2 女神のお茶会

 骨董機巧アンティークロボは姿形は人間と大差ない。その祖は、動かぬ陶器人形アンティークドールとして貴族に寵愛された上級嗜好品であったが、リルの父より更に上の代の世から機巧ロボが流行ったこともあり、人形師たちは「命」を与え始めた。主な生命源は電力だったが、特殊な機巧技師らは別の動力源を用いた。

 リルの家系、つまりクレール家には代々から「無機物に命を与える力」が遺伝する。父や祖父もその力を用いて機巧技師として働いた。その二人が造り上げた最高傑作が、ジョルジュ・ドラクールである。

 骨董機巧と呼ばれる由縁は、この機巧技師が材料のすべて――金属や化合物質、更にはボルトやナット、歯車まで――を手作りすることから、希少技術、すなわち「骨董」ともてはやされてきた。

 そんな希少価値の最高傑作であるジョルジュもさることながら、由緒正しい機巧技師家系のリルも都市管理局から重宝されている貴重な技師。腕はもちろんのことだが、つい最近に二十歳となった若い娘が管理局専属機巧技師となった経緯は、また別にあるのだ。


「かつてのがテロを起こすだなんて、前代未聞ですよ」


 ジョルジュは頭を抱えた。人間さながらの疲労感が彼を襲っている。

 それに構うことはないリルは元気よく立ち上がり、得意満面に笑った。


「英雄だと言っているのは世間様だ。私は英雄になったつもりは毛頭ないんだよ、ジョー」

「はぁ……お父様やお祖父じい様に顔向け出来ませんよ」

「死人はしゃべらないのだから、どうってことはない」


 ふてぶてしい言い方をする始末だ。こうなっては何を言っても無駄だろう。

 ジョルジュも立ち上がり、そそくさとお茶の準備を始めた。ノエルの到着が目前だ。お茶の時間だけは一秒たりとも遅れてはいけない。

 一方でリルは、居間にある戸棚のあちこちを調べていた。開けては閉め、開けては閉め……


「ねぇ、ジョー! 倉庫の鍵ってどこだったっけー?」

「倉庫の鍵はつい先日、ノエルの指示で視覚認証システムに変えました」

「えぇ? そうなの? りょーかーい」


 いつの間に。

 家のことをすべて任せているものだから知らなかった。


「ちょっと前までは錠前だったのにぃ」

「いつの話をしているんですか。十四年前には既に指紋認証キーに変えていましたよ」


 ジョルジュの呆れ声にリルは「うーん」と記憶の泡を沸き立たせる。

 幼い頃のこと、父のこと、そして十四年前の「革命」……が、突然に昨日の夕飯や食べそこねた菓子も浮かんでくる。どうにも記憶がごちゃまぜで順序よく思い出せない。


「うぅーん? ……ま、いっか」

「何か不具合でも?」


 キッチンから戻ってきたジョルジュが問う。リルはぶんぶん首を横に振った。


「なんでもないよ。それよりも、ノエルが来る前に武器を集めておかないと。お茶なんて飲んでる場合じゃない」


 リルは張り切って家の戸を開けようとした。

 その時、


「お茶の時間を邪魔しようだなんて、随分と馬鹿げたことを言うのね、リル」


 戸を開け放ったのはリルではなく、ノエルだった。

 白く柔らかなウェーブの髪の毛に、きめ細かな白肌。その美しい白を隠すように赤いクラシカルなワンピースと、フリルのつば広帽子をかぶった少女が不機嫌な目を向けている。


「出た! ノエル!」


 まるで天敵に睨まれているかのように、大仰に後ずさるリル。

 それを無視し、ノエルは逆向きの懐中時計パラドックス・モントール・ド・ポッシュを見ながら満悦に頷く。


「十三時きっかりね。ジョルジュ、お茶の用意は済んでいるかしら」

「えぇ、もちろん」


 ジョルジュは涼しい声音でリルの背後に立つ。テーブルを見れば、すでにティーカップとポット、それにスコーンの皿や艷やかなイチゴのジャム、クロテッドクリームまで揃っている。ノエルは上機嫌に微笑んだ。


「ありがとう。お邪魔するわ」


 ふんわり丸い日傘をたたみ、それをジョルジュに渡しながら部屋に入ってきた。完全に無視されている家主は、二人の淡々とした動きに頬を膨らませた。


「あぁ、もう、まだなんにも準備できてないのにぃ」

「もしかしてテロのことかしら。無駄よ。あなたの未来はすべてお見通しなのだから」


 華奢な少女は、その可憐な姿に似合わぬ不敵な笑みを浮かべる。

 それから率先してテーブルにつくと、お茶の薫りを吸い込み、スコーンに目を輝かせた。

 リルにいたっては面白くない。眉を立たせ、歯がゆく唸る。


「あ、そうそう。また注文がきているわよ。1番街の都市大学からね。トイレの修理をしてほしいんですって。ついでにベルモンドにも会ってきたらどうかしら。彼、すごくあなたに会いたがっていたわよ」

「私じゃなくてジョーに会いたいんでしょ、あの機械狂は」


 渋々テーブルにつきながら、リルは口調厳しく言った。


「まぁ、酷い言い方……でも間違いじゃないわね」


 ジョルジュが注いだ紅茶に、爽やかな薫りを放つ輪切りのレモンを落として手で仰ぐ。鼻に取り入れ、口に含むと深く頷いた。それから彼女は早速スコーンに手を伸ばす。

 淡い小麦色の、ふかふかしたスコーンに真っ赤に甘いイチゴジャムと濃厚なクリームをたっぷり。小さな口でかぶりつく。

 それを見ていれば、リルも喉に唾を送り、紅茶に手を伸ばした。

 ジョルジュは静かに給仕を行うだけ。


「――さて、私はお土産を持ってきたのよ。この間、仕事ででかけた時に買ってきたの」


 二つ目のスコーンを皿に確保してからノエルが言った。おもむろに、バスケットの中身を出す。

 正方形の古びた缶が出てきた。淡いターコイズブルーの装飾が華やかで可愛らしい。


「これ、茉莉花ジャスミンのお茶らしいの。今度のお茶会で出してちょうだい」


 缶を両手で持ち上げて振るノエル。それをジョルジュが「ありがとうございます」と受け取った。


「私にお土産は?」


 リルが訊く。


「ちゃあんとあるわよ。ほら」


 ノエルはテーブルの上に、電子シートを置いた。薄く透明なそれを指で触れば、空中に文字がずらりと浮かび上がる。空気に投影された列は縦に長く、ノエルとリルを隔てる文字の壁は終わりが見えない。


「うわぁ……これ、全部注文リスト?」

「そう。あなたにはこれをすべてこなしてもらわなくちゃならない」

「これ、十年先のまであるじゃん!」


 リストをざっと見送れば、十年先のそれも未発注のものまである。ジョルジュも両目を瞬かせてリストを眺めていた。


「五年後の十一月に都市の大時計が壊れてしまうの。都市中の機巧やシステムがエラーを起こして大パニックよ。それで修理や注文が殺到するのね」

「では、リルの隠居は」

「当分ないわよ」


 ジョルジュの声にノエルが機嫌よく答えた。これには黙っていられない。リルはテーブルに拳をドンと落とした。


「いやだ! 私はもう仕事しないって決めたんだ!」

「でも、注文が入ってるもの」

「未来のがほとんどでしょ! キャンセルよ、全部キャンセル! じゃなきゃテロ起こす! 本気なんだから!」

「先ほどからずっとこうなんですよ、ノエル」


 ジョルジュがひっそりとノエルに言った。彼は困った顔をしているが、ノエルは分かりきっているようにあっさりとしていた。


「えぇ、そろそろリルが本当にテロを起こす頃だと思っていたのよ。この予言は少し前に聞いていたわ。だから、こうして私が来たというわけ」

「あぁ、そういうことでしたか」


 ジョルジュは合点した。しかし、リルは納得しない。

 彼女は不満げにスコーンを口に放り込み、リスのように頬を膨らませたままで外に出ていった。おそらく、倉庫に向かったのだろう。


「さぁて、何が飛び出してくるやら」


 ノエルは「ふふふ」と愉快に笑った。


「あまりからかわないでくださいよ、ノエル」


 ジョルジュが言う。リルの行方を不審に見ながら。窓の外から倉庫が窺え、彼女が難なく(鍵を壊して)中に入っていくまでしっかり見届ける。


「リルをからかうのは楽しいもの。案外元気そうで良かったわ」


 一息間を置く。茶を含み、喉を潤してまた一息。


「というのも、一つ気がかりなのよね……あの子、もしかしたら『才能』が使えなくなっているかもしれないから」


 その言葉に、ジョルジュが「え」と驚愕に目を開く。

 同時に、部屋の扉が大きく開いた。蹴破った格好でリルがノエルを睨みつける。


「戦争を始めようか」


 そう言って彼女は、肩に抱えたバズーカを構えた。

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