その四 管二の場合
まったくもって不愉快だ。
始めて手に取る未知の楽器の習得のためにプライベート返上での合宿ときた。
「でもなんだか、みんなで合宿なんて楽しそうじゃね?」
お祭り男の管一はいつでもおめでたい。
「本番で゛たら・れば ゛はないんだぞ。しっかり練習しような!」
弦一郎のスポコンまがいのやる気もいい迷惑だ。
俺はトランペットと笙を担当している。
担当している末子さまはこれまた独特の
末子さまへの贈り物は大抵決まっている。今回も多分に漏れず寒さをしのぐ防寒具だ。一流ブランドの毛皮のショールをオーダーした。揃いの毛皮の敷物も用意した。鼻を真っ赤にして寒い寒いとこごえていらっしゃる末子さまもこれで温まるだろう。
「俺のかわりに温めといてもらお」
また末子さまから゛からころも゛ぼやきが聞こえてきそうではある。
発注の手配はしたし、あとは手元に届くのを待つだけだし、おそらく殿はそれまで末子さまのところには行かないだろう。今までだってまあこう言っちゃなんだが、通う頻度は最低ランクである。末子さまのところにお仕えしている俺のヨメにも文を出しておくか。
「ぽんずさま。所用でしばらく帰れません。ご了承ください」
ただでさえ、殿の末子さまへのお渡りが少ないと俺に文句を言ってくるヨメ。これでクレームは数倍に膨れ上がる。俺のせいじゃないからな。誓って俺のせいではないからな。
まったくもって不愉快だ。
「さて、とそれから」
実は俺にはもうひとりヨメがいる。あずきといって夕子さまという
だった、と過去形なのにはワケがある。殿は以前夕子さまという方とお付き合いをしていたのだが、あるときぱたりと姿を消されたのだ、まるで神隠しにあったかのように。あずきが言うには美味しいりんごを分けてやるから取りにくるようにと迎えに来た使いとともに出かけたっきり帰ってこないらしい。
こっちのヨメにも事情説明だ。
「あずきさま。所用でしばらく帰れません。ご了承ください」
え? 奥さんふたりかって?
いいだろ、別にふたりぐらいいたって。弦一郎だって奥さんふたりだぞ。子供だっているぞ。それに俺たちなんて殿に比べれば半分以下だ。これくらい平安男の標準だ。
まったくもって不愉快だ。
そうして夕子さまだが、いなくなられてもうかれこれ数年になる。もちろん殿も必死で探したのだが見つからなかった。身分はさほど高くはなかったが可憐な方だった。夏の夕暮れの縁側でたらいに足をつけ、じゃれている殿と夕子さまは青春そのものだった。
「恋のトキメキは夕ちゃんが教えてくれたんだ」
もちろん『死ぬほど』夕子さまに恋をしていらしたが、その後、殿は例のリゾラバ、もとい謹慎処分で明石に行ったのでついに行方知れずのままなのである。そしてヨメのあずきは勤め先を変えた。殿の奥さまの花子さまである。
「花子さまへの贈り物のあれってどうなってる?」
花子さま担当の弦二郎だ。
「いやまだ届いていない。花子さま担当はお前だろうが。しっかりしろよ」
源ちゃんズのムードメーカーで潤滑油のような役割の弦二郎だが、人にツッコむばかりで自分はあまり動いていない気がする。
「まあまあそう言うなって。ほらこれチョコ、食う?」
いつもの「満月チョコ」だ。俺は月の使者役になんぞならんぞ。
「いらん。食いもんでごまかすな」
まったくもって不愉快だ。
「なんだと、演奏しながら踊れって言うのか?」
思わず声を荒げてしまった。
「だからさ、その方が楽しそうに見えるじゃん。真顔で鐘鳴らしててもつまんねぇじゃん?」
これだからお祭り男は困る。
「管一の言うことも一理ある。その方がパフォーマンス性も上がるからな」
完璧主義者の弦一郎め。
「なぁあにがパフォーマンス性だ。まだろくに演奏だってできてないだろうが。おいっ、弦三郎もなんか言えよっ」
俺側についてくれるやつはいないのかと隣の弦三郎を小突く。
「ん? なんか言った?」
いつもどこか別の世界を漂っているような弦三郎に同意を求めた俺が馬鹿だった。
「まあまあとりあえずやってみようよ。あんまり難しかったらそのとき考えようぜ」
潤滑油弦二郎の登場だ。
まだ一言も発していない管三さんを見ると、いつもの穏やかな微笑み。
「いいんじゃない? それで」
うぉぉぉい、なんだそれ。結局俺の抗議はどこへだか立ち消える。
まったくもって不愉快だ。
「さあっ! 練習からぱーりー気分で盛り上がって行こうぜ!!」
まったくもって不愉快だ。
さあジングルベルを……鳴らすだけで十分だ。踊りなんかいらん。
☆今回のBGM♬
ハレルヤ(Hallelujah)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます