バトル・マドモアゼル

 バトル・マドモアゼル。

 それは淑女のたしなみ。

 お互いの要求を賭け、1対1の徒手空拳で戦い、負けた方は相手の言うことを聞かなければならない決闘方式。これは歴史ある由緒正しい方法であり、法的拘束力を持つ正式なものである。


 王妃は白雪姫に言った。

「剣に槍、銃に大砲。紳士は戦争が好きなもの。ですが、淑女はそうは行きません。いつだって女の頼れる武器は、この磨きをかけた身体だけなのです。どうですか? この勝負、受けますか!」

 白雪姫は王妃に応えた。

「わかったわ。バトル・マドモアゼルは淑女の嗜み。受けましょう!」

「わたくしが勝てば、あなたは、わたくしの選んだ相手の元へ嫁ぐこと」

「私が勝ったなら、お母様には、シスターになっていただきましょう」

「それでは」

「ええ」


『バトル・マドモアゼル、Lady……Go!』


 拳と拳を裏で交わし、戦いは始まった。

 同時に、大きく後ろへ飛ぶ白雪姫。細かいステップでこちらの様子をうかがってくる。

(予想どおりだわ)

 王妃がこのタイミングで勝負を持ちかけたのは、計算があってのことだった。

 普通なら、先ほどの小競り合いで消耗している状態で、バトル・マドモアゼルなど提案するわけがない。

 だから、白雪姫は警戒しているのだ。

 何か策があるに違いないと。

(そう思わせることが策なのよ)

 結果として、ダメージを回復する時間を稼ぎ、そして白雪姫のいちばんの持ち味である縦横無尽な動きを制することができた。

(次は……こちらが主導権を握ること!)

 王妃は1歩ずつ、ゆっくりと間合いを詰めた。

 急な動きは駄目だ。スピードは相手に分がある。ゆっくりと、ゆっくりと。こちらのペースに持ち込んで……。

(パワーなら!)

 一瞬だけ。王妃は素早く手を伸ばした。

(こちらの領域!)

 姫の手首をつかむ。

 投げる!

「うぐっ!」

 同時に感じる脇腹の痛み。投げられながらも、白雪姫が蹴りを放ってきたのだ。まったく、惚れ惚れするような格闘センスだ。

(けど!)

 痛みを無視して、王妃は白雪姫を床に叩きつけた。受け身をとられた、ダメージはあまりないだろう。それでも構わない。つかんだ手首を離さず、彼女の上にのしかかる。

 押さえつけて、関節を極めてやる!

「ファァッ!!」

 しかし白雪姫は、ブリッジで跳ね起きた。

 2人分の体重を、ものともしない。

 けれど、王妃は手首を離さない。つかんだままに引き寄せて、腹に膝蹴り。そして相手の頭を両手でとらえ、顔面をまた膝に落とした。

 腕を挟んでガードされる。

(なんの! 密着状態なら、姫のスピードは怖くない! わたくしのパワーが生きる距離ですわ!)

 しかし。

 ドォン!

 銅鑼の音にも似た衝撃が、胸に響く。

 思わず膝をついた。

 拳を固めている白雪姫。

(1インチ・パンチ……!)

 わずか1インチ(3センチ)の距離があれば放つことが可能な、超至近距離での打撃技である。刹那にも近いタイミングと完璧な体術、そして高い身体能力が当然のように要求される高等技術だ。

(まずい)

 膝をついていたのは、わずかに2秒。

 だが、致命的な2秒だ。

「チェストォォォォ!」

 姫の閃光のような正拳突きが、腹に突き刺さった。胃液をまき散らし、王妃はふたたびティーテーブルに突っこんだ。

 意識が遠のく。

 姫が、とどめの回し蹴りの準備体勢をとっている。

(駄目か……!)

 王妃が敗北を覚悟した、そのとき。

「おーい」

 呑気な声が聞こえた。

「妃よ。姫よ。どこにいるんだ?」

 王様の声だ!

 その瞬間、白雪姫は矢のように駆けた。

 自分が割り破った窓の、ガラスの破片を拾い集め外へと捨てて、割れた窓をカーテンで覆い隠す。そのあいだに、王妃は倒れたティーテーブルと椅子を、元通りに直す。

戸棚からカップを2つ出し、持ってくる姫。テーブルクロスをかけ直す王妃。

 部屋の扉が開くのと、2人が座るのは同時だった。

「おお、ここにいたのか」

「あら、お父様」

「どうかされまして?」

 2人は、優雅に紅茶を飲んでいるフリをした。

 頭に白いものの混じった王様は、その様子を見て目を細める。

「2人でお茶をしていたのかい?」

「ええ、そうですわ」

「うふふ。姫がおいしい紅茶を持ってきてくれたのよ」

 白雪姫は空のカップを傾けている。王妃は、足が1本折れた椅子に座りながら、気づかれないようにバランスをとっている。

 2人は必死で笑顔を作った。


 バトル・マドモアゼルは淑女のたしなみ。

 

 男たちには、決闘をしていることすら知られてはいけない。それが上流階級の作法というものだ。

 そんな2人に、王様は言った。

「お前たちは本当に仲が良いな。そうだ、明日にでも、親子水入らずで森へピクニックにでも行こうじゃないか」

「わぁ、うれしーい」

「素敵ですわね」

「近頃天気もイイしなぁ」

 言いながら、空を見上げる王様。

 その瞬間、テーブルの下で交わされる蹴りの攻防。

(ちょっと! なぜティーポットも持ってこなかったの! 不自然でしょう!)

(時間が無かったのよ、お義母さまだってテーブルクロスのかけ方が雑ですわ)

(勝負はいったんお預けね)

(ふん。幸運だったわね。今に見ていらっしゃい!)

 どかバシべきゴガッ。

「なんだ、2人で何をしゃべっとるんだ」

「な、何でもありませんわ」

「ひ、秘密のお話よ」

「なにぃ。ワシは仲間はずれか。お前たちは本当に仲が良いのう」

「おほほほほ」

「だって私、お義母さまがだーい好きですもの」

 白雪姫と王妃。

 2人の戦いは、まだ始まったばかり。

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