その五 弦三郎の場合

 なんでそんなに管二さんは荒れているんだろう。そんなにキレて疲れないんだろうか。

 弦一郎は相変わらずの仕切りっぷりだ。あんなに出力全開で疲れないんだろうか。

 弦二郎はチームをまとめる名手だが、あんなに全員に気を配って疲れないんだろうか。

 管一のあのハイテンションぶりは僕とは対極だ。あんなに浮かれて疲れないんだろうか。

 管三さんは仕事が増えて忙しそうだがいつも笑みを絶やさない。疲れないんだろうか。

 片想い中の弦四郎は皆にいじられながらも青春真っただ中。なかなか想いは届かないようだが疲れないんだろうか。


 僕はチェロとそうの琴を担当している。

 もともと僕は葵子さまにお仕えしていた。殿のご正室で最初に結婚なさった奥さまだ。はたから見ていてもさほど仲の良いご夫婦には見えなかった。冷たくあしらわれる殿は痛々しいほどだった。けれども葵子さまがご懐妊になってからはお互い歩み寄られたのか、殿は『死ぬほど』葵子さまに恋をして、葵子さまは男のお子さまをお産みになられた。しかし出産祝いにと届けられたりんごを口になさってなんとお亡くなりになってしまわれた。


「プリンセスのこころが溶けたのに……」


 殿のお悲しみようはひどく、ご心痛は察するにあまりあった。僕が殿にお仕えするようになったのはこの頃からだ。


 そして葵子さまがお産みになられたお子さま、夕さまは葵子さまのご両親がお育てになっていらっしゃる。今回の贈り物の夕さまの担当はもちろん僕になった。赤ちゃんのときに母親を亡くされ、幼いころには父親が明石にロンバケ、じゃなかった名目上は謹慎生活に行ってしまったが、素直で明るい少年に成長なさっている。もうすぐ元服(成人式)を迎えられる。赤ちゃんの頃から見守ってきた夕さまが成人して結婚するような年になられたかと思うと感慨深い。大きくなったなぁ。


 夕さまへの贈り物について殿から相談された。

「弦三郎の方が夕をよく知っているからね。夕には何をあげたらいいかな」

 頼りになるよ、あの天下の光る君からそんな風に言ってもらえるとちょっとした優越感を感じる。


 夕さまは今は元服(成人式)前だが童殿上わらわてんじょうと言って宮中にあがっている。夕さまより少しお年上の春宮とうぐうさま(皇太子)のお話相手や簡単な御用をこなしていらっしゃる。その可愛らしい童水干わらわすいかん姿に宮中に勤める女官や女房、はては女御さま(帝のお妃)までがファンだと公言し、わざわざ用事を作っては夕さまとの接触をはかりたがっているというのは宮中では有名な話だ。夕さまが宮中の簀子縁(外廊下)を歩けば、御簾を隔てたひさし(内廊下)を女官たちがぞわぞわきゃあきゃあとついて歩いて、誰が押しただの、裾を踏まれただの大騒ぎだそうだ。


「気をつけてくださいね」


 そんな夕さまの優しい微笑みと気遣いに、今度は「目が合ったのはあたし」だの「今のお言葉はわたしに言ってくださった」だの騒ぎ、女官たちは先を争って気絶するらしい。

 なぜこんなに知っているのかって? 『月刊宮中ニュース』に載っていた。夕さまは皇族ではないのだが、夕さまネタがあると部数が伸びるとかでよく特集記事が組まれるのだ。今月号の特集は『夕くんの最新秋冬コレクション』である。紅葉をバックの夕さまや雪だるまとのツーショットなどが何枚も掲載されている。


 さて、そんな宮中のアイドル夕さまに何を贈ればいいか。恐らく宮中からもどっさりと贈り物は届くのだろう。ありきたりなものでは埋もれてしまうし、殿のコケンに関わる。お父さまである殿から息子への贈り物。どうしたもんだ。


 考え事をしながら歩いていたら人とぶつかってしまった。手に持っていたものがバサバサと落ちる。あれ、『月刊宮中ニュース』が2冊ある。

「同じ冊子ですね」

 柔らかい声が振ってきて顔を上げるとそこには陽の光をうけたまばゆいばかりの女の子がいた。

「ありがとうございます」

 その子に見惚れながら1冊の『月刊宮中ニュース』を差し出すとそう言ってその場を立ち去って行った。ふふふと口元を扇子で隠して微笑む姿はまるで花が咲くように可憐だった。お姫さまがこんなところをひとりで歩いてはいないだろうから、どこかの女官か女房なのかな。柊の……、柊の絵の扇子の、ひいらぎの君。


 あ、ひとつ思いついた。いいかもしれない。殿に相談してみよう。父から息子へ。これなら他の誰とも被らない。いいかもしれない。


「夕さまの贈り物、大丈夫か?」

 弦一郎がチェック表片手に聞いてくる。

「うん。ひとつアイデアがあるから殿に相談してくるよ。うまく行けば新しく発注するものはないよ」

 殿の贈り物チェックリストだそうだ。びっしりと細々と書かれている。

「よっし、じゃあ決まったら知らせてくれ!」

 弦一郎は生き生きと立ち去って行く。……、本当に疲れないんだろうか。公私ともども目まぐるしく忙しそうなのに。



 僕のプライベートはというと、あまりはかばかしくない。皆のように奥さんや彼女もいないし、弦四郎みたいに青春片想いもしていない。

 別に女の子に興味がないわけじゃない。普通に好きだと思う。

 ただ殿にお仕えして、殿の多すぎる恋のお相手やそのSKJ三人官女など多くの女性を見すぎたかもしれない。おまけに僕には4人も女姉妹がいるんだ。付き合ってる女の子はいなくても『タイプ別女の子図鑑』の編纂ができそうなのである。


 僕の理想は見た目はもちろん綺麗で可愛いほうがいいに決まってるが、性格だって可愛い子がいい。笑顔の素敵な子がいいな。でもあんまりきゃぴきゃぴしてる子は苦手だな。僕と話が合う子がいいな。でもあんまりおしゃべりすぎるのも困るな。かといってあんまり無口な子も困るしな。



「ああああ、もうやってらんねぇ!」

 まただ。また管二さんがキレた。よっぽど踊るのがイヤらしい。全身全霊で怒っている。本当に疲れ知らずだな。


今日も定番どおりの展開の源ちゃんズ。

定石どおり弦一郎が仕切って

定石どおり管一が浮かれて

定石どおり管二さんがキレて

定石どおり管三さんはにこやかに

定石どおり弦四郎はぶつぶつと

定石どおり弦二郎が皆をまとめる


そして僕は定石どおり省エネ運転で彼らを傍観している。



さあ、そろそろジングルベルを鳴らさないとね?



☆今回のBGM♬

主よ、人の望みよ、喜びよ    J.S.バッハ

Christmas Canon       パッヘルベル


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