第24話:失われたアイオライト

 9番街は、クロノ・ヴィルが出来る以前より歴史的建造物や遺跡が豊富で、全都市機械化の進む昨今でも唯一、自然にあふれたのどかな地である。

 そんな緑とマリーゴールドが広がる中に、誰かが穴を開けたような円形の湖がぽっかりと。その真ん中に横長のクロノ都市博物館はあった。


 アレクサンドラ・バニは都市大学を卒業後、若き館長として博物館を守ってきた。

 大学の同期であるオーギュスト・ベルモンドの機械技師としての腕と知識だけは頼りにしており、彼が開発する機械をすぐさま導入するほど。

 常に最新システムであらゆる妨害――要するに、泥棒から展示物を守り、運営するのが主な仕事。


 それなのに。


 厳重な警備で有名な都市博物館にて、9番街のシンボルであるアイオライトが盗まれてしまった。

 このニュースは瞬く間に都市中を駆け巡り、つい先日もグレーズとエディの耳にも入ったところだ。



《心中察するよ。それについては、私も気を揉んでいたところでね。泥棒たちの才能が私や君よりも上回ったといったところだろう》


 言葉自体はしおらしいのだが、教授の声音は大してそうではなく軽々しい。


《生きている間には、多種多様、特異な才能に巡り会えるだろうね。私は今世がとても楽しいよ。心からそう思う……あぁ、失礼。不謹慎だった》


《いや、君はそういう人だからね。分かっている……実のところ、私も彼らの才能には興味があるんだ。捕まえて解剖し、解析したいほどに興味深い。まったくもう、これだから学者というのは》


 世間を騒がせる泥棒よりも恐ろしい連中なのかもしれない、学者というのは。


 コーヒーの抽出が終わり、エディは満足そうに頷いた。


 直後。


『――ちなみに、向こうの彼らはどんな才能を持っているのだろう。是非とも教えてほしいな』


 それはアレクサンドラの声だったが、壁の向こうを探り当てるようなぼやけたものではなく、鮮明に脳内へと響かせた。

 グレーズを見ると、そちらもどうやら同じく聴こえたようで、辺りを見回している。


「え、なになに、なんか急に聴こえてきた! こっわっ!」


「落ち着けグレーズ。多分……あの人の声だ、と思う、多分……」


 断定は出来なかった。驚きが勝っており、思わずグレーズと同様に背後を確認してしまう。エディは壁の向こうへ目を向けた。


 彼女はじっとこちらを見ている。

 目が合ったと思ったが、アレクサンドラは壁を通る視力はないようで、探すように視線を這わせていた。


 いつまでも聞き耳を立てておくのは危険に思えてくる。

 コーヒーも用意出来たことだ。エディはマグカップを2つ、グレーズに持たせて自分も教授らの分を急いで運んだ。


「えーっと、お待ちどうさまです……」


「ご苦労、エドガー。いやいや、アレクサンドラ、君は運がいい。彼のコーヒーは格別に美味いんだよ」


 待ちかねたように手を叩く教授の傍ら、アレクサンドラは「ふうん」と品定めの視線を向ける。


「いや、まぁ……口に合うかどうかは分かりませんが……」


 一連の彼女の発言や突然の現象に動揺するあまり、エディはどぎまぎしながらマグカップを渡した。グレーズも大人しく席についている。


 アレクサンドラはマグカップを両手のひらで揉みながら、エディとグレーズを交互に見やった。コーヒーには口をつけない。


「それで? 私のは通じたのかな。警戒しているところ、どうやらそうなのだろうが」


 彼女がいたずらっぽく笑えば、えくぼが目立った。


「念、ですか」


 エディが問う。するとアレクサンドラは「あぁ」と鼻で笑った。


「種明かしをしてしまえば、今のは私の才能だ。あらゆる生物との意志伝達が可能。脳内に信号を送ることと同じ。簡単に言うと、テレパシーとでも言うんだろうね。まぁ、似たようなものだ」


 なるほど。それならば理解は出来る。

 エディが息をつくと、グレーズも安心したように笑みを浮かべる。


「じゃあ、さっきのはおねーさんの声だったんだね! なぁんだ。びっくりしたぁ」


「アレクサンドラはこう見えて無類のイタズラ好きでね。突然に仕掛けてくるのさ……おっと、私は黙っていよう」


 教授の軽口に、アレクサンドラは冷たい視線を送っていた。もしかすると、念とやらで脅しにかかっていたのかもしれない。お喋りな教授を黙らせてしまうとは。

 エディはコーヒーをすすると、口元を親指で拭った。


「俺らの才能を知っても解剖やら解析やらしないでくれるっていうなら、教えますよ」


 先に断っておこう。


「おや、聴こえていたんだね。なるほど、益々興味深い……」


 アレクサンドラは灰色の瞳を輝かせた。


「ただね、私の専門は生物なんだ。まぁ、この才能のせいでここまでのめり込んでしまったと言えるが。解剖は冗談だよ」


「なら、安心です」


 エディは和やかに笑みを作ると、自分とグレーズの才能を彼女に話した。

 その間、アレクサンドラは「ほう」と嬉しそうに声を上げていた。


「遠隔操作が可能ということか。そしてそっちのお嬢ちゃんもパワフルな才能を持つ……おい、ベルモンド。何故、私に早く彼らを紹介しなかった」


「なかなか機会がなくてね」


 教授は澄まして言った。


「あぁ、あと、グレーズは『お嬢ちゃん』ではない。グレーズは『グレーズ』と表現してほしいそうだ」


「わけの分からんことを言うな……しかし、君、エドガーといったかな。それなら才能で私たちの話を聴いていたということなのか」


 おっしゃる通り。エディは気まずく頷いた。


「盗み聞きしました。すいません」


「いや、いいさ。話が早くて助かる」


 神経質そうに見えて、意外にも寛容らしい。

 アレクサンドラは思案するように黙った。未だ、コーヒーには手をつけない。


 彼女が喋らなければ、静かになってしまう。

 無言が耐えられない教授が、やはり口を開いた。


「ふうむ……君が来るならば菓子をもう一つ用意しておけば良かったね。こういう時に限って、私の予知は働かない」


 残念そうに言うと、コーヒーを一口飲んだ。美味そうに。


 しかし、彼女はそれを無視して鼻から息を吐いた。悩みごと、というよりも焦燥に駆られている、と言えばいいのか。ともかく、アレクサンドラは表情の浮き沈みが激しい。


「……聴いたついでに言いますけど」


 見兼ねたエディが言った。


「その、博物館からアイオライトが盗まれたってことは、泥棒のせいなんですか」


「あの泥棒、というのがどれを指しているかは知らないが。まぁ、君らもニュースで知っているだろうね。世間を騒がす泥棒2人組、アヴァールの仕業だと警察は言っている」


 アレクサンドラは低く唸るように言った。


「まったく、何が強欲アヴァールだ。ふざけた名だよ。どうしても捕まらない、狙われたら終わり、だなんて。3番街の真面目セリューが聞いて呆れる。あのヴィアンって男とは上手く付き合えそうにないね」


 どうやら、泥棒よりも警察への不満が多いらしい。しかし、エディも頷ける話だったので「確かに」と苦々しく返した。


「じゃあ警部は今、博物館にいるんだ」


 グレーズが言う。すると、アレクサンドラは首を傾げた。


「君たちもあの堅物を知っているのか……まぁ、探偵ならばそうなのだろうね。探偵……」


 その閃きは、こちらから誘導したと言ってもいいだろう。もしかすると、これもまた預言者である教授の謀なのかもしれない。

 ただ、この流れは必然と言えた。


 アレクサンドラは決意したように頷くと、はっきりと凛々しく言葉を紡いだ。


「君たちに頼みがある。我が街のシンボルであるアイオライトを、取り戻して欲しい」


 彼女は灰色の瞳を細めた。そして、ようやくコーヒーに口をつける。


「天然の宝石、というものはこの現代において、貴重な資源だ。このクロノ・ヴィルを形成する各街にはそれぞれシンボルとなる宝石が散らばっている。それは公的機関であったり、誰かの所有物であったりとね。これが悪用されてしまうことは防がなくてならない。これについては後々、説明をするとして……どうだろう。引き受けてもらえるか」


 その声は堅い。だが、疲労と悔いと願いが混ざっていた。


 これは大きな事件である。

 今まで、探偵としてこなした依頼を巡らせるエディは、その粗末さ(この事件に比べると)に思わず気落ちした。

 人探し、浮気調査、逃げたペットの搜索、いざこざの仲裁、留守番、子守などなど。

 警察の仕事を手伝うことはあれど……依頼内容は「アイオライトを取り戻す」である。重い。責任が重すぎる。


「あ、あの……」


 決断するにはまだ早い。そう思い、口を開きかけた。


 が、


「悪いやつだよね、あの泥棒たち。ほんっと許せないよね。この前も僕の友達のクマを盗んでいったからさ、僕、ほんっと許せないんだ」


 唐突にグレーズが憤怒の声を上げた。


「とっ捕まえたいよね! そんで、ちゃんと謝ってもらいたい!」


 感極まったのか、グレーズはテーブルを思い切り叩いた。それを察した教授がすばやくマグカップを持ち上げる。テーブルは真っ二つ……。


 カップを守りつつ、顔を引きつらせるアレクサンドラはおずおずと訊いた。


「……それじゃあ、引き受けてくれるかな」


「いいともー!」


 グレーズはテーブルを叩き割ったその手を高らかに掲げる。

 エディは頭を抱えた。



【to be continued……】

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