小人たちの真実
人間と小人の戦いに終止符を打ったのは、若きグリム王であった。
勇猛果敢、有智高才、「獅子王」とあだ名されたその男は小人たちを完全に降伏させ、その居住地を限定した。
王国東の森がそこである。
その痩せた大地で、小人たちは狩猟採集生活を営みながら、鉱山から鉄を採掘して暮らしていた。
王妃は、その地域をとりかこむ包囲網をつくった。
息のかかった地方貴族の軍隊に、治安維持を名目に監視体制を敷かせる。そして命令を下した。
「王様のご病気に乗じて、王族を名乗り、国を混乱させようとする不埒者がいるかもしれぬ。また小人たちをそそのかし、反乱を企てようとする逆賊も。そのような輩は、即刻死罪にせよ」。
これでは、白雪姫が森を出たが最後、すぐに殺されてしまうだろう。
「見つかれば、の話だがな」
白雪姫と7人の小人は、暗く、狭い洞窟の中を進んでいた。先頭を進んでいるカンベエが、カンテラを掲げながら言う。
「この廃坑を通って行けば、軍隊の包囲を抜けられる」
「廃坑? ですか?」
「ああ。昔掘られた鉱山で、しばらくは俺たち小人も採掘をしていた。鉱脈を探しているうちに、王都の近辺まで通じてしまったんだ」
「へえ……そうですか」
まわりの土に触れながら、白雪は少しだけ目を伏せた。
暗く冷たい穴の中を歩き通し。
おそらく、丸一日はたっているだろう。
小人用の坑道は狭く細く、白雪は身をかがめながら進んでいたので、よけいに疲れが際立っていた。
「通じているのアーデンの森だ」
「あら、そこなら、私がここに来る前にピクニックに行ったところですわよ。お父様と……お義母さまと」
「その義母が、お前の命を狙ってるんだな」
この国の財産と権力を狙う姫の継母・王妃。
彼女は白雪をその毒牙にかけ、そして今度は国王を病気に追い込んだ。
「父に毒か何かを盛ったのでしょうね。軍隊の配備が早すぎますわ。おそらく……私が生きていることを知り、おびき出すために」
王位継承者である白雪が死ねば、あとは高齢の国王のみ。この国のすべては、いずれ自動的に王妃の物となるだろう。
自分のために、父が死の危機に瀕している。
白雪はぎゅっと唇を噛んだ。
「気にしたらアカンで、白雪」
「そうだゾ。悪いのは王妃だゾ」
「すぐに会えるでござる」
「そうだ、俺がついてるぜ」
小人たちは口々に白雪を励ました。
「もうすぐ出口に着くんだな」
「あと少しじゃ、がんばれ」
そこから、さらに1時間。
ようやく一行は坑道を抜け、森に出た。
あたりは夜。
だが、遠くに塔が。
白雪が生まれ育った城の一番高い塔が、木々の向こうに、明るい月に照らされているのが見えた。
「着いた……」
そして白雪は、振り返る。外から見ると、坑道は草におおわれた岩の隙間にあり、まるで自然の洞窟のように見えた。
「……」
「さ、行こう。近くに、とある貴族の館がある。そこに、俺たちの仲間の小人が使用人として雇われてるんだ」
「なるほど」
姫は動かなかった。
「その方から、王都の情報を手に入れていたのですね。この抜け穴を通じて」
『!!!』
7人の小人たちに、衝撃が走った。
姫は落ち着いた口ぶりで語り出す。
「この『坑道』には、真新しい補修のあとがありました。廃坑ではありません。これは抜け穴。情報収集のための、そして……いざというとき、貴方たち小人が王都に攻め込むための」
7人は無言だった。
「はじめから違和感はあったのです。
いっしょに暮らしているのに、年齢層や喋り方、特技や性格ががバラバラな貴方たち。特に血縁関係でもない。
あなたたちはおそらく、
小人の中でもそれぞれの『部族』のリーダーか、その関係者なのでしょう。
人間の国でもよくあることです。
大国が、属国の王の子供や親、親戚などを集めて管理下に置く。
人質としての意味もあるし、同じ文化、教育を体験することで一体感を高める効果もあります。
そうやって、結束を確かな物にしておいて。
いつか来る反抗の日に備えていたのですね」
誰も口を開かなかった。
しばらくたって、ようやくカンベエが重たい唇を動かした。
「そうだ。俺は小人の王、クロサワ・カンベエ。こいつらは俺の配下であり、それぞれの部族の長の親類だ。あんたの予想どおりだよ」
「私は『獅子王』ヴィルヘルムの子、白雪。グリム王国の王位継承者として、貴方たちが居住地制限を破り、反乱を企てているのを見過ごすことは出来ません」
張り詰める空気。
さまよう視線。
膨れ上がる緊張。
そして、姫は言った。
「だったら、居住地制限なんて無くしてしまえばいいのですわ」
『は????』
今度は7人は、呆気にとられた。
「だって、小人も人間も同じ1つの命。差別も区別も必要ありませんでしょ?」
にこやかに言う白雪。
「私、決めました。
城に戻ったら、女王になりますわ。そして法律を変えて、小人も人間も仲良く暮らせる国をつくります。私と皆さんのように」
「白雪!」
「何だヨ、ビックリさせるナ」
「よく言った。さすがワシの弟子じゃ」
少女に駆け寄る小人たち。
「そのためには、まずお義母さまを何とかしなければ。手伝って下さいますわね」
「もちろんだぜ!」
「じゃあ、貴族の館に行くんだな!」
小人たちは走り出した。
白雪もついていく。
その中で、カンベエはそっと姫に寄りそった。
「おい、いいのか? 俺たちが反乱の準備をしていたことをスルーしても」
「かまいませんわ。だって、カンベエ師匠ははじめから、反乱なんてする気は無かったのでしょう?」
「なに?」
「反乱の準備は、小人族をまとめるための方便ですわ。
実際には。
私の身柄を確保し、小人たちとの共同生活で親近感を持たせて、政治的に有利なカードに仕立てようとした。そうする方が、勝ち目のない反乱を企てるよりずっと効果的ですものね」
カンベエは答えなかった。
そのかわり、笑ってこう言った。
「たまげたなあ」
「私、きっと女王になります。そのために、この拳で、お義母さまを倒しますわ!」
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