第11話:コゼット・アルファン

 にっこりと邪気のない笑顔でアリスは提案を持ちかけた。

 ヴィアン警部は「ほう」とさも名案とばかりに相槌を打つのだが、一方でグレーズは顔をしかめていた。


 何せ、昨日からずっと気になっていた人物である。自分だけが知らないという状況が気に入らない。


「その『コゼット』って結局、どこの誰なのさ」


「あら、グレーズ知らないのぉ? コゼットはね、私の親友なのよ」


 グレーズはますます眉をひそめた。


 コゼットはアリスの親友で、エディとも教授とも警部とも知り合いである。益々謎が深まった。


「とにかく、コゼットを呼んできますねぇ」


「いや、しかし。彼女は今日、ここに来ているのか?」


 警部が不思議そうに尋ねる。すると、アリスは親指を突き立てるサインを向けてきた。


「今日はこっちに戻ってきているようですよ。私の鼻がそう言ってます」


「ふむ、そうなのか。じゃあ、アリス。頼む」


「はぁい」


 アリスは取調室を軽やかに出ていった。

 警部のアリスの鼻に対する信頼感は異常だ。しかし、彼女の才能でもあるのでグレーズも疑うことなく任せておく。

 ただ、心の奥に潜むもやもやは未だに晴れないのだが。


「コゼット・アルファンは、普段は中央街の塔で働いているんだ」


 おもむろに警部が話を始めた。


「元は、優秀な警官だったんだよ、彼女は。だが、優秀すぎてね。同期のアリスをも軽々飛び越えて今じゃクロノ・ヴィルを束ねる中央街のオペレーターにまで大出世だ」


「うーん……ちょっと、急になんか難しい話しないでくれる……?」


 ペラペラと内部事情を話されても頭が追いつかない。


 確か、中央街はこの12の街を束ねる言わば都庁のようなもので、その塔は全街へあらゆる資源や情報はもちろん、行政などの管理も担っている。その管理者をオペレーターと呼ぶ。


「要するに、偉い人が集まる場所、だよね?」


「おおまかに言えばそうなるな」


「はぁ~……なるほどねぇ。コゼットってそんなに偉い人だったの」


「そうだ。彼女は警察署出身だから、中央街では行政関連の仕事を任されているらしい。たまにこっちへ来ることもあるんだが……俺も会うのは久しぶりだな」


 警部は何故か得意げに言った。


「ふうん。そんな偉い人が、なんで教授やうちのエディと関わりがあるのかなぁ」


「教授はともかく、何故エドガーと接点があるんだ」


 何気なく言った一言に、警部はずずいと身を乗り出して訊いてきた。思わず仰け反る。そして、ちらと背後を見やった。

 エディは未だ起きる気配はない。コゼットが間もなくお出ましだというのに、まだ充電が終わらないのか。


「うーん……僕もよくは知らないんだよねぇ。何せ、僕が一番聞きたいところなんだから。帰って問い詰めようとしたのに、君らが逮捕してくるもんだから予定が狂ったんだよ」


 少しばかり嫌味を含ませて言ってやる。

 すると、警部は気まずそうに苦笑した。


「いや、しかしだな。こちらも仕事なんだ。放火の犯人を突き止めなくてはならんのでね」


「じゃあ、もう白状するけれど、犯人は教授ね。はい、終わり! この件は片付きました!」


「それだけではどうにも……」


 すると、ドアの奥から控えめなノックが聴こえてきた。


「失礼いたします」


 かしこまったように、少しピリリときつい女の声。グレーズは自然と居直るように机に置いていた足を下ろした。

 扉が開かれる。


「アリス・ロマン刑事から事情はお聞きしました。私でよければお手伝いいたしますわ、ヴィアン警部」


 しなやかに艶めかしい金色の髪が特徴だった。固められたような無表情に冷たさを感じる。しかし、それがやけに美しく際立たせてもいた。


 彼女がコゼット。


 グレーズはまじまじとその姿を見つめた。胸の大きさはアリスの方が上か。ということは、BからC……


「それで、私は何をしたら良いでしょうか。彼らが大学の放火事件に関わっているのだと聞いていますが」


 テキパキと話を進めていく。その無機質な声音がどうにもロボを思わせる。


「あぁ、それなんだが……たった今、グレーズから情報を聞き出したところなんだ。アリスに伝えておいてくれないか。オーギュスト・ベルモンドを捜索するようにと」


「はぁ……分かりました」


 堅苦しい彼女は僅かに視線を逸らし、エディを見た。それから呆れたように鼻を鳴らすと部屋を出て行く。


「――警部」


 コゼットが出ていったと同時に、部屋の奥からのんびりと低い声が鳴った。振り返ると、エディがむくりと起き上がる。


「なんだ、起きたのか」


「ついさっき起きた。おかげで充電はなんとか出来たけど」


 コゼットの声を聞いたのだろうか。グレーズはじっと彼の様子を窺った。


「それじゃ、事件解決でいいよな? もう、帰してくんない?」


 グレーズの頭に手を置いてエディはやんわりと言う。しかし、警部の眉は険しい。


「いや、まだだ。教授とまとめて事情を改めて聞かねばならん」


「まったく、ホント融通が利かねーな。わざわざ彼女まで呼び寄せなきゃいけない案件かよ、これ」


「貴様らがふざけるから話が長引いたんだがな」


 すかさず、ばっさりと言う警部。

 睨み合う二人を交互に見ながら、今度はグレーズが口を開いた。


「警部ってさぁ……エディ相手だとちゃんと出来るんだね。どうして?」


「えっ」


 急にどもる警部。その様子に、エディは鼻で笑った。


「ははぁん。なるほどなぁ、警部はアリスとグレーズの相手がクソほど下手っぴでいらっしゃいましたか」


 そんな言い方をしなくても。


「うるさい! エドガー、今のは悪意を感じるぞ! 俺は、女性には強気に出られないだけだ!」


 警部が机を叩いて立ち上がる。その発言に、エディは更に口元を緩めた。


「おい、マジか。アリスはともかく、グレーズまで? うわぁ……引くな」


「ほんと、失礼しちゃうねぇ」


 グレーズまでも肩を竦めて苦笑している。警部は釈然としない顔をさせた。


「煽るのは勝手だが、君ら、もう少し状況を考えてから発言をした方がいいぞ。どのみち、塔の治安局から情報がそろそろ来るはずだからな。その余裕しゃくしゃくな態度も今のうち……」


「うわっ、グレーズ、派手にやらかしたなぁ。どうりでなんだか寒いなぁと夢の中で思ってたとこだったんだ」


「いやぁ、だってさぁ、警部がちゃんと役割を果たしてくんないから」


「聞いて欲しいな! ちょっとは話を聞いて欲しいんだが!」


 二人の自由さに警部はそろそろ血管が切れてしまいそうだった。


 その時。

 警部の動きがピタリと止まった。


「……ん? どしたの、警部」


「血管切れたか?」


「うるさい。黙れ」


 警部は険しい顔つきのまま、人差し指を口元に当てた。何か聴こえているのか。

 しかし、ここは分厚い壁の中。確かに外側の壁は穴が空いているが、他に動きを止めるほどの何かが聞こえてはこない。


「……署内で発砲、か。ふむ」


 警部は呆れたように溜息を吐いた。


「どうやら、交通課が引っ張ってきた強盗犯が暴れているらしい。まったく、セキュリティはどうなっているんだ」


 警部の呟きが正しければ、確かに都市で最も安全な場所にしては警備が緩いような。エディとグレーズは首を傾げた。


「なんかよく分からんけど、なんだ、事件か」


「あぁ、まぁ……しかし、発砲は厄介だな。ちょっと出てくるから、お前たち、そこから動くなよ」


 ビシッと指をさしてくる警部。そうして彼はバタバタと制服の裾を翻して部屋を出た。

 取り残される二人は顔を見合わせる。


「協力、する?」


 グレーズが訊くと、エディは面倒そうに顔を歪ませた。


「頼まれてもないのに?」


「でも、警部だけじゃ心配だよ」


「民間人に心配される警察ってなんなんだよ……でもまぁ」


 エディは目を瞑り、唸った。

 廊下を走る警部の姿を追っているのだろう。やがて、力なく呆れたように笑った。


「あいつ、逆方向に向かってる」


「ほらぁ」


「うーん……仕方ないな」


 そう言うと、二人はニヤリと笑う。

 ガッチリと施錠された重たい扉を、グレーズは思い切り蹴破った。

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