6件目:とある科学者たちの討論会

第20話:なんでも運べるオーリック運送

 翌日のことだった。

 曇り空の午後。休日のエディは事務所のソファで端末をいじっていた。


「いやっほーーーい! ドゥルルン! ズシャー! うぇーい!」


 グレーズは新しい服を着て飛び跳ね、はしゃいでいた。

 そろそろ黙らせようかと口を開きかけたその時、玄関のベルが鳴り響く。


「なんだろう……」


 当たり前のようにエディが出ると、そこには揃いのオレンジジャケットが3つ。


「やあ、エディ。昨日はすまなかったねぇ」


「ジゼルか。昨日ぶり」


 オーリック運送の女社長、ジゼル・オーリックは快活な笑みをエディに向けていた。その下にはちんまりと萎縮した二人の従業員が。黒髪の兄妹だ。


「こっちこそ色々と悪かったな、君ら、ジゼルんとこの子か」


 警戒の目を向ける兄妹に、エディはにこやかに友好的な笑みを向ける。

 しかし、妹は兄の背に隠れてしまった。代わりにジゼルが応える。


「昨日のせいか、警戒してるね……参っちまうよ、本当」


「トラウマになってるんだな……本当に申し訳ない」


「うーん、どうしたもんか。ところで、昨日の金髪のチビ助はいるかい?」


 要件はどうやらグレーズらしい。

 エディが「あぁ」と口を開きかけたその背後、唐突に何かガシャーンと音を立てて崩れた。見ずとも分かる。グレーズが何かやらかしたのだろう。


 エディは顔をしかめた。


「グレーズ! お前はまたそうやって、何度家を壊しゃ気が済むんだ!」


 奥へバタバタと向かえば、窓に足をぶつけた跡があった。そのガラスの脇で顔を俯けているグレーズ。


「ごめん……」


「気をつけろよ、ほんと」


「ごめん」


「はいはい……あー、ジゼル、ちょっと中入って待っててくれない?」


 エディの声に、グレーズは首を傾げる。

 一方、玄関先では「お邪魔しまーす」と入ってくる3人の影。見るなり、グレーズは「あっ」と声を上げた。


「昨日のへんてこ兄妹!」


「へんてこ言うな」


 パメラとユーゴが同時に言った。すかさず、ジゼルがなだめようと間に入る。


「まあまあ、二人とも。君、グレーズだったね。申し遅れてすまない。私はジゼル・オーリック。2番街にある運送会社の社長だ」


 そう言ってジゼルはグレーズに手を差し出した。それを不思議そうに見るグレーズ。


「握手して」


 見兼ねたエディが、ガラスを回収しながらぶっきらぼうに言う。

 グレーズはぱっと顔を明るくさせ、にこにことその手を取った。


「僕はね、グレーズ! よろしくね、ジゼル!」


「はい、よろしく。で、こっちは兄貴がユーゴ・キャスパー。妹がパメラ。仲良くしてやってくれるかい?」


 ジゼルの声に、兄妹は戸惑いの顔を見せる。対し、グレーズはすんなりと頷いた。


「いいよー」


「いや、待って社長。俺、こいつは……」


 ユーゴが嫌そうに顔を歪める。そんな彼の肩をグレーズがポンと叩いた。


「まあまあ、昨日の敵は明日の友とよく言うし。社長もそう言ってるしさ」


「クソ……社長を味方につけやがる……」


「そこにつっこむのか。まあ、仲良くしとくれよ、三人とも」


 ジゼルには逆らえないらしい。キャスパー兄妹は渋々といった様子でグレーズと仲直りの握手をした。


「それで? 用はそれだけじゃないんだろ?」


 ガラスを回収し終えたエディが問う。すると、ジゼルは「あぁ」と苦笑した。


「実はこいつをお前宛に配達しに。ついでにこの子たち連れてきたってわけ」


 ジゼルは片手で大きなダンボール箱を持ち上げた。人1人くらい入りそうな大きな荷物。それを見やり、エディは「ふうん」と眉をひそめる。


「世間話するだけの余裕があるわけだ」


「言うねぇ、万年暇な探偵のくせに」


「副業だからいいんだよ。ああ、コーヒーでも飲む?」


「おう、頼むよ」


 ジゼルらを応接用のソファに促すと、エディはすぐにキッチンへ向かった。


「あ、僕もー」


 グレーズもエディの後を追う。珍しいことに。

 エディは肩をすくめた。


「どうした」


「いや……なんか、ジゼルとえらく親しげだからさ、気になった」


「あー……」


 確かに気になるのだろう。エディは「うーん」と唸りながら、湯を沸かし始めた。手際よく、ドリッパーやらサーバーやらを並べ、コーヒーの抽出をしていく。


「そうだなぁ……まぁ、なんて言うか……昔、世話になった人、かなぁ」


 何やら含むように言うエディ。グレーズは「ふうん」とそれだけを返した。


「よし、そんじゃこれ、落とさないように渡してきて」


「はーい」


 マグカップに注いだコーヒーを、とりあえず2つ持たせる。グレーズは素直にそれを運んでいった。


「へい、おまちどう!」


「私、ミルク欲しいです」


「俺は砂糖がいい」


「きっちり注文はするんだな……まぁいいや、グレーズ。持ってってやって」


 キッチンから呼ぶと、グレーズは嫌に素直だった。普段は手伝いなんか絶対にしないのに。ガラスを割った罪悪感なのか、なんなのか。

 エディの目からはその真意は見抜けなかった。


 しかし、グレーズの心境は単純なものだ。


「はい、どうぞ。はい、お兄さんもどうぞ。いやぁ、僕もこの事務所の探偵だからね。なんでもお申し付けくださいよ、ほんと」


 昨日のイメージを払拭するべく働いていただけだった。

 そんなグレーズをまじまじと見やるパメラとユーゴは静かにコーヒーを飲む。一口啜ると、二人は驚いたように目を丸くさせ、二口三口と止まらない。


 それを横目で見ながら、エディは大きめのマグカップをジゼルに手渡した。


「ん」


「あぁ、ありがとう。はははっ、久しぶりだねぇ、あんたの作るコーヒーは」


 ジゼルは懐かしそうな声で言う。どうやら昔なじみであることは間違いないらしい。

 こくりとコーヒーを飲む彼女は、嬉しそうに笑っていた。


「――そんで? 本当にただの世間話?」


 向かいのデスクに寄りかかって、エディはジゼルを見下ろした。


「あぁ、そうだよ。今日はあまり仕事も入っていなくてね。時間だけはあるのさ」


「ふうん……会社は順調?」


「それなりに」


 二人の会話はゆるやかだった。


 その際、パメラとユーゴは大人しくコーヒーを飲んでいたのだが、向かいでニコニコと笑いかけるグレーズに不審な目を向けていた。


「お前……本当に女?」


 ユーゴが訊く。パメラもじっと訝る目つきだ。一方、グレーズはあっけらかんと答えた。


「あれ? 分かったの?」


「うわぁ……マジだ。サイン見た時は何度も読み返したけど」


「うんうん。てっきり、けしからん破廉恥少年だとばかり思っていたのですよ」


 酷い言われようだが、グレーズは笑顔を絶やすことはなかった。どうにかイメージ払拭のため、見た目も新品の服に変えている。


 二人は顔を見合わせ、ようやく警戒の糸を緩めた。


「なあんだ、それならあんなに騒ぐことなかったですよ、たはは〜」


「紛らわしい格好するな、全く」


「それなら、友好の証としてお友達になってあげてもいいですよ、ね、ユーゴ兄さん」


「お友達にはなりたくない」


 言いたい放題の兄妹。妹はまだ友好的ではあるが、兄はどうも頭が堅いらしい。

 グレーズはパメラの手を取った。


「お友達なら、おっぱい触ってもいい?」


「それはお断りです」


「何故!!」


 素早い即答にグレーズは脱力する。ユーゴは目を細めて苦々しい顔をさせた。


「お前、この期に及んでまだ懲りないのか……」


「懲りてるけど、欲望には勝てないよね!」


「やっぱお友達は無理!」


 仲が良さそうで大変よろしい。


 3人の会話を和やかに見るジゼルは、ソファから立ち上がるとエディの横に立った。


「あのチビ助は、なかなかに面白いねぇ」


「そう? うるせーだけだぞ、あんなの」


「でも大事にしてるんだろう?」


 その言葉にエディは口ごもってしまう。マグカップの中のコーヒーを意味もなく混ぜていると、ジゼルはケラケラと笑った。


「それに、聞いた話じゃ私よりも強い怪力だって言うじゃないか」


「怪力っていうか……グレーズは全身の筋力とか身体能力が他より高い……塔が言うには、身体強化の才能だって」


「へぇぇ。そういう才能もあるんだ。つくづく面白いねぇ」


 ジゼルはただ素直に褒めているだけのようだ。だが、妙に引っかかる。その正体が今は分からず、エディは首を傾げた。


「――それで、拾ってきたの? あの子」


 するりと入り込む言葉。ジゼルは興味深げに、上目遣いでエディを見ている。その視線から逃げることなく、エディは一息入れると口の端を横に伸ばした。


「教えない」


「なんだよ、ケチ」


 普段、仕事以外ではニコリともしないくせに、誤魔化す時は大抵笑ってしまう。それは自覚している。恐らく、ジゼルも分かっている。だが、それ以上に追求はしてこなかった。



***



 オーリック運送の3人が事務所を出ていくと、残されたのは大きなダンボール箱。

 そう言えば、エディ宛の荷物だとジゼルは言っていた。誰からなのかは分からない。


「怪しいなぁ……」


「才能使って見てみれば?」


 箱を遠巻きに見るグレーズが簡単に言う。エディは溜息を吐いた。


「俺、透視は出来ないよ」


「じゃあ、もう開けちゃおうよ。なんなのか分かるよ」


「そりゃ開けたら分かるだろうな。うーん……まぁ、開けないことにはどうにも……」


 恐る恐る箱に手を伸ばす。テープを思い切り剥がし、蓋を開ける。

 すると、



「やぁ、諸君。おひさしぶ……」


 すぐに閉じた。


 中から見覚えのある髭面が喋りかけてきたのだから焦るに決まっている。

 しかし、中身は「あははは」と軽快に笑うと自ら蓋をこじ開けてきた。


「まったくもう、ずっと待ちかねていたんだよ。それなのにのんびりダラダラ何をしているのかと思えば……」


 出てこようとするので、エディは即座にその頭を箱の中に押し込める。


「グレーズ! こいつを今すぐ返品してこい!」


「了解!」


 その連携は見事なのだが、箱の中身が「返品は不可だよー」と宣うので、グレーズは戸惑った。既に外ではオーリックのトラックが消えている。


 エディは悔しそうに不機嫌な表情をさせた。


「……分かった。返品はしない。グレーズ、床に置いて」


「りょーかい……」


 箱を置くと、勝手に蓋をこじ開けて出てくるので、二人はそれを黙ったまま見つめていた。


「ふぅ。まったく、君たちは手荒いんだから……よし、サプライズ成功ということでコーヒーを淹れてくれたまえ、エドガー」


「その前に、まずなんで箱に入っていたのかを説明してもらえませんかね、ベルモンド教授」


 ワインレッドのコートを脱ぎ、早々にソファへと腰掛けるベルモンド教授は、いつになく愉快そうだった。

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