白雪姫武闘伝

鏡よ鏡

「鏡よ鏡。この国で、いちばん美しいのは誰?」

 豪華でクラシックな造りの、広い部屋。

 鏡台に向かって尋ねているのは、王妃だ。

 豊かな金髪、エメラルドのような瞳、すらりとした抜群のプロポーション。年齢は30過ぎといったところで、やや肌に張りがないが、絶世の美女といって差し支えのない美貌の持ち主だった。

 そんな王妃に対して、鏡は答えた。

「この国でいちばん美しいのは、あなた。王妃様でございます」

「この国で、いちばん気高いのは誰?」

「それは王妃様でございます」

「それでは……この国で、いちばん強いのは誰?」

「それは白雪姫です」

 ガシャーン!

 心に響いた衝撃と、よく似た音をたて。

 窓を蹴破り、勢いよく部屋に飛び込んできたのは、まだ15にもならないような小柄な少女だった。

 雪のように白い肌。

 黒檀のように黒い髪。

 そして血のように赤いドレス。 

「白雪姫!」

「チェストォォォォッ!」

 放たれた跳び蹴りを、王妃は腕を十字に重ねて受ける。

 骨まで響く、鈍い衝撃。

「くっ!」

 唇が思わず歪む。この隙を、白雪姫が逃すはずもない。

「セイヤァ!」

 彼女は着地するなり間髪いれず、ボディに強烈なアッパーカットを打ってきた。防御の隙間からねじ込まれた拳が、肝臓を正確にとらえる。

 さらに執拗な、腹部への連続攻撃。

 王妃はたまらず後ろに大きく飛び、距離をとった。

 すかさず追ってくる白雪姫。

(甘い!)

 だが、それが王妃の狙いだった。相手が飛び込んできたところへ、カウンターの前蹴りだ!

「シッ!」

 かわされた!

 驚異的な反射神経、すさまじい運動能力。追撃の一打を試みるが、白雪姫は素早く飛び上がった。天井のシャンデリアに、指1本でぶら下がる。

「あらあら」

 王妃は腹の痛みをやせ我慢しながら、言った。

「お下品ですこと」

「うら若き乙女は、お転婆なくらいが可愛いものよ。お義母さま」

「でもそれでは、お嫁に行けなくなるかもしれませんよ? わたくしは心配ですわ」「心配?」

 小柄な姫は見下して、鼻で笑ってきた。

「あなたが心配していらっしゃるのは、私が嫁ぐことで手に入る、お父様の財産でしょう?」

「持参金は、じゅうぶんに用意するつもりですわよ?」

「けっこうです。私が婿をとって、女王としてこの国を継ぎますわ。そうしたらお義母さまには、心安らかに教会でシスターにでもなってもらおうかしら」

「それじゃあ……金が手に入らねえだろーがぁ!」

 怒りにまかせ、王妃は飛び上がって蹴りを放った。

「ハハッ!」

 せせら笑った白雪姫は、ぶら下がったままでそれを脛受け。ぐらんとシャンデリアが揺れた動きを利用して、一度天井を蹴ってから、着地して間もない王妃に攻めかかった。

「ぐふぅ!」

 落下速度をプラスした強烈なキックに、王妃は吹っ飛んだ。床をすべり、テラスに置かれたティーテーブルを、2脚の椅子ごとなぎ倒す。

「くっ……」

 あまりのダメージに、起き上がることができなかった。

 余裕の白雪姫は息も切らしていない。すぐに近くまでやってきて、倒れたテーブルのの上に器用に片足で立って、王妃を見下ろした。

「どう? 『里帰り』する気になられまして?」

 縦横無尽に地を蹴り壁を蹴り、天井までをも使いこなす。小柄なのに、驚くべき身体能力だ。「怪腕の魔女」とあだ名された自分の若いころでさえ、ここまでではなかった。

(なるほど……確かに強い……)

 だが、勝てないほどではない。

(わたくしの磨き上げた技があれば!)

 王妃は立ち上がった。

「姫……。あなたに、バトル・マドモアゼルを申し込みますわ」

「なんですって!」

 姫は驚愕の声を上げた。

 

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