3件目:馬鹿と真面目は相容れない

第9話:クロノ都市警察特務課

 中央街を覆うそれぞれの街にも、社会治安維持のための公的な行政機関が配置されているが、3番街には都市最大の警察機関がある。


「大人しくしていろよ。特にグレーズ!」


 鋭い目つきでびしっと言い放つ男――都市警察の特務一課所属、ヴィアン警部は厳しくキビキビと探偵の二人を連行した。


「あのさぁ、念の為に言っとくけど。あんた、俺たちが放火するとか本気で思ってんの?」


 エディは比較的穏やかに、かつ、やる気のない声で言ってみる。すると、警部はその頭を思い切り叩いた。なんとも理不尽な仕打ちだ。


「お前らはいつかやると思ってたさ」


「マジかー……本気だったかー……」


 その揺るぎない真っ直ぐな目を向けられたらもう溜息しか出ない。体力もあまりないので、疲労は更に増してくる。


 一方、グレーズはアリスにしがみついたままで、さながらコアラのようだった。警告するまでもなくとても大人しい。これなら車も署内も破壊されずに済みそうだ。


 車に乗せられ、そのまま3番街へと移送される。その中でエディはうとうとと微睡んでいた。


 しかし……


「ちょっと、グレーズ。どこ触ってるの」


「ん? いやだって、せっかく会えたんだしさ。ちょっとくらいいいじゃん」


「やだ、ダメダメ。それはまだ早いでしょ……あ、コラっ……んもう。しょうがない子ねぇ」


「えっへへ〜いっただきまーす」


「静かにしてくんないかな、そこ二人」


 後部座席で甘い声を上げるグレーズとアリスに一喝する。これではおちおち眠れない。

 振り返ると、グレーズはアリスの膝にちょこんと座っていた。そして、豊満な胸に顔を押し付けている。


「だって、貴重なおっぱいがあるのに我慢出来るわけないだろ」


「お前は捕まって正解だったな。アリスもさぁ、もうちょっとビシっと嫌がってくれない? こいつ、益々調子に乗るから……」


 グレーズのあっけらかんとした返しに、エディは頭を抱える。しかし、アリスはきょとんと首を傾げていた。


「まぁ、悪い気はしないからねぇ。グレーズは私の可愛い弟みたいなもんだから」


「弟……せめて妹じゃないかなぁ。弟だったらその発言、色々と問題だからさぁ」


 まったく締まりのない空間だ。

 警察がこんなでどうするんだと、もやもやと考えてしまうが、こいつらはそもそもこういうヤツらだ。言及するのが馬鹿らしい。


 無視して寝ていよう、と思っていたが、外を見ると2番街のスイートピーが鮮やかなピンクを見せていた。そろそろ3番街へと差し掛かっている。

 ガタガタと整備が行き届いていない、いわゆるレトロエリアの2番街から急に電子機器がひしめくテクノエリアへと変わりゆく様はいつ見ても目が冴えてしまう。視界がぼやけていたエディもすぐに気付けるほど。


 道の端に植えられた燃えるような赤のアネモネを見送れば、巨大にそびえるクロノ都市警察署の隆々と威圧が構えた鉄門が迫っていた。



 ***



 クロノ都市警察署は42階建ての、3番街では随一を誇る高層ビルである。とは言え、周囲も企業系ビルディングが軒を連ねているわけで、空中からはあまり目立たないのだとグレーズが言っていた。


 しかし、頑丈さと高度セキュリティが搭載された鉄門はあらゆる組織からのテロにも屈しない。地下には囚人を収容するエリアもあるとかないとかで、署内からの暴動も起きないよう徹底された管理を施されている。

 最も、警察機構は中央街の管理局直結機関ではあるのだが。

 都市で二番目に安全な場所と言えば皆が口をそろえることだろう。


 さて。

 その特務課とはいわゆる「才能」を持つ特殊能力者を管理する特別任務課の略称である。「才能持ち」は少なくない。野放しにいておくわけにはいかない。その才能持ちが事件を起こせば彼らが駆けつけることになる。


「まさか、容疑者としてここに来るとは思わなかったなぁ」


 眠たい目をこすりながら、エディはのんびりと言った。


「そうだねぇ。まさかだよねぇ。でも、僕は楽しいからいいけどね」


 アリスと手を繋いでグレーズはご機嫌だ。そんな安穏とした空気に、ようやくヴィアン警部が苦々しげに口を開いた。逮捕した時のあの機嫌の良さはどこへやら。


「お前らには緊張感というものはないのか」


「まったく」


「ないね!」


「くっ……まぁ、いい。今から取り調べだ」


 二人は27階にある特務課専用の取調室に入れられた。本当は別々に入れておきたいところだったが、グレーズが何をするか分からないので、その抑制係としてエディが必要だった。


「やだやだ! アリスも一緒じゃなきゃやーだー! なんでこんなむさ苦しい暑苦しいおっさんたちと一緒にいなきゃいけないんだよ! アリスも一緒がいい!」


「ほら、警部。グレーズもそう言ってることなので、私も一緒に入っていいでしょ?」


 グレーズの暴言に、警部はこめかみを僅かに動かせた。

 しかし、グレーズが喚くと壁が破壊されかねない。どの才能にも適応した最新システムの壁だが、それでも僅かにヒビが見える。


「仕方あるまい……」


「やったぁ〜。さぁ、グレーズ。大人しくしましょうねぇ」


「はーい」


 ともかく、平穏が訪れたのは何よりだ。

 一方、エディは椅子に座ってしまえばたちまち睡魔に襲われてしまう。ヴィアン警部が向かい合うも、構うこと無く欠伸を連発させていた。


「手短に願えますかね、警部殿」


「なんでお前の要求を飲まねばならんのだ。エドガー・レヴィ、お前には色々と話を聞かねばならん」


「でも言っても聞いてくれねーじゃん。それなら言ってもムダじゃねーの」


「ふざけたことを言わなければいいだけのことだ」


「うーん……」


 しかし、この堅物な警部が易々とこちらの訴えを聞き入れるわけがないことは周知だった。


「では、始めようか。まず、こちらの質問に正直に答えなさい。クロノ都市大学、オーギュスト・ベルモンド教授の研究室で火災が起きたわけだが……死傷者はなし、教授は行方不明。現場には怪しい人影が二つ。それが君たちの格好に似ているという調べがついている。君たちは一体、あそこで何をしていたんだ」


「顧客の依頼内容に障るので、黙秘」


「ふざけるな」


 すかさず激が飛ぶ。

 しかし、こちらは真っ当な意見を述べている。エディは眉をひそめ、眠気を飛ばしながら唸った。


「だから、何もやってないって。どちらかと言えばこっちが被害に遭ってんだよ。善良な一般市民だよ、俺たちは」


「爆破に器物損壊を繰り返す善良な市民がどこにいる」


 その主犯のほとんどはグレーズだ。しかし、それを管理するのが彼らの役目のはずだ。


「それに、12番街の缶詰工場の件、まだ片付いてないんだからな」


「あー、それについては何も言えないなぁ」


 うっかり忘れていた。

 しかし、あれは泥棒を追っていたための不可抗力とも言える。損害は大きいだろうが、そもそもに泥棒を野放しにしている警察が悪い。そうだ、警察が悪いのだ。

 エディは脳内で全てを棚に上げ、思わず「ふん」と鼻を鳴らした。


「なんだその態度は」


 目ざとい。警部は眉を寄せて睨んだ。

 しかし、今のエディには何の意味も成さない。見えていないのだから。


「別に。とにかく、そこまで調べがついてんなら、教授探して事情を聞くことだな。何せ、被害者は教授なんだから。本人捕まえた方が早いんじゃねーの」


「あの教授がすぐに見つかるわけがないだろう。時間の無駄だ」


「なんでだよ。おかしいだろ」


 エディは頭を抱えた。

 以前からどうにも相性が悪いとは思っていたが、恐らくそれは警部も感づいてることだろう。

 このジャメル・ヴィアンという男は堅物な上に要領が壊滅的に悪いのだ。これならまだ、ベルモンド教授の方が物事を進めやすい。しかし、この状況を作り出したのは教授であるから今はあの、のほほんとした顔を見たくないし、思い出したくもない。


 それに、今は能力の使いすぎでとてつもなく眠い。面倒だ。もはや教授のことなんかどうでもいい。

 先程は職務のためにああ言っておいたが、それは理性が止めているだけであり、感情が働けば口は滑らかに全てを吐き出すだろう。


「あー、もういいや。めんどくせぇ。分かったよ、話す。話すから、その前にまず……寝かせて」


「は? いや、おい、待て待て。エドガー、起きろ!」


「ぐー……」


「おおおおおい!! コラぁ! 起きろぉぉぉ!」


 しかし、どんなに頬や頭を叩いても肩を揺らしても頭を机に押し付けても振り回しても、彼は寝息を立てていた。

 何事もなく「スコー」と、安らかに眠りの中へ。これほど反応がないことに、ヴィアン警部は呆気にとられた顔で傍らのアリスとグレーズを見た。


 二人は大人しくしていたが、未だにアリスの膝の上でグレーズがちょこんと座っている。じっとただ何も言わずにエディの寝顔を見ていた。


「眼鏡くらい外してあげようか」


 そう言ったのはグレーズ。


「電池切れだったからね。こりゃ一旦、寝てしまったら充電完了まで起きないよ。ま、その辺に転がしてればいいよ」


「そうか……うーん、それなら仕方あるまい……」


「仕方ないですね」


 警察二人は潔く諦めた。


「うんうん。仕方ない仕方ない……んじゃ、これからどうする?」


 ヴィアン警部がエディの腕を引っ張って床に転がしている様子を眺めながら、グレーズは二人に問う。


「君から話を聞くことは可能なのか?」


「うーん……まぁ、不可能じゃあないだろうね」


「ほう、馬鹿だとは思っていたが割と話せるんだな、グレーズ」


「口でなら話せるよ。目や耳ではさすがに無理だけど」


「そうか……よし。それじゃあ、もう君でいい。アリス、エドガーこいつの持ち物だけでも調べておいてくれないか」


「はーい」


 淡々と話が進んでいくのに、こうも締まりが無いのは何故なのか。

 頼みの綱であるエディが消えた今、緊張感のない取り調べが再開しようとしていた。

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