罠
魔術でつくられた火球に、白雪は拳を繰り出した。
前回はただ殴っただけで、手ひどい火傷を負ってしまったが、今回は違う。
火球と接触する瞬間、
超高速の捻りをくわえると同時に、握った拳を一気に広げる。五指が生み出す空気の渦が、魔術の炎を爆散させた。
まるで少女が手から
火の粉は、逆に老婆を襲った。
「ぐぎゃぁ!」
とっさの防御も間に合わない。
老婆は、着込んだドレスが燃えさかり、大慌てで床を転げ回った。
「その魔術……お義母さまですわね」
白雪は老婆に向かって言った。
「聞いていましたよ、魔術で姿を変えられるということは。紳士に知られてはいけない淑女だけの決闘方法・バトル・マドモアゼル。受けていただきます」
「……」
焼け焦げたドレスで、老婆は立ち上がった。
無言だ。
「……そうですか。決闘ではなく、殺し合いがお望みですか?
義理とはいえ家族として過ごした貴方へのせめてもの情け、淑女として散っていただこうと思ったのですが。致し方ありません。こちらも、そのつもりでお応えしましょう」
白雪は拳をにぎって構えをとった。
しかし、そのとき。
「おうい、婆や。姫。どうしたんだい?」
扉が開き、1人の男が入ってきた。
刹那の速さで白雪は構えをとき、瞬間的に、壁に掛けられた鏡をチラ見して身だしなみを整えた。
「王子!」
さっきまでの気迫もなんの、愛らしい声と素振りで男に駆け寄る。
男性の前では、戦う姿を見せることも決闘の事実を知られることも避けなければならない。それは淑女の務めなのだ。
「ハンス王子!」
白雪は男の名を呼んだ。
すらりとした長身、輝かしい金髪、美しい容姿。4年前に公式訪問を受けたときのイメージそのままの、ハンス王子の姿がそこにあった。
「何事だい、爆発するような音がしたけれど」
「なんでもありませんわ。ランプの火が、こちらのご婦人の服に燃え移っただけですの。なんとか消し止めました」
偽りの微笑みを、老婆に投げかける姫。
老婆はどうしていいか分からない様子で、キョトキョトしている。そこで王子は大きな声を上げた。
「とにかく姫! 会えて良かった!」
「私もです、王子!」
白雪は男に向き直った。
「行方不明と聞いたときはどんなに心配したことか! おもわず、父に無断で駆けつけてしまったよ。そうしたら、今度は国王様のご病気だろう? 帰るに帰れず、困っていたところだ」
「まあ」
「しかし、運命の女神は僕たちを見捨てなかった! ああ、君が生きていてくれるなんて!」
感極まった素振りで、姫を抱き寄せる王子。
その腕に、
少女を強く抱きしめ、
そして手の中に隠した短刀をきらめかせた。
「チェストォッ!」
1インチ・パンチ!
王子は吹き飛んだ。
「魔術、銃、毒、罠。お次は暗殺ですか。誇りの無さは筋金入りですね」
白雪は王子に言った。
「お義母さま!」
王子は、王子の姿をしたものは、憎々しげに姫を見ながら、殴られた腹を押さえて立ち上がった。
「……何故わかった?」
その声は、王妃の声だ。
白雪は答えた。
「理由はいくつもありますわ。この老婦人は淑女のしきたりに詳しくないようでしたし、腕力も男性のようでした。炎を使うときにも道具を使用していましたしね。魔術で姿を変えられることがわかっていれば、正体がお義母さまでないことは明白です。ですが何よりも」
勝ち誇った笑みで言う。
「いつもいつも鏡に向かって話しかけているお義母さまが、たとえ変装でも、醜い老婆に姿を変えるなんて有り得ませんもの」
「クソガキィ……」
王妃は、すでに仮面をかなぐり捨てていた。
上着の裾でぐっと顔をなでると、魔術が消えたのだろう、王子の顔はたちまち30過ぎの女の顔になる。
「殺してやるぞ!」
ガァン!
背後から銃声!
「甘い!」
白雪は弾を避け、一足飛びで拳銃をかまえた老婆のもとへ行くと、その喉に足刀を食らわせた。
老婆は昏倒してうなだれて、その頭からずるりとカツラが落ちる。
「なるほど、この方の正体は例の狩人でしたか」
「お前っ! 男と知って殴ったのか!」
「たとえ性別が男性でも、ドレスを着たなら心は乙女。淑女として扱われます。過去にもいくつか例がありましてよ」
「くっ……」
「女装させたのは失敗でしたわね」
「おのれ!」
王妃は床を蹴った。
幸運にも今は王子の服だ。女物のドレスよりも戦いやすい。下段から打ちあげる蹴りをしかけよう。
(そうすれば、姫は自慢の運動能力にものをいわせて、跳んで逃げようとするはず。動きのとれない空中で、仕留める!)
王妃は蹴りを放った。
姫は避けなかった。
蹴りを腕で払って、力を逸らし、一歩下がっただけで王妃の身体を受け止めた。そして、そのままの動きで流れるような反撃の掌底につなげる。
「ハイホォ!」
「ぐふぅ!」
即座に鉄拳、頂肘、回転側腿、上段蹴り。
たたみかける攻撃!
「ぎゃふっ!」
王妃は為す術なく倒れた。
強すぎる。以前も強かったが、より動きは流麗に、技は洗練され、破壊力はすさまじい。
「ク……クソがクソがっ! どうして、こんなに!」
「ふふふ。小人の皆さんに、いろいろ教わったのですわ」
「なに?」
王妃は、その発言に閃いた。小人たちのことを語る白雪姫の顔は誇らしげで、まるで敬愛する友人を語るようだったのだ。
(こいつ……)
ドヤドヤドヤ。
大勢の足音が近づいてくる。
「おっと、この屋敷にも軍隊を配置していたのですか。周到ですね。彼らが来る前に決着をつけてしまいましょう」
白雪姫は余裕だ。
王妃は、ほくそ笑んで立ち上がった。
「お前。小人たちに技を習ったのか」
「……ええ。彼らは大切な友人ですわ」
「そうかい。いま奴らがどこにいるか知ってるか?」
「?」
「あの古い礼拝堂。この手でお前を殺したくて、お前だけを連れ出したんだけどな。魔術による占いで、小人の拠点になっていたのはわかっていたんだぞ。だから、事前に仕掛けを施させてもらっていた」
「!」
「
爆発!
窓の外で散り舞う、赤い火の粉。
礼拝堂が、7人の小人が隠れている場所が、燃えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます