森の中
枯れ葉の舞う森の中。
小道に1台の馬車が止まっていた。
客車には、王家をあらわすユリの紋章。そのまわりを、剣や槍を持った護衛兵や、何人もの従者たちがうろついている。
「王様は、馬車の中か?」
「かつては『獅子王』とあだ名された猛将も、お年だからな。食事のあとにはお昼寝が必要さ」
「今日は久しぶりの遠出だしな」
「姫と王妃と、親子水入らずでのピクニック。楽しんでいただけたようじゃないか」
「親子といっても、王妃様は後妻だろう?」
「しかし、姫と王妃は仲が良いぜ。いまもお2人で、滝を見に行っておられる」
「お2人だけでか? 護衛もつけず?」
「この森は、王家所有のご禁制の森。不届き者など入ってこないさ」
急な坂道、乾いた落ち葉を踏みしめて。
少女が歩いていた。
雪のように白い肌。
黒檀のように黒い髪。
そして血のように赤いドレス。
この14、5歳の美しい少女が、この国の姫であり、同時に第一王位継承者でもある、白雪姫。
「美しい紅葉に、小鳥のさえずり。来てよかったですわ」
少女は屈託なく微笑んで、振り返った。
「ね、お義母さま」
その視線の先には、黒いドレスの女性がいた。
光に透ける金髪とエメラルド色の瞳を持つ美女で、30歳を過ぎたいまでも、その美貌は衰えることを知らない。それを武器にして、壮年にさしかかった父と結婚をした、白雪姫にとっては義理の母。
つまり、この国の財産を巡って争う相手だ。
「……そうね」
彼女は、坂道の途中で膝に手をつき、息を乱していた。美貌は衰えなくとも、体力にはガタがきているらしい。
それを見て姫はいっそう微笑んで、足を踏み出した。
「ささ、もう少しで滝が見えます。とても大きくて落差があって、見下ろすと絶景ですの。早く早く」
「ちょっと待って……」
「そこならば、邪魔は入りませんから」
「!」
王妃の顔色が変わった。
その言葉が何を意味するか、悟ったのだろう。
広く、ゆるやかな川が、途切れた地面から空中に投げ出される。大量の水は流れる稲妻となり、滝壺へ墜落していく。
「壮観ですわね」
白雪姫は川べりの岩場に立っていた。
すぐ眼前に、滝の頂点がある。水しぶきが飛んでくるほどの近距離で、滝の全体を眺めることはできないが、迫力ならば最大級の位置どりだ。
姫はあたりを見回した。
岩場のすぐ向こうは森。人の気配は近くに無い。
姫は言った。
「さ、ここなら、誰にも見られる心配はありませんわ。存分に、『バトル・マドモアゼル』を行いましょう」
バトル・マドモアゼル。
淑女同志のあいだで行われる、伝統ある決闘方法である。互いの要求を賭け、1対1の徒手空拳で決着をつける。ただし、決闘している姿や決闘した事実を、男に知られた場合は、その決闘は無効となる。
バトル・マドモアゼルは淑女の嗜み。
あくまで淑女だけで行われるのである。
王妃は応えた。
「そうね、白雪姫。あなたとは決着をつけなければならないと、かねがね思っていましたわ」
ドレスをひるがえし、構えをとる。
「わたくしが勝てば、あなたは外国へ嫁ぐ」
「私が勝てば、お義母さまにはお父様と離縁していただきましょう」
「それでは……」
2人は声を揃えた。
『バトル・マドモアゼル……Lady Go!』
この言葉を口に出した以上、決闘はどちらかが降参するか死ぬまで行われる。例外は、男性に見つかりそうになったときだけである。
(けれど、この場所では決着がつくまで終わりませんわ)
そう考え、白雪姫は駆け出した。
王妃は森の木々のあいだに隠れた。
「笑止!」
幹を蹴り、根を跳び、枝を走る。
この縦横無尽な運動能力こそが、小柄な姫の最大の武器だ。
そしてそれは、30歳を過ぎて体力が下り坂になってしまった王妃には真似のできないことである。
王妃は即座に見つかった。
「チェストォォォォ!」
飛び込む勢いそのままに、空中で回転蹴り。
その攻撃は、腕を重ねた十字受けで受け止められた。しかし王妃は、そのとき足をすべらせてしまう。
「甘いですわ、お義母さま!」
その隙を逃がさない。
「足場の悪い森では、払い受けの方が有効ですわよ!」
着地して、すぐさま後ろ蹴り。
回転しながら手刀、接近して正拳、かわされたところを足に1発蹴りを入れ、間合いを詰めての肘、裏拳、回し打ち、3連打!
王妃は顔をゆがめ、下がる一方だ。
(けど……どれもクリーンヒットはしていないわ。だてに歳は重ねていらっしゃらないという事ね)
さすがの防御技術である。
だが年齢は、足のふらつきにも表れてしまっていた。慣れぬ山歩きにすっかり疲れているのだろう。
「摂理とは、残酷ですわね」
白雪姫は笑う。
「川は下流に向かって流れるだけ。いくら抗おうとも、ね」
対照的に、幼い頃からこの森を遊び場がわりにしていた姫はにとっては、この程度の足場の悪さは、宮廷のダンスホールと何ら変わりない。
「地の利は私にありますわ!」
落ち葉の重なる地面を蹴って、姫は前蹴りを放った。
その一撃は、王妃の腹にまともに突き刺さる。
王妃は血を吐いた。
それから、笑った。
「そうかしら?」
その瞳が、燃え上がるように揺れている。
そして、その手は、実際に燃え上がっていた。
「!!!」
両手の炎は、やがて1つの真っ赤な火球となった。
「魔術!」
驚愕が、姫を襲う。
「『
王妃の叫びと共に、火球は放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます