その七 管一の場合

「遅いぞ。おまえ今日はもっと早くに上がりだろ?」

 鼻歌を歌いながら歩いていると、チェック表片手の弦一郎に出迎えられる。

「すげぇな、弦一郎。オマエ全員のシフト把握してんの? わりぃ、わりぃ。ちょっとな」

 俺は手をふりながら源ちゃんズの部室に入る。完全防音の音楽室だ。

「まさか誰かんとこ行ってたの?」

 ぼーっとしているかと思えば、察しがいいのは弦三郎。

「プライベート封印って言ったろうが」

 ツッコミ担当は弦二郎。誰んとこ? 誰んとこ? とうるさい。

「うるせぇな。弦二郎。ちょっとだよ、通りすがりにちょっと顔見てきただけだって」

 自分だって二条院ココのカノジョのところにときどき逢いに行ってんの知ってんだかんな。バラすぞ。

「お前がいないからリハーサルができねぇだろうが。まったくもってお前ってヤツは!」

 管二サンはいつもキレている。そう指摘すると「キレてないっ!」とキレる。面倒くさいヤツだ。

「まあ、いいんじゃない?」

 いつも穏やかなのはマイホームパパの管三サン。

「ぼっ、ぼくなんか会いに行きたいのを我慢して帰ってきてるんだからね? ずるいよ、管一さんだけ」

 純朴な片想いぼくちゃんは弦四郎。俺にもこんなあどけない恋をしていたときってあったっけ。


 月子さまに文を届けたついでにちらっとカノジョのとこ寄っただけでこの騒ぎだ。みんな結構ストレスためてんのな。要領よくやればいいのに。さ、最終リハーサルは徹夜かね、とチューニングを始める。


 俺はサックスと横笛を担当している。というかすべての管楽器は俺のモノ、ノリで大抵はこなせると思う。殿のお使い担当は月子さま。そう、例の『週刊平安』にすっぱ抜かれたスキャンダルのお相手である。殿の政敵ウダイジンの姫、しかももっとヤバいことに殿の兄上である当時の春宮さま(皇太子)のお妃さまが月子さまなのだ。そんな方とうちの殿は「密会」していたのだ。


「障害がある方が恋は燃えるだろ?」

 なぁんて殿は言いながら月だの星だのと盛り上がっていた。どうやら月子さまも『類は友を呼ぶ』とでも言おうか、殿と同じ種別の方のようで、ときめかなきゃ生きていけないわといわんばかり禁断の恋ロミジュリごっこに酔っていらした。美男美女のカップルで簀子縁バルコニーの手すりごしのシーンなんてそこらのおとぎ草紙なんかよりよっぽどロマンチックだった。月子さまのあごをクイと持ち上げ見つめ合う殿。


「死ぬほどキミに恋してる」

 例のコロシ文句はこのシーンのためにあるようなもんだった。


 背景バックに星が散らばっていそうなそんなシーンがすっぱ抜かれ、スクープが京中に流れた。

 反省して明石にナンパ、じゃなかった謹慎に行って帰ってきたのだが、また月子さまに文を届けてほしいと殿から言われたときはさすがの俺も耳を疑った。正気か? うちの殿。しかも今や月子さまは帝のお妃サマである。


「もう隠れて付き合うとかそういうんじゃないから。逢いに行ったりもしないし。ただの手紙だからお前も堂々と正規ルートで届けてくれたらいいから」


 大体、文なんてものは本人の手に渡るまでに何人もの人を経由する。どこで誰に見られてもおかしくないのだ。オマケにみやこ中皇族・貴族さまのお使いだらけで誰がどこに通っているかなんてカンタンにわかるのだ。だからあの頃イケナイ密会の頃はダミーの使者を出したり、文の経由地も最低限に減らしたりした。殿→俺→月子さまのSKJ三人官女のるびーちゃん→月子さまという経路だった。ま、るびーちゃんは俺と付き合ってたし、ヒミツは守れたわけだ。ある程度は。


 帰還後に渡された手紙は確かに第三者が読んでも差し障りのないような内容だった。季節のあいさつや近況報告程度だ。まあ俺もだいやちゃんとはデートするからそのついでに文を渡していた。あ、だいやちゃんも月子さまのSKJで現カノな。

 るびーちゃんは明石に行っているあいだに他のヤローにとられた。やっぱり遠距離恋愛は難しいもんだ。そこへいくと、紫子さまや花子さま達は健気に殿の帰りを待っていらしたんだからすごい。こんなとき殿ってつくづく偉大だと思う。


「よし、大体まとまってきたな」

 ようやく完璧主義者の弦一郎の合格点まで来たようだ。もう俺的にはメロディーはこけていないし、とっくにOKだと思っている。

「振り付けもなかなかできるようになったじゃないか」

 俺が提案したダンスも管二サンがやらねえとかすったもんだしたが、俺もカンタンな振り付けに変えたし、管二サンもしぶしぶ練習して折り合いをつけた。おかげで弦一郎くんの言うパフォーマンス性とやらも上がったらしい。


「明日のタイムスケジュールだ。確認しておいてくれ」

 マジかよ。分単位だぞ。弦一郎、気は確かか?

「おまっ、おまえ、ここまで細かく決める必要あるか??」

 弦二郎がさっそくツッコんでいる。

 訪問するお宅の順番はいいとしても、そのお屋敷での分担や控えている場所、BGMを演奏する場所、ご丁寧に楽器の搬入・撤収時間まで計算されている。

「頭の中に入れておいてくれ」

 まさかと思うが弦一郎はこれを暗記してるのか?

「こんなの覚えられるか! あほっ!!」

「そうだな。ここはキレていいぜ。管二サン」

 今回ばかりは俺も管二サンに激しく同意する。他のみんなも苦笑している。


「合言葉は゛みんなに感謝と幸せの配達゛だ」

 ブレない弦一郎、お前すごいわ。

「七人七色」

 弦三郎の一言に一瞬静まりかえりお互いの顔を見合わせてからどっと笑い合う。そうだよな、確かにな。"みんな違ってみんないい"レインボーチームだな。

「ま、自慢のチームワークの見せどころってことでいいんじゃないか?」

 管三サンの穏やかなとりなしでこの場は落ち着く。まあいつものことだ。誰かが(主に管二サン)文句を言っても、誰かが(主に弦二郎)ツッコんでも、お互いがフォローしあって物事はなんとなく治まりゆるやかに遂行されていく。これがチームワークってヤツなのか?


「じゃあ明日のために少しは休んでおくか」

 おお完徹はまぬがれそうだ。助かった。

「いいか。練習は本番と思え。本番は練習と思え、だぞ」

 弦一郎は120%アツい。でも、ま、頼りにはなるし、仕事はデキるし、仲間想いのいいヤツだ。

「管一、お前今からデートには行くなよ!」

 前言撤回。あいつはいつも一言多い口うるさいヤツだ。


 だいやちゃんにはさっき会えたが、花子さまのところのきなこちゃんには当分会えてない。他のヤツよりはスキを見てカノジョんとこに行くようにはしてるけど、普段よりずっと少ないんだからな。

 同じ敷地内なら、可能だよな? 紫子さまのところのいちごちゃんにちらっとだけ会いに行ってこよ。宿舎に戻ろうとみんなが歩いているところから一歩、二歩と歩みを遅らせて、気づかれないように物陰に隠れた。


 明日はいよいよぱーりーだぜ。

 盛り上げていくぜ――!


 さあジングルベルをじゃんじゃん鳴らそうぜ!



☆今回のBGM♬

All I Want For Christmas Is You      Mariah Carey

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