修行の始まり
「あんた、ここで修行していきな」
小人の1人は言った。
「どうやら本物の白雪姫のようだな。そのお姫様が、大ケガしてこんな所にいるって事は、おおかた誰かに命を狙われ、戦ったんだろう。そして負けた」
「負けていませんわ!」
白雪姫は叫んだ。
「あの勝負は私の勝ちでした。けれど、あの……あの方は、卑怯にも魔術を使い、他人の力を借り、銃を持ち出して……」
「だから負けじゃないってのか? この小屋で、血まみれで倒れてたあんたは、どう見ても勝利者には見えなかったぞ」
「……」
何も言えなかった。
結果的に、王妃の思い通りになったことは事実なのだ。今から満身創痍で城に戻ったところで、今度こそ殺される。
これが敗北でなくて何だというのだ!
「……そうですね……私は、負けたのですわ……」
白雪姫はうつむき、唇を噛んだ。
傷が開いた胸からあふれた血液が、床に血だまりをつくる。そこにポトリと一粒のしずくが、姫の瞳から滑り落ちた。
小人はそんな姫の肩に手を置いた。
「……だから、ここで、ケガが治るまで修行していけってんだ。俺たちは、いくらか武術の心得がある。ニンゲンの知らない技もたくさん知っている」
「でも……そんなことをして、あなたたちに何の得がありますの?」
「言ったろ? 楽しませてくれって。俺たちは暇なんだよ。毎日毎日、畑仕事に魚釣り。娯楽はなんにもありゃしない。日々の修行もマンネリだ。惰性でやっても強くなれんからな、いい気分転換だ」
小人は、ニカッと笑って見せた。
つられて、姫も笑った。
「そうですわね。このままお義母さまの好きなようにはさせませんわ。胸の傷が癒えるまで、ここでお世話になりましょう」
「よっしゃ。決まりだな」
「あらためて、自己紹介いたしますわ。私は白雪」
「俺はカンベエ。よろしくな。言っとくが、あんたはお客さんじゃないんだ。炊事洗濯なんかはしてもらうぞ」
「望むところですわ!」
こうして、森の中の小屋で。
白雪姫と、7人の小人の修行生活が始まった。
※ ※
「さ、私は何をいたしましょう?」
翌朝。
白雪姫は起きるなり、台所にいるカンベエの元で元気に声を張り上げた。
血まみれになったドレスは脱ぎ、いまは小人の服を借りている。ピチピチで丈が足りていないため、かなりセクシーな感じだが、あまっていたテーブルクロスを腰に巻いてごまかしていた。
カンベエは、かまどの火を起こしながら言った。
「あぁ……もう少し声を落としてくれ、みんな寝てる」
「わかりましたわ」
「あんたも寝てていいんだぞ? そんなにひどいケガをしてんだから、あるていど治るまでは……」
「もう傷はふさがりましたわ。動いても問題ありません」
「あらためて思うが……化け物だな、あんた」
「淑女ですもの、出血には慣れているのです」
「慣れで何とかなるものか……?」
カンベエはいぶかしんだが、実際に姫は元気そうだった。顔色も、土気色だった昨日とはうって変わって赤みが差し、少女らしい朗らかさにあふれている。若さゆえの回復力だろう。
「ま、いいか」
「これは何をしているのです?」
「朝メシが、俺の担当なんだ。スープをつくってるのさ。料理はできるか?」
「愚問ですわ。料理女の監督ができないようでは、一人前の淑女ではなくってよ」
「ビミョーに不安な言い回しだが……それなら、裏の畑からニンジンをとってきてくれないか。あのドアを出てすぐだ」
「承りましたわ」
白雪姫は勇んでドアから出て行った。
そして15分帰ってこなかった。
「やっぱり……」
カンベエはため息をついてから、裏の畑に行ってみた。
ドアを開けると、すぐそこに白雪姫がいた。
ニンジン畑の前で、腰を落として手を突き出し、まるで誰かと戦っているような構えをとっている。
「……何をしているんだ?」
漏れ出てしまった疑問の声に、姫は応えた。
「あら、ごめんあそばせ。もう少し時間がかかりますわ。残念ながら、まだニンジンが咲いておりませんの」
「ニンジンが、なんだって?」
「ご安心なさって。もしニンジンが咲いたなら、その瞬間に、この私の手刀で仕留めて見せますわ!」
やる気満々で叫ぶ姫。
その横をカンベエは無言で歩き、畑からニンジンを引っこ抜いて、台所に戻った。
※ ※
10分後。
火の入ったかまどに、置かれた鍋。
「……これで煮込めば、スープは完成だ」
「ふむふむ。簡単ですのね」
「あんたは1歩目から踏み外してたけどな。さて、次は米の火加減だが……」
かまどには、もう一つ火にかかっているものがあった。姫が見たことのない、底が丸くなって木の蓋がついた鍋だ。
「これで今、米を炊いている」
「お米ですか。私、食べたことありませんわ」
「うまいぞ。しかし、それには絶妙な火加減が必要だ。『はじめチョロチョロ、なかパッパ』。はじめは弱火で、途中から一気に強火にするんだ」
「では、薪をくべますわね」
「そんな必要はない」
「え、でも……」
「こうするんだ!」
カンベエは、かまどの前で構えをとった。
何か丸いものを上下から両手でつかんでいるような、そんな構えだ。そして、その丸いものを潰すように、上下の手の間隔を縮めていく。
手の中で、何かが圧縮されている?
「う!」
白雪姫の前髪が、なびいた。
カンベエの手から、風が吹いていた。圧縮されていたのは空気だ!
「暴・空・弾!」
手から空気が放たれる。それは、かまどの中に入って荒れ狂う風となり、燃えていた炎を一気に大きくした。
「す、すごいですわ……!」
伸び上がった炎が姫の眼前まで迫る。
姫は感嘆した。
蹴りで周囲を真空にできる白雪姫だが、空気を凝縮して飛ばすなどは考えたこともなかった。
「これを応用すれば、攻撃にも使えるぞ。火を操る魔術にも対抗できる」
「! どうしてそれを!」
王妃が火の魔術を使ったことは、話していなかった。それなのに、カンベエはどうしてこんなことを言い出したのだ?
「あんたの、右手のケガだよ。そんな火傷の仕方をするなんて、それしかないからな」
鋭い観察眼だ。
それに、深い洞察力も兼ね備えている。
「お見それしましたわ。カンベエ様」
「ははは。もっと敬え。なんなら、俺のことを師匠と呼んでいいぞ」
「師匠!」
「うはははは!」
姫の修行は、つづく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます