エピローグ
暗い。
ものすごく暗い。
目を閉じているのか開いているのか、その違いが判らないくらい暗い。
いや、目は閉じている。そのことをようやく自覚できた。感覚が全て遅れていた。意識が暗闇に取り残され、神経との接続がなされていない。
暗闇の中、ただ存在することだけを感じ、手足の存在を感じられなかった。
果てのない暗闇と一体化していたのを、強制的に切り離された。
「目覚めよ」
誰かの声が光に変わった。
金属の扉、それが並んでいる。
彼は寝ているのも金属の板。冷たい金属であるが彼の体も同じいくらいに冷たかった。
「目覚めたのなら起きろ。いつまで寝ている」
馴染みのある女性の声。
「それとも死んでいた方がマシ、というやつか?」
「マシだとは思わないが、おかしいな。たしか俺はこう言ったはずだぞ」
上半身を勢いよく起こした天野主命は女神に言った。
「死ぬのを邪魔するな、と」
「だからお前が勝手に死んだのを看取ってやったぞ。お前を失ってなお気丈に振る舞う私は、まさに女神の鏡のようであった」
「お前の外見についてどうこう言っているのではない、内面だ。死にゆく男の最後の頼みすら聞かないのか?」
「聞いてやったぞ。なおかつ荼毘ってもやった。どうしたと思う?太陽で丸焼きだ。消し炭も残らんくらいに焼けたぞ」
「でも俺は生きてるじゃないか!」
女神は手鏡を渡した。その顔にはなぜか少し照れたような赤みがあった。
手鏡に写る天野主命。彼はその姿を確認して言葉を失った。
鏡に映るのは老人の主命だった。
「ここって…」
「お前の故郷、地球。
そこの天野主命。
それを生き返らせた」
彼女は褒められる言葉と怒られる言葉、どちらもを期待する子供の様に照れていた。
主命はため息をつくしかなかった
「じいさんかぁ…」
主命が寝ていたのは検死台の上だった。そして場所は地下の遺体安置所。前世の主命が刑務所内で自害し、その遺体が検死された場所で、彼は彼女に復活させられたのだ。
「なんせお前には、私の世界のお前を生き返らせるなって厳命されたからな。ただあいにく、こちらの主命については言及がなかったので、女神の裁量で好きにさせてもらった」
老人の主命をしげしげとながめる女神。
「年寄りでも私は構わんぞ」
その一言に赤面したのは主命も同じであった。
彼は立ち上がって自分の体を確認する。体はたしかに自分のもので、両腕には雑に縫った傷跡もある。しかし…
「なんかマッチョになってない?」
ムキムキの鋼のような老人体だった。こんなに鍛えた記憶は、もちろん主命にはない。
「まあ、これからのことを考えると、ただ生き返らせてもすぐに寿命で死んでしまうからな。ちょっとはサービスしてやったぞ」
体を確認していくさなか、ズボンを広げ股間を確認していると異物、というかスケール違いの物を発見した。
「パーシャルティー、君は知らないかもしれないが、男はコレでバランスを取っているんだ、勝手に変えないでくれないか」
「それもサービスだ。若返らせておかないと楽しくないからな」
「どうも。再誕のプレゼントとして受け取っておくよ。しかし…」
雑に伸びた長い白髪を筋肉質な手がかきあげる。老人の目線は厳しくなった。
「なぜ生き返らせた?俺は死するべき人間であるという考えは、今でも変わっていないぞ」
「確かにお前は自死に値する男、その遺志は大切にしたい、が」
彼女は数枚の写真を投げ、彼の前に滑らせた。筋肉質な老人がその写真を見る。そこに映る人物たちに見覚えはない。写真には彼らの名と役職名が書かれていた。
政治家、外務省官僚、警察トップ、検察、そして米国の司法長官。
彼の人生とは関わりのまったくない、映画に出てくるような役職の人間ばかりが並んでいた。
「お前をはめた連中、その顔と名前だ」
女神の言葉に、思わず入った力が写真にシワを作る。
「こ…こいつらが?」
「こちらの世界専従ではないが全知の私だ。100%確かだ」
「俺に何を期待している?」
「なにも。ただお前らしく生きろ。お前のいう正義というものがあるなら、それを世界に示してもいいし、ただ寿命まで生きていてくれるだけでもいい。
ただ少しだけ期待させてもらうのなら、ちょっとした私の嫌がらせに手を貸してほしい。こちらの神には少し、借りを返しておこうと思ってな、奴と同じ”転生者”という手段で」
彼女が指さすのは、4度目の転生を果たした、偉丈夫な老人の体だった。
「お前まさか…」
「何を想像してるのかしらんが、私は私の世界の転生者に対して何もしとらんぞ。ただちょっと世界のパラメーターをいじってな、やつらの技術のほとんどを使えんようにしてやったくらいだ」
「ひっでぇ~」
「みなと同じにしてやっただけだ。愛する者の遺言にはしおらしくしたがってやったぞ、世界の公平さとかいうやつか?」
ニヤリと笑う女神に、同じ笑顔で返す主命。
「ところで予定は決まったか主命。お前の予定次第で私の今後も決まるのでな。
お前は何がしたい?」
「もちろん、
「よろしい。復讐は自分の世界で行ってこそ価値がある!」
女神は手も使わずに遺体収容所の壁一面にある収容庫の扉を開き、内部の引き出し台を全て引き出した。
そこには遺体の代わりに武器弾薬が大量に並んでいた。現代の武器。拳銃から小銃、機関銃。手りゅう弾に爆薬にボディースーツ。
そこから手早く服と防弾ベストを着こむ主命。
室内にサイレンが響き渡った。 この建物中に響いているようだ。
「どうやら気づかれたか。時間がないぞ主命、警備が来る。外に車が用意してある、まずはそこに辿り着くところからだ」
「準備がいいな。今度も手伝ってはくれないのか?」
「神が手伝ったらハンデが付きすぎて面白くないと思わんか?復讐くらいは自分の力でやってみせろ」
武器を選び装填する主命。
「まあそうだろうな。ここまでおぜん立てされてて、一人でできないんじゃ女神に嫌われちまう」
「女神の許可が必要か?」
「けっこう!許可はいらない。ここから先は自己責任だ」
死体置き場の扉に向かってグレネードランチャーを撃ち込む。爆発は扉とその扉の前に潜んでいた警備を吹き飛ばした。
懐に狙うべき獲物たちの写真をねじりこみ、武装した主命が女神とともに廊下に繰り出す。
警備の人間を躊躇いなく射殺する主命。邪魔するものに一切の容赦のない頑強な老人の姿であった。その隣の女神は異世界の姿の混じった現代風の装いをした美女であり、凶悪な殺人者のパートナー然として、爆発の煙の中、その隣を歩いた。
「貴様ら!どういうつもりだ!」
建物の入り口はバリケードと武装した警備員に固められていた。その中心でメガネの男、地球の神の顔をした男が拡声器で叫んだ。
「パー…そこの女!なにしに来た!お前のいるところではないんだぞ!」
「ちょっとこっちに用事があってね。ついでに覚えたての悪さもしてみたくなったの。因果応報っていうの?悪くない考え方ね」
「だからといって、こっちの人間を殺していいことにはならんだろ!」
大軍に向かって怯みもしない主命、彼には勝利の女神が見えている。
「悪いが、俺は俺の復讐をさせてもらう。そのさいに巻き込まれて何十人か何百人か死ぬことになるかもしれない…」
彼は苦渋を飲み込んだ。老人の彼は苦渋を飲むのに慣れていた。
「わるい」
とにかく先に謝っておいた。この世界の神に。地球の神の顔色は赤と青を繰り返し点滅していた。
警備たちが射撃を開始した。太い柱の影に隠れる二人。柱は銃弾でどんどんと削れていく。
「やれやれ前途多難だな。最初の獲物に辿り着けるかどうかもわからないな。どうするパーシャルティー、お前は帰っててもいいんんだぞ」
老人の懐に包まれその匂いを嗅いでいた女神はキラキラとした目で主命を見た。
「死が二人を分かつまで、それまではお前と一緒にいてやる。だが主命よ女神がついておるお前がそう易々と死ねると思うなよ」
「じゃあ、ボニー&クライドみたいにいくか」
「古いな」
「年寄りなんでな。嫌いか?」
「嫌いではないが、ハッピーエンドがよい。お前なら見せてくれるよな」
期待する女神の顔。降り注ぐ銃弾は二人の居場所を狭め、その体を密着させる。
主命は力強くパーシャルティーに口づけした。強く、押し付けるようなキス。
女神はそれに答え、腕を回しお互いを結びつける。
唇を離しお互いを見る二人。
互いに決意が伝わった。
手りゅう弾を転がし敵の目を眩ませる。飛び出した二人は互いに構えた銃を射ちまくり警備の人間を蹴散らす。
障害を乗り越え、走る二人。
男は女神と共に走る。
求めていた世界を手に入れるために。
今度こそ、手に入れるために。
異世界転生者を全員マサカリます @junkyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます