5件目:留守番のプロと奇妙な訪問者
第17話:グレーズの1日
ここのところ、やけに忙しく、また街の外に友人も出来たわけでグレーズは事務所にいることが少なかった。
グレーズの一日は午前7時から始まる。
今までは7時に起床→ミルクを飲む→ぼんやりとテレビを見る→ソファで二度寝する→エディに起こされる→エディを見送る→テレビを見る→三度寝するかミルクを飲む。
そうして1日をゆっくり過ごしていたのだが、6番街へ行くことがこのところ多いので、7時に起床→ミルクを飲む→ぼんやりとテレビを見る→ソファで二度寝する→エディに起こされる→エディを見送る→出かける、といったものに置き換えられた。
しかし、ごくたまにイレギュラーが発生することもある。
「わりぃ、寝坊した。間に合わん。グレーズ、送ってって」
エディが寝過ごした場合、カフェへの出勤に間に合わないことがある。その時は、4番街の端までグレーズが彼をおぶって送る。
長身の男を小柄なグレーズが背負うというのはなんとも奇妙な光景だが、4番街では頻繁に起きるので近所のパン屋なんかは、素晴らしく晴れやかな笑顔で見送ってくれるものだ。
これが日々のスタイル。
それにグレーズは、習慣を崩すのが苦手だ。意識はしていないのだが、大体は同じサイクルでまかなえているので深く考えることはなかった。
さて。
その日はアンリエッタと約束はしておらず、仕事もないので事務所でのんびりダラダラ過ごすことに決まっていた。
大欠伸をし、ソファでぼんやりとテレビを眺める。その後ろでは、エディがキッチンやら自室やらをうろうろ忙しなく行き来していた。
『次のニュースです……またも、泥棒出没。9番街、クロノ・ヴィル大博物館にて、街の象徴でもあるアイオライトが盗まれたとのことで――』
「あらまぁ、またあの泥棒が出たらしいよ。あいつら、ほんと懲りないよなぁ。そのうちまた依頼が来るんじゃない?」
ニュースを見ながらグレーズが言う。しかし、エディは聞いちゃいなかった。
「あー! くっそ、洗濯機回ってなかった!」
脱衣所でそんな嘆きが聞こえる。
しかし、グレーズは気に留めず、テレビのリモコンを操作した。面白い番組がないか……しかし、どの局も泥棒の話題で持ちきりだ。仕方なしに、ミルクを飲みながらぼんやりと画面を眺めておく。
すると、エディがまたも慌ただしく、キッチンへ飛び込んだ。
湯を沸かしすぎたのだろう。「あー……」と今度は悲しげな嘆きが聞こえるが、グレーズは無視する。
しばらくバタバタとうるさく、それが止んだのはグレーズが5回目の欠伸をした頃だった。
「グレーズ」
ソファの後ろからもごもごとした声が聴こえる。見るとエディはバケットを食べながらコートを肩に引っ掛けていた。
「今日、昼前に荷物が届くから受け取っといてくれ」
「うえぇ? 何それ。僕にそんなこと出来るの?」
荷物の受け取りは今までにしたことがない。不安しかない。それなのに、彼は用を言いつけたらもう満足のようで、ただ「よろしく!」と片手を挙げて消える。
「いや、待ってよ、僕にそんなこと出来るか分かんないってば! おい、エディ! ……あの野郎」
彼はバタバタと慌てるように外へ出ていった。まったく、朝に慌てるくらいなら、ギリギリに起きるのをやめたほうがいいのではないか。
それよりも。
「荷物……ねぇ。なんだろ。何が届くんだろ。て言うか、どうやって受け取るの?」
これまで宅配や郵便はエディが受けていた。
確か、玄関先で手渡しだ。
本当なら、全自動配達ポストを設置したほうが受け取りもせずに済んで便利なのだが、そんな高価な文明の利器はない。
全自動配達ポストはここ10年の目覚ましい飛躍を見せるテクノロジーによって普及し始めたシステムだ。
そう言えば、6番街の家々に大きなポストが置かれていたのを見たような。
「いつの間にかポストに入っているのよ。荷物が」
アンリエッタが言うにはそうらしい。
「なんでも、電子の力だとかで。宅配所から転送されるそうよ」
電子、という響きのせいで聞く気が失せたが、簡単に言えばそうらしい。要するに、電子メールの荷物版ということだ。
「便利な世の中だよねぇ~。それなのに、うちときたらいつまで時代に乗り遅れる気なんだろ」
事務所はリビングと応接間、キッチンがブチ抜きである。キッチンと応接間の穴を開けたのはグレーズだが、それ以外に家を壊したのは窓だけだ。
事務所があるのはリラの大通りに面した鉛筆のようなアパートメントの隙間にある。これもまた細長い造りで、三階建ての貸家である。
ちなみに、居住兼事務所にしているのは1階のみで、上のフロアは物置と化している。掃除も行き届いていないので、恐らくネズミの住処になっているだろう。
グレーズは辺りを見回した。
埃だらけの棚、油がこびりついたキッチン、家電は未だにプラグだし、照明も薄いパネルじゃなく天井から出っ張ったLED。
全自動配達ポストやら清掃アンドロイドが一家に一台、脳内伝播式筆記具で勉強をする時代に、遅れをとっている。
グレーズは液晶テレビのチャンネルを変えた。
現在、午前9時。通販番組が放送されていた。
『声をかけるだけで、あら不思議。今日の献立から家族の健康をサポートまでこなしてくれるレシピロボを今回はご紹介します』
「ほほう……これなら、毎日同じものを食べなくても済みそうだね」
欠伸を噛みながらグレーズは呟いた。
エディはコーヒーにはうるさいが食に関しては頓着がない。いつも同じ手軽なサンドイッチやスナック、チーズのブロックを片手に夜な夜な資金繰りをしているのだ。
映写モニターとにらめっこをしている彼の姿は、外国映画に出てくるハッカーやら諜報員のようで心配になる。彼の持つ才能だけに尚更イメージがしやすい。あと、金の心配をしていない時は電子書籍か紙の新聞を読んでいる。そういうことをしているから朝が起きられないのだろう。
「あいつ、目玉焼きかサンドイッチしか作ってくれないし……しょうがないからパン屋の親父にご飯をもらうしかないもんな……料理してくれるロボを導入するのもいいかもしんない」
ミルクをこくりと飲みながら、グレーズは真面目に考えた。
酷いときにはベーコンとチーズをそのまま手渡されたことがあるので、料理に関してはエディに期待をしていない。
「あいつの料理なんてたかが知れてるし。そうだ、うん、今度お願いしてみよう」
テレビでは販売員が大仰な身振りでレシピロボを紹介している。
タブレットのような真四角の端末に声をかける。すると、そのロボは昨日の献立や一週間前のデータを記録しており、また冷蔵庫の中身から緻密に献立を企画してくれる。
そして、モニターには料理名とレシピが記された。
『はい、今日の夕飯はミートパイに決定です』
「ありゃ? 作ってくれるわけじゃないのか……じゃあいいや」
何も返ってはこない。一人で喋るのもなんだか退屈だ。
エディのように書籍を読むでなし。機械を扱えばすぐ壊れるのでそれも駄目。ゲームも同様。街を走れば建物や道路が壊れる。
「みんな、僕よりも弱すぎるから退屈なんだよ」
あながち間違いではないだろう。
さて、荷物が届くのはいつになるやら。
時刻はそろそろ午前10時。外は気持ちのいい晴天で、陽の光がそよ風とともに窓をくぐる。リラの甘い香りに眠気が舞い戻ってきた。
「ふぁーぁう……あーあ、一眠りするかなぁ……でも腹減ったなぁ……ひき肉たっぷりのミートパイが食べたい」
脳内に浮かばせる。
そう言えば、ル・カフェ・デ・リラにはパイやキッシュが置いてあった。それに、甘いマフィンも。
ミートパイ、ピザパイ、ニシンのパイ、アップルパイ、ピーチパイ、卵と芋のキッシュ、ベーコンキッシュ、ごぼうの甘辛煮包み焼き、ポットパイ、チョコチップマフィン、ベリーマフィン、ナッツにバニラ、モカのアイスクリーム、プディング、フォンダンショコラ、ベイクドチーズケーキ……
「うわあああああ! お腹すいたァァァァァァァっ!」
絶叫を飛ばし、思わず足をバタつかせる。勿論、穴を空けないように。グレーズは顔を覆ってソファに寝転がった。
「無理! 待てない! 荷物来るまでとか待てねーし! だってお腹空いたもん! あぁぁぁもう! 親父のパンでもいいから食べたいぃぃぃっ!」
脳内ではあらゆるパイ、キッシュ、マフィン、パンが手を繋いでぐるぐる回っている。それらを思い浮かべると、腹が大声で叫びを上げる。しくしく泣きながらソファで悶えた。
「あぁぁぁぁっ! もう、やだぁぁぁぁ! 無理ぃぃぃぃっ! ……よし、もう外に出よう」
がばっと起き上がり、すぐさま自室のロフトへ飛ぶ。コートを引っ掴み、バタバタと玄関を飛び出した。
「もう行くもんね! お腹空いたし! 我慢できっか、ばーーーーか!」
誰にともなく言う。
扉を大きく開け放つと、突然、目の前に何かが現れた。
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