翔』を使うしかありませんわね」

 自分の周囲に真空の竜巻を起こす技だ。

 確かにこの技を使えば、火も消し止めることが出来るし、崩れた岩を吹き飛ばすことも出来る。同時に小人たちも吹き飛ばされてしまうが、鍛え抜かれた彼らならなんとかなるだろう。

(問題は……)

 自分だ。

 この技は、周囲に竜巻を起こす技で、自分は中心にいなければならない。しかし、この古い礼拝堂の地下にいれば、竜巻が消えたとき、崩れ落ちる建物の下敷きになってしまうことは確実だ。

 7人の小人の命のかわりに、自分は生き埋めになる。

(かまいませんわ)

 白雪は迷わなかった。

 どちらにしても、あと5分で、この建物は崩れ落ちる。なんとかしなければ、どうにもならないのだ。

「待て!」

 カンベエは、そんな彼女の決断を察知し、叫んだ。

「待つんだ!」

「いえ! 決断は刹那、迷いは敵です! 『暴空龍旋翔』!!」


   ※   ※


 王妃は大急ぎで王子の服を脱ぎ捨て、5分でドレスに着替えた。

 そして階下へ降りて、礼拝堂の方を見る。

 そのときだ。

 燃え上がっていた建物を、真空の竜巻が包み込んだ。

 あっという間に炎が消え、石や木材の破片が飛ばされて、あたりに散らばる。同時に幾人かの小さい影が宙に舞うのが見えた。

(小人か!)

 影は7つ。白雪姫はいない。

(まだ中にいる?)

 けれども。

 礼拝堂は、竜巻の衝撃で崩れ落ちた。轟音をたてて砂埃をあげ、積み木のようにガラガラと。

 慎重に、王妃は礼拝堂――その残骸を、瓦礫の山を兵士たちに取り囲ませた。

 そのあいだに、風に飛ばされていた小人たちは再び集まって、礼拝堂の残骸をかきわけ始めた。

 口々に叫んでいる。「白雪!」「白雪!」。

 足を引きずりながら、動かぬ腕をぶらつかせながら。

 必死で瓦礫の中を探している。

(おやおや)

 王妃はほくそ笑んだ。

(本当に、あの中にいたのかい。小人なんかを助けるために、自分を犠牲にしたってのか。馬鹿なやつだ)

 笑いが止まらなかった。

 やがて、小人たちが、ひときわ大きな声を上げる。

「ああ、白雪!」

 瓦礫の隙間から、真っ赤なドレスがちらりと見えた。

 引き出されたのは。

 全身が炭のようにまっ黒で、焼けただれ、まるで別人のようになってしまった白雪姫の姿だった。

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