はいほう!
その日、7人の小人たちは森で仕事をしていた。
芝刈り、芋掘り、魚釣り。兎狩りに木の実拾い。日が暮れるまでたっぷり働いてから、ようやく帰路についた。
「さあ、帰ったら魚を焼いて一杯やろうか」
7人のリーダー格であるカンベエは、6人の仲間にそう語りかけた。
ところが。
「?」
家に着いて、7人はビックリした。
扉が開き、何者かが中に入った形跡がある。しかも地面には、川の方から点々と血の跡が続いているではないか。
「これは、手負いの獣でも紛れ込んだか?」
カンベエは慌てて荷物を放り出した。
「よし、晩飯が豪華になるぞ」
にやりと笑って指を鳴らし、勢いよく家に駆け込む。狐かな? 狼かな? 虎だったらいいな、柔らかくてうまい。そんなことを考えながら。
だがしかし、そこにいたのは獣ではなかった。
『ニンゲン』の少女だったのである。
「ほう……」
雪のように白い肌。
黒檀のように黒い髪。
そして、ドレスのように広がった真っ赤な血。
「死んでいるのかナ?」
「いや、眠っているだけのようだ」
「んなアホな、心臓を撃たれとるやないかい」
「そのようだ。だが、生きている」
「化け物じみた生命力でござるなぁ」
そんなことを話していると。
少女がぱちりと、目を開けた。
※ ※
心臓を撃たれた。
しかも、そのあと川に飛び込んでの水泳だ。折からの雨で増水した川は濁流で、何度も呑まれそうになりながら、1時間を潜ったまま泳ぎ切った。
さすがに体力が限界だ。
白雪姫は、眠った。
夢の中、聞こえる王妃の高笑い。
(お義母さま……よくも、淑女の嗜みであるバトル・マドモアゼルを
バトル・マドモアゼル。
高貴な身分の女性だけで行われる、1対1の素手格闘。この由緒正しい決闘方式に、彼女の継母である王妃は、姑息にも罠を持ち込んだのだ。
禁忌の魔術を使い、
男に手助けをさせ、
あまつさえ銃まで。
圧倒的な運動能力と格闘センスで勝利をほぼ手中にしていたにもかかわらず、白雪姫は、川に身を投げるしかなかった。
(これはもう、決闘ではなく殺人だわ)
決闘は、きちんと認められた法的行為。その結果、人が死んでもただの事故だ。けれども、人の命を狙う「殺人」は犯罪である。
(すぐに城に戻って、告発すべきね)
だが、それは可能だろうか?
このケガでは、おそらく象も殺せない。砲弾を握りつぶすことも不可能だろう。こんな状態で、あの魔女の元へたどり着けるのか?
夢の中で、白雪姫は悩んだ。
するとそのとき。
ガヤガヤとやかましい声が、聞こえてきた。
目を覚ますと、そこには7つの小さな影。
子供かと思ったが、よく見ると大人だ。
「……小人?」
そういえば、あの川の下流には小人族の居留地があった。そんなところまで自分は流されていたのか。
(いけない。一刻も早く城に戻らないと……)
白雪姫は立ち上がった。
「おい、俺のベッドに靴であがるな」
小人の1人が抗議してきたが、無視。
胸を張り、高らかに宣言した。
「私はグリム王国第一王女、白雪。父ヴィルヘルムの名において、この小屋を接収します。お前たちは、これより私の配下。まずは食事と薬を用意なさい。そのあとで、王都に向けて出発いたします」
生まれながらの王族ならではの、高飛車な態度だ。
これには、小人たちも反発する。
「なに言うとんねん、この小娘」
「ほ。ワシらをこんな土地に押し込めた、『獅子王』の娘じゃと? 本物かの」
「自分勝手な性格は、あのクソヤロウと同じだぜ」
「偽物でも本物でも関係ない! お前の言うことなど、誰が聞くか!」
一気に敵意をむき出しにする小人たち。
だがそれでも、姫は傲慢不遜だ。右手を握って前に出し、腰を落とした構えで言い放った。
「言葉で駄目なら、拳で説得して差し上げましょう」
「望むところだ!」
「チェストォ!」
白雪姫は、7人の小人の中に飛び込んだ。
白雪姫は、冷静に自分の状態を分析していた。
心臓の出血は止まっている。3時間ほど寝て、体力もそこそこ快復した。だが、あまり長くは戦えないだろう。しかも、激しく動くと、胸の傷がまた開いてしまう可能性もある。
(短期決着が絶対ですわね)
けれど、相手は小人だ。
小柄な白雪姫でも、筋力で優位に立てる。
(見つかったのが、小人族で良かったわ)
本来であれば、淑女は、紳士に戦う姿を見せてはいけない。だが、人間でないなら話は別だ。男も女も関係ない。
(存分に戦える!)
姫は、得意の跳び蹴りで、正面にいた小人を狙った。
「チェストォ!」
大人のローランドゴリラですら気絶させたことのある一撃だ。これでまず1人を仕留め、ひるんだ他の6人を各個撃破する。
それが白雪姫の作戦だった。
しかし。
「はいほぉっ!」
その蹴りを、小人は軽く受け止めた。
しかもまるで手応えが無い。自分よりも小さい体格しか持たない小人が、全力で放った蹴りの衝撃を、まるで布でくるんだように無効化したのだ。
「なっ!?」
意外な結果に姫は、無様に床に墜落した。
「すごい蹴りだナ。だが、力を込めすぎダ。だから、“力点”を多少逸らしてやればこの通りサ」
「くっ!」
白雪姫は立ち上がり、今度は右の小人に、渾身の正拳突きを放った。
「チェスト!」
「はいほっ!」
けれどもそれは避けられる。
「予備動作が大きすぎだぜ。突きがいくら鋭くても、それじゃ意味がねえぜ」
「なにをっ!」
今度は、その後ろの小人だ。
回し蹴りで!
「チェス……」
「はいほー」
小人は懐に入り、それを止めてきた。
「技を出す前にも気をつけんと、あかんな。自分より素早い相手を想定してないからそうなるんや」
「まだまだ!」
一撃が駄目なら、連撃だ。
姫は左の小人に標的を変え、肘から手刀、裏拳へと続く連打を放った。
「チェスト! チェスト! チェス……トォォ!」
「はぃほぅ! はいほぉ! はいほぉぅ!」
駄目だ。すべて受けられた。
「スピードに気をとられすぎじゃよ。腰の入っていない一撃など、意味が無いわい」「馬鹿な……!」
通用しない。
自分の力が、技が。
白雪姫は愕然と、その場に膝をついた。同時に胸から血があふれ出す。撃たれた傷が、また開いたようだ。
小人の中の1人が言った。
「残念だったな。あんたが万全だったら、力で押し切れたかもしれんが。手負いの状態で勝てるほど、俺たちは甘くないってわけだ」
「……殺しなさい。虜囚の辱めを受ける気はありません」
「まあ、そう言うな。俺たちも、あんたの父親にこんな狭い土地に押し込められ、娯楽がなくて退屈してたんだ」
にやりと笑う小人。
「俺たちを、楽しませてくれよ」
白雪姫は死を決意した。
幼きころ、テーブルマナーより先に仕込まれた舌をかみ切る方法を、実戦するときが来たのだ。
けれども、次に小人が発したのは意外な言葉だった。
「あんた、ここで修行をしていきな」
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