晴天と暗雲

 深いため息。

 うつろな目。

 テーブルの上には、豪華な料理。ただ、少しも手が付けられていない。

「今日も食欲がないのですか?」

 王妃は聞いた。

「うむ」

 年かさの国王は、小さくうなずいただけだった。白雪姫が行方不明となってからと言うもの、ずっとこの調子だ。

「確かに、姫が亡くなったことは残念ですわ。ですが、食事はしっかりとらないと健康に響きますわよ。……ああ、そうだ」

 王妃は懐から、小さな瓶を取り出した。

 中に何かの粉末が入っている。

「東洋から、こんな物を取り寄せましたの。証拠の残らない……いえ、副作用の起こらない『薬』ですのよ。滋養強壮に効くんですって」

 王妃は、国王の手の中に小瓶を握らせながらささやいた。

「ぜひ、これを飲んで、元気になって下さいませ」


   ※   ※

 

 燃えさかる松明。

 特殊な油がしみこませてあるのだろう。火の勢いはゴウゴウと、盛るほどに燃えて衰える気配はない。

 そんな松明が、何十本と地面に置かれ、白雪姫を取り囲んでいた。

 川原なので周囲に燃え移る心配はないが、その熱気は、姫の額に大粒の汗が流れるほどだった。

「ゆくぞ、白雪」

 そう言ったのは、カンベエ。

 両手に数本の松明を持っている。

 いや、カンベエだけでなく、他にもヘイハチとゴロベーの2人も、両手に松明を持っていた。

 三角形の中に、姫を閉じ込めるような位置どりの3人。

 籠の鳥の姫は、余裕たっぷりの笑みで応えた。

「いつでも、よろしくってよ」

「はいほぉぉぉ!」

 カンベエが松明を投げた。

 姫をめがけて飛ぶ炎。

「チェストっ!」

 姫は前蹴りの一撃で、松明を打った。蹴りがつくりだした真空によって、燃えていた火は瞬時に消える。

 今度は後ろから! ヘイハチの投げた松明は、正拳で叩き落とす。

 そして上! 

「ではなく、下ですわ!」

 松明を上へ放り投げておいて、注意をそらした隙に下段攻撃をしかけようとしたゴロベーは、彼女の蹴りに牽制され、足を止めた。

「むぅっ!」

「甘いですわよ、ゴロベー老師」

 落ちてきた松明をはじき飛ばし、微笑む白雪姫。

「まだまだじゃ!」

「これからやで!」

「次いくぞ!」

 3人の小人が、駆けた。

 カンベエが地面の松明を何本も拾い、飛ぶ。ヘイハチが姫に松明を投げる。と見せかけてゴロベーがそれを受け、至近距離で別角度からまた投げる。そこへ上からカンベエが連続で松明の雨を降らす。同時にヘイハチが突っこんで正拳。わずかな時間差でゴロベーも跳び蹴りを。

「フッ!」

 姫はヘイハチの投げた松明を見切り、1歩も動かなかった。そしてゴロベーの投げたときだけ身をかわす。そこに空から振ってきた松明は、大きく後ろへ飛んで避けておき、突っこんできたヘイハチの正拳を左手で受け、ゴロベーの跳び蹴りを右手ではじいた。

 そこへ。

 着地したカンベエが、強烈な回し蹴りを打ってくる。

 姫は、1歩ぶんだけ左足を後ろに動かした。

 それだけで、カンベエの蹴りは空を切った。

「ハッ!」

 カウンターの一撃。

 カンベエは吹っ飛んだ。

「おのれ!」

 小人たちは、姫の周りをぐるぐる回り、次々と松明を拾っては投げつけ始めた。今までのような洗練された連係攻撃ではなく、ムチャクチャなやり方だ。だが、その無軌道さが、逆に予測しづらさとなっていた。

「チイッ」

 松明を交わし続けていた姫だが、ついに追い込まれてしまった。

 一気に松明を投げ込んでくる3人。

 襲いかかってくる、いくつもの火の玉!

 しかし姫は。

暴・空・龍旋翔ぼうくうりゅうせんしょう!」

 両腕を伸ばし、超高速で回転した。

 手刀が創り出した真空が、竜巻となって彼女の身体を囲う。炎は続けざまに消えていき、松明はただの木の棒となって上空へ昇っていった。

「おお、やるのう」

「なんやねん、それ」

「これで魔術対策も完璧だな」

 口々に賞賛する、小人たち。

「修行の成果ですわ!」

 白雪姫は胸を張った。

 その胸めがけて飛んでくる、1本の矢。

 姫は笑顔のまま、指で挟んでそれを止めた。

「もう、こんな奇襲も通用しませんわよ。ね、カツシロウ先生」

 彼女は、向こうに生えている木の、生い茂った葉の中に視線を投げかけた。

 するとそこへ、葉の中へ、先ほど上空へ飛んでいった松明の木の棒がたくさん落ちてくる。

 ボコぽこポコぼこ!

「痛てっ!」

 弓を持ったカツシロウが、隠れていた木の枝から墜落した。

「参ったんだな。いつから気づいてきづいてたんだな」

「気づいたのは、今ですわ。でも、あらかじめ狙撃に適したポイントを注意していたので、防ぐのは簡単でしたの」

「あそこまで8メートル。カツシロウほどの者が射る矢なら、0.1秒で飛んでくる距離だが……」

「銃弾でも、こんどは避けてみせますわ!」

「満面の笑顔で言うことちゃうで」

「まったく、つきあいきれんわい」

 5人は笑いあい、笑顔でその場を後にした。


 家へ帰ると、キューゾウが夕食の支度をしていた。

「よく帰ったでござる。今日のメニューはヤマイモの短冊切りに、キャベツの千切り、トマトのくし形切りでござる」

「キューゾウ……いいかげん、切っただけのモンを料理と言い張るのはやめーや」

「拙者は剣客でござる。刃物以外の道具を使う気はござらん!」

「でもキューゾウ先輩。今日は私、温かいスープが飲みたいですわ」

「白雪がそう言うなら、すぐに鍋を用意するでござる」

「オイ」

 さらに寝室には、シチロージ。

「おォ! 白雪、帰ったカ! ちょうど4枚目の服ガ、縫い上がったところダ」

「あら、こんどは青ですのね」

「ここにレースを入れてみたんダ」

 わいわいガヤガヤ。

「やれやれ。白雪は人気者だな」

 カンベエがぼそりと言った。

 それを聞いていたのはゴロベーだ。

「ふん。情けない奴らじゃ。目の色を変えおって」 

「じいさんは違うのか」

「無論じゃ。あいつなぞ、ただの弟子じゃ。おーい白雪、肩をもめ!」

「はいはい。ついでに腰もマッサージして差し上げますわ」

「すまんのう……このトシになると……ああ、そこそこ。うーん」

 目を細める老人。

「いちばん甘えてるんじゃないか……?」

「なんやねん、エロジジイが。白雪、そんなん放っといてカードゲームやろうや!」「あ、白雪は、僕がフィドルの弾き方を教える約束なんだな」

「お前らもか」

 カンベエは呆れた顔だ。

「いつのまにか、あいつがこの家の中心になってるな」

 そういうカンベエも、彼女のことが気に入っていた。武術に対する真摯な態度、誰にでも敬意をもって接する精神性の高さ、王宮育ちゆえのちょっとズレた純真さも持ち合わせている。

 6人の小人たちに囲まれて、白雪姫は幸せそうに笑っていた。

 そこへ7人目がやってきた。

「大変だぜ、白雪!」

 血相を変えて、飛び込んでくるキクチヨ。

「国王が! お前の父親が!」

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