白雪

「王様の、御容体はいかがですかな?」

 謁見の間にたずねてきたのは、将軍と大臣だった。

 突然の訪問に、王妃は急いでをし、2人を出迎えた。

「いまは落ち着いていますわ。ですが、まだ起き上がることはできません。いつまた症状が重くなるか……」

 疲れ切った顔だ。肌色は悪く、髪に艶もなく、瞳はくすんでいる。しかしそのやつれた首筋に乱れた後れ毛は、得も言われぬ色気を醸し出していた。

 大臣はゴクリとつばを飲んだ。

「心中、お察しします。ですが、まつりごとをほうってはおけません。大至急、代理を決めませんと」

「それは、お2人にお任せします」

「なんと?」

「表向きは、王妃であるわたくしが王の代理となりますわ。ですが、わたくしは夫の看病で手一杯。実務の方は、王の信頼する部下であるお2人に一任いたします」

 王妃は大臣の手をとって言った。

「くれぐれも、このグリム王国をよろしくお願いします」

「わかりました、王妃様。我が身命を賭して、務めを果たします」

 大臣は感極まって、その手を両手でしっかり包み込む。

 続いて王妃は、将軍の手をとった。

「将軍様も。どうか、お願いします」

「ええ、勿論」

 将軍は目をそらし、軽く手を握り返すにとどまった。

 2人は王妃の前を辞し、城を離れた。

 そして馬車の中、2人きり。

 将軍が切り出した。

「意外だったな。尻尾を振って女王になりたがると思ったが」

「そんなことはないさ。あの方は、立派な方だ」

「惑わされるなよ、大臣。あいつは毒婦だぞ」

「過ぎた悪口あっこうは寄せ。僕と君の仲だからとて、聞き流せないこともある」

 澄んだ目で、宙を見つめ、る大臣。

「あんな痛ましい姿になるまで看病されるなど、王様を深く愛されている証拠じゃないか。無欲で、純粋で、天使のような方だ」

 いかん。こいつ、すっかり虜だ。

 将軍はそれ以上何も言わなかった。


「ふん」

 去って行く馬車を、王妃は城の窓から見下した。

 そして、蒸らしたタオルで顔をひと撫でする。

 すると、どうだ。

 黒ずんでいた顔にはみるみるうちに赤みが差し、髪は艶やかに、瞳は潤いにあふれる。王妃はたちまち、以前の美しさを取り戻した。いったい、どんな魔術を使っていたのだろうか。

 彼女は細い眉をしわ寄せ、

 色鮮やかな唇をねじ曲げ、

 涼やかな声で吐き捨てた。

「大臣は使える。けど、将軍の方はいずれ、あたいの敵になる」

 チイッ、と舌打ち。

「早いとこ処分しなくちゃいけねーな」

 だが、今はまずい。姫が行方不明になり、王が病気で倒れた今は、内外の不審の目が自分にそそがれている。

(できるだけ目立つ行動はとらねえようにしねーと)

 だが、そのあいだに出来ることはある。

(先に始末しなくちゃならないのは、あいつだよ)

 白雪姫。

 本来の、第一王位継承者。

(まさか小人族の居留地に隠れてるなんてね。しかも、あの重傷から全快しているとは。若いってのは、忌々しいことだよ)

 しかし今は、国王の危篤により国内は厳戒態勢。治安維持を名目に、自分の息のかかった兵隊を小人族の居留地周辺に配備しておいた。

(魚は網の中。エサにかかってくれよ)

 不審者は即刻抹殺するように指令を出してある。


   ※   ※


「これは、お義母さまのワナですわね」

 白雪姫は断言した。

「じゃ、国王が病気だってのはウソなのか?」

 カンベエが聞く。

 その周りにはヘイハチ、シチロージ、ゴロベー、キューゾウ、カツシロウ、キクチヨ。家の居間で、7人と白雪姫が、車座になって座っていた。

「いいえ。本当でしょう。一服もられたか、たまたまの発作か」

 姫はあくまで毅然とした態度だった。

 その肌は冷徹なまでに白く、

 瞳は無感情に黒く、

 唇は引き締まって赤い。

 不安さなど、微塵もにじませなかった。

「いずれにしても、病状を公表したのは、この状況を利用して私を始末しようというお義母さまの魂胆でしょうね。為政者が危篤だからと厳戒態勢を敷けば、治安維持にかこつけて、息のかかった兵を動かせます」

「ヘタに動くのは得策でない、ということじゃな」

「ええ。ここは小人族の居留地。軍隊を侵入させることは、法律で禁止されていますから、ここにいるのが安全ですわ」

「そうか……」

 一同は、ホッとした表情を浮かべた。

「でも、お前はそれでいいのか? 白雪」

 だが、カンベエだけは違った。

「父親が危篤なんだろう」

「平気ですわ」

 こともなげに。

 白雪姫は答えた。

「これは、父を人質に取られたようなもの。かつて『獅子王』と呼ばれた父ならば、私にこう言うでしょう。『自分に構わず逃げろ。王が存在することが、国を守ることにつながる。生き延びることは王族の使命である』と」

 だが、カンベエは首を振った。

「そんなことは聞いてない」

 そして、続ける。

「王族としての矜持や、姫としての立場など関係ないんだ。俺たちは小人だ。人間の事情なぞ知らん。俺は、お前の気持ちを聞いてるんだよ、白雪」

 7人の小人が、

 白雪を見つめる。

 雪のように白い肌を持ち、黒檀のように黒い髪を持つ女の子。彼女は、目を紅玉のように真っ赤にして泣き出した。

「会いたいですわ」

 ぽろぽろとこぼれる雪の結晶。

「お父様のことが心配です」

「よし」

 7人の小人が立ち上がった。

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