第22話:すべては己がため

 メタリックカラーで統一されたNEWニュー研究室の奥から、ベルモンド教授はいそいそと保冷収納ボックスに入れておいたミルフィーユを出してきた。


「知ってるかい? 大学の近くに美味しいパティスリーがあるんだが、このイチゴのミルフィーユが絶品なんだ。これをグレーズに食べさせてあげたくてね」


 皿に持った長方形のさっくりした生地と美しくカットされたイチゴ、純白の生クリームがふんだんにあしらわれた菓子に、グレーズは目を輝かせる。


「やったああああ! ミルフィーーーーユ! フゥゥゥゥゥゥッ!」


「グレーズ、うるさい。ちょっと、おい、行儀よくしなさい!」


 円テーブルに手をついて大はしゃぎするグレーズを、エディは力づくで押さえつけるも無駄だった。


 そんな2人に、教授はただただ楽しそうに笑う。


「お前が飛び跳ねると床に穴が空くから!」


「あぁ、それには及ばないよ、エドガー」


 テーブルに皿を置いて、教授が言う。


「この床はどんなに力を加えても決して崩れないようにしてあるんだ。ちなみに、火災が起きても火が広がらない。それに加工次第では、床にコーティングする厚みを増やすだけで耐熱防寒防音の調整がきく。まだ開発途中の試しなんだけど、そのうちにこの素材が流行るだろうね」


 緑がかったグレーの冷たい床をコツコツと踵で叩く教授。それを見て、エディは「はぁ」と呆れるやら感心するやら。


「あの、教授」


「何かね」


「あんた……実は結構すごい人だったり、します?」


 問うと、教授は椅子を引きながら「おや」と、さも驚いた素振りを見せた。


「おやおや、今更気がついたのかい。前から言っていたはずなんだが……私は有能な科学者であり、機械ロボ技術者であり、発明家なのだよ」


 堂々と言い切る。


「例えば、そう。今では必須アイテムとなったあの脳内伝播式筆記具、脳で思い浮かべた文章、図などを念写できるペンだね。あれを開発したのは私だ」


「えっ」


「もっと言えば、清掃アンドロイドや全自動ポストも私の設計だよ。12番街にある家電メーカーへの監修やサポートもしているし、あの無人工場だって全て私の機械が働いているんだよ」


 何を今更、と教授は肩をすくめる。エディは開いた口が塞がらない。


「うー……ねぇ、もう食べようよー」


 一方、グレーズは待てを忠実に守っているが、そろそろ限界らしく2人を交互に見ていた。


「そうだな。グレーズ、おすわり」


「わん!」


 菓子を前にしたグレーズは何を言われようともすんなりと言うことを聞く。

 教授も席についたところで、ようやくミルフィーユへと手を伸ばすことが許された。


「そうだ。エドガー、コーヒーをお願いするよ」


 すっかり忘れていたが、その約束だった。この機械だらけの室と教授の影響力に圧倒されていたもので、エディは慌てて席を立つと、教授が指差すキッチン(らしき部屋)へ向かった。


 グレーズは一応、フォークを手にしていたが4段の層になったミルフィーユをどう食べようかと苦闘していた。

 フォークを突き立てるも、一口サイズにカットするのは難しい。一段一段はがして食べると、生地とクリームがばらけてしまう。


 教授はまだ手を付けておらず、どうやらエディのコーヒーを待つようだ。グレーズは「うむむ」と唸った。


「なるほど……次はミルフィーユを食べるための道具でも作ってみようか」


 悪戦苦闘のグレーズを見やり、教授がボソボソと言った。もう諦めてイチゴにフォークを刺してクリームをすくうグレーズはようやく菓子にありついて嬉しそうに笑う。


「む、教授。なんだって?」


「あぁ、ミルフィーユをいかに簡単に食べるかの道具を作ってみようかと思ってね。いやぁ、君を見ているといろいろなことがひらめくよ」


「ふむふむ……でも、そういうのって必要?」


 フォークを諦めたグレーズは既に手づかみで食べている。それを見ながら教授はにこにこと言った。


「そうとも。確かに、手づかみで食べるのも一つの方法だ。しかし、私なんかは優雅に上品にゆっくりと一口ずつ食べたい。と、なればだ。サクサクの生地を皿に落とすことなくまた崩さずに食べるための道具、食器などを考えてみる。作る。そうすればほら、あっという間に便利な道具が生まれるのさ」


「ほほぉ……そうやって発明してるのかぁ。すっごいね!」


「そうだろう。すべては己がために便利なものを作るに限る。私は楽をするために設計し、設定し、ものを作り上げる。なんなら、この大学全体の改装だってしてもいいのだが、学長の許しがないとなぁ……あと、金もかかるだろう」


 教授は眉を下げて苦笑した。ミルフィーユをペロリと食べてしまったグレーズは、口に残った甘さにうっとりとしながらもきちんと教授の話を聞いていた。


「例えばどう改装するの?」


「そうだなぁ……教室の移動が面倒な時があるから、教室ごと移動出来るように、とか。あとトイレもかな。なんと言えばいいんだろう……遊園地の観覧車は分かるかい? ああいうゴンドラ風にしてみるのはどうだろう」


「それだと歩く必要がないから、もっと動かなくなりますよ。人がどんどん怠けてしまう」


 マグカップを3つ手に現れたエディが呆れた口調で言った。


「教授、その辺にあったものを使ったんですけど、いいですよね」


「あぁ、構わない。掃除やらなんやらは機械に任せているから清潔だよ」


 教授はカップを受け取ると、コーヒーの香りを楽しむように目を細めた。


「うん、さすがはエドガー。ことコーヒーに関しては君の腕が欲しいくらいだよ。頼めば毎日来てくれるだろうか」


「いくらなんでもそれは無理ですね」


 席に落ち着いたエディは乾いた笑いを上げた。


「探偵ならば引き受けたまえよ」


「探偵は便利屋じゃないので」


 冷たく言うと、教授は椅子の背にもたれかかり「ふむ」と顎に手を当てて思案した。


「ならば、やはり作るしかないじゃないか」


「作る? え、何、エディを?」


 二つ目のミルフィーユに手を伸ばそうとしたグレーズが聞く。途端に、エディから手を払いのけられたので渋々引っ込めた。

 教授はコーヒーを一口含むと、ごくりと飲み込んで頷いた。


「あぁ。エドガー型アンドロイドといったところかな。まぁ、ただのコーヒーメーカーではあるんだが……常々考えていたのだよ。人間の能力を機械化するというものをね。ただ、どうにも難しい」


「ちょっと、待て。今サラリと俺のことをコーヒーメーカーと言いましたよね。そのあたり聞き捨てならないんですけど」


 文句を言うが、教授はどこ吹く風。ミルフィーユの皿を引き寄せて、ようやくフォークを持った。


「人体構造は勿論のこと、君の技術を全て搭載したカンペキな機械を作りたい。ちなみに、私はグレーズの才能にも目をつけているのだよ。そう言ってしまうと、ありとあらゆる才能持ちの才能を揃えたいところだなぁ」


 4段の層をそっと倒し、フォークで器用にカットする教授。ぱくりと口に運びつつも、意識は思考の世界を巡っている。


「『3番街の真面目セリュー』と言えば彼、ヴィアンの才能だって使いようによっては人命救助に役立つわけだし、アリスは確かに警察機構にはうってつけだ。他にも使いみちはあるだろうが、大まかに言えばそうだろう。あぁ、そうなるとエドガーの才能も警備システムに組み込むことが可能か」


 エディはもう何も言うまいと決めた。グレーズからの妨害を阻止するべく、ミルフィーユを手づかみで食べる。

 程よい甘さとイチゴの酸味が絶妙にマッチし、またクリームも上品な甘さだ。カスタードが若干甘ったるいが、それでも間違いなく美味だった。


「あぁ……僕のみるふぃーゆ……」


「お前のじゃないし。俺のだし。いやぁ、これ本当に美味いな」


 満足そうに言うエディに対し、グレーズはむすっとした顔でマグカップのコーヒーを音を立ててすすった。


 一方、教授は未だ思考世界を歩いている。サクッとパイ生地を切り、難しい顔つきで食べていた。


「あの、教授」


 食べ終えてしまえばもう手持ち無沙汰だ。思考世界から引きずり戻すべく、エディとグレーズは教授の腕を引っ張った。


「何かね」


「俺らの才能よりも教授の才能を使ってみるという選択肢はないんですか」


 言うとベルモンド教授は眉をひそめた。


「私の?」


「そうです。予知の才能を使えば、この先の未来をよりよく出来る、とか。もっと便利な世の中になるとか」


「宝くじの当選が分かるとか。次に衛星放送される映画が分かるとか。僕はそういうのが前もって分かれば嬉しいなぁ」


 2人の考えに、教授は目をきょとんとさせた。いや、何故にピンと来ないのだろうか。


「ふむ……それは考えたことなかったなぁ……そもそもに私の予知なんて、あまりいいものではないのだよ。一歩先が分かってしまうなんて、絶望的ではないかい」


「そうなんですか」


 教授の感覚が分からないエディとグレーズは揃って首を傾げた。


「そうとも。ちなみに、私の予知というのはね、現段階で分かっている法則があるんだが……どうやら、私は己がために才能を発揮するらしい」


「う、うん? ちょっと待って。よく分かんない」


 グレーズが頭を抱える。教授は「ははは」と苦笑した。


「簡単に言えばだね、私は予知したいものを予知するのさ。恐らく、これは君たちと同じ特性であると推測するね」


 教授は両の人差し指で2人を指した。その指を払いのけるエディは少し身を乗り出した。


「それはつまり、才能を使おうとした場合に発現する、みたいなものですか」


「概ねそうだろう。特に、エドガー。君は才能を随時使用しているわけではないね。見ようと聞こうと触ろうと『思った』瞬間に、それが可能となるわけだ。一方、グレーズは無意識によって使用されるのだろう。ついうっかりと力を入れすぎるようだが、これは訓練すればいくらでも調整がきく」


 教授はコーヒーに口をつけて一息ついた。その間、グレーズは「あぁ、なるほどね」と分かっているのかいないのか、とにかく頷いている。


「しかし、我々とは違って才能を随時使用、というか発現させる者もいるわけなんだ。それが、あの2人。ヴィアンとアリス。彼らは常に才能を使用している。無意識に」


 思えばそうだ。

 危険を予測し感知するヴィアン警部も、鼻が敏感なアリスも本人の意識とは無関係なのだろう。


「ジゼル・オーリックもそのパターンだよ。しかし、キャスパー兄妹は違う。我々と同じだろうね。兄は念力だし、妹は瞬間移動。どちらも意識のもとで使用される才能だ。とまぁ、才能については現段階で二種類というわけだね。私の知る限り」


 そう締めくくるように、教授は残りのミルフィーユを口の中へと放り込んだ。


「ふうん……才能ってなんだか難しいものなんだね」


 あまり自身の才能について考えたことがなかったので、エディとグレーズは珍しく聞き入っていた。教授も話し相手がいて楽しげである。

 甘さをコーヒーの苦味で溶かすように飲むと、彼は唇を舐めた。


「そうさ。才能はどんな機械の構造や自然よりも奥が深いんだ。これについてはなかなか解明されていなくてね。だから、私は知りたい。一体、どうしてどのようなキッカケで才能が生まれたのか。どんなシステムなのか。非才能者と才能者の境界を、よりもっと深く」

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