第41話


 太陽まで飛んで行く。

神様が運んでくれるというのだから、断るわけにもいかない。

手荷物なし、戦う装備もほとんどない。装いを見るだけなら気楽な旅だ。

キリコが主命のそばに近づき励ます。

「無事で帰ってきてね」

当たり前のことを確認しただけなのに、主命はその返事を言いよどんだ。

答えづらい主命のその意図を察してか、キリコは彼の頬に口づけをし、少し潤んだ目で

「元気でね」

それは、限りなく別れの言葉に近かった。


勢い良く飛び出し主命と地球の神。地表はすぐさま遠くなり、雲をいくつも突き抜け暗闇の世界に突入する。

最初のその勢いから主命はすぐに到着するかもという淡い期待をしたが、太陽までの距離を甘く見積もりすぎていた。いくら飛んでも太陽の大きさはじりじりとも変わらなかった。

「ずいぶん、遠いんですね」

主命もさすがに無言でい続けるのに疲れた。彼を牽引して飛ぶ地球の神に、ついに話しかけてしまった。

「私一人ならすぐに着くが、人間を連れているからね。私としても初めての行為だから、少し手加減はしている」

 再び無言。遠のく星、近づかない太陽。人間の距離感はもうまったく役に立たない。

「主命君、君は転生についてどう思う?」

「なんですかいきなり、体験者の感想が聞きたいんですか?」

「まあそんなとこだ。一応良かれと思ってやった事だからね。ただ君の場合は他の転生者とは違って、転生後の記憶から始まって前世の記憶を取り戻した。順番があべこべになっている」

「たしかに、転生者としてはおかしいですね」

「私はねぇ、前世の失敗を取り返すチャンスを与えてあげたかった。その発想自体が間違っていたのかもしれない」

しばらく考えた後、主命が答えた。

「その、収支をゼロにするって発想、マイナスだったものをプラスにすることが幸せってのが間違いなのかもしれない」

飛びながらくつろいだポースをとった神様が興味深げに主命を見ている。

「続けて」

「…前世の人生をマイナスと考えたため、転生後はただプラスだけを獲得しようとする。でもそれって前世の価値観のレールから一歩も出られないってことじゃないでしょうか?」

「往々にして人はそれを幸せとするんじゃないのか?人生の中で定まった価値観を基準として人生を設計する」

「ふたつも人生を与えられて、同じことを繰り返すのって…」

「馬鹿馬鹿しい?」

「転生することで…視野が狭まってませんか?」

「結局どう言い繕うと、人生は金、地位、異性だからね」

「神様がそれを言うのって…」

「人間についての話だからね。魚の話をするときは、水質、水温、餌という話をする」

「例え話をするなら、飼い犬がいて、主人から餌を与えられている。転生したその犬は、餌袋の位置を知っているから、その餌袋に頭を突っ込んで餌を食べ続ける一生を送りました、そんな感じじゃないですか?」

「転生者たちの人生がか?」

「全てとは言いませんが、最短ルートをショートカットすることに長けた人たちは、どこのゴールに向かっているのかわかっているのかと」

「それこそ、金、地位、異性だよ」

彼らは超スピードで動いている。しかし星々はその位置をほとんど変えず、太陽は未だ指先の大きさだ。

「主命君、君は自分の人生をふたつ、客観視できる立場にある。それは極めて特殊な立場だ。普通の転生者は一度限りの転生しかないのでその視点に立ちにくい。そこで質問だ。

どちらの人生が良かった?」

「…どちらもひどい人生でした…、まあ女神がいたからコッチ、と言いたいけど」

彼はそう決定するのをためらった。

「なら質問を変えてみよう、

どっちの人生を切り捨てたい?」

「神様、それをすべての転生者に聞いて回るつもりですか?」

「君が最初の一人さ。うまくいったらみんなに試してみる」

「どっちも、どっちも切り捨てられない。これは僕が両方の人生を逆に体験したせいなのかもしれないが、辛いことが存在しない人生はないって、両方から学びましたから」

「片方が無くなれば、君は君でいられなくなる?」

「僕が僕でいられなくなります」

「君でない君が幸せになっても、君は幸せにはならないか…」

この転生者フランチャイズを広げてきた神は、自分の仕事の社会的役割について考えていた。

「なるほど、いい意見を聞かせてもらった。今後の参考にするよ」

「まだ続けるんですか?」

「まだこの事業は崩壊してないからね。もっとも、この後の君のガンバリ次第だがね。じゃあ太陽に行こうか。もう、すぐ着く」

「え?」

急激に、その言葉すら生易しいくらいに加速した。光は点から直線にかわり、すべてのほしが進行方向から流れる集中線に変わる。

加速感だけを感じる主命。

太陽が見る間に近づいて、その巨大な姿を現す。

そしてその異様な実態も。


太陽はその先端部のみを影の中から覗かせていた。

太陽を隠す巨大な菱形。

超巨大な菱形の板の中央に太陽サイズの穴が空いており、そこに輝く太陽がすっぽりと収まっていた。

板に周囲を囲まれた太陽の一部分が地平線に沈む星のように輝いているのを主命は見た。

すべてを傲慢に照らし続ける星の王が、完全に囚われの状態であった。


「これが創造神の再起動装置だ」

恒星サイズの巨大構造物。

そこに向かって飛んでいく人と神。

「じゃあ主命君、君の健闘を祈るよ。私が祈るべき神なんていないが、そうするしかないこの現状だからね。最後に言っておこう、君の苦難に満ちすぎた人生には同情を感じていると」

世界を支配しようと、人は支配していないこの神はそう言って主命を切り離した。

主命は困った笑顔で、その人間のような神に返すしかなかった。

「やるだけはやりましたよ」


星の加護から切り離され、今、神の加護からも切り離された。

主命は宇宙空間をゆっくりと降下する。神の最後の贈り物がこの絶死の空間での主命の命を守っていた。

着地した。

超巨大な菱形は、その平面に立つと宇宙に広がる鋼鉄の地平線だ。平面上に幾つもの溝のラインが走っているが、立っている構造物はない。輝く無限の地平線が広がり、その向こうに超巨大な沈む太陽だけが、その姿を晒している。

「でかい…」

その巨大さ、地平と天を埋め尽くす半球。まともな人が見れば正気を失うほどの大きさ。

その視覚の圧は、それだけで主命をじりじと後退させ、気を抜けば吹き飛ばされそうなほどであった。

「パーシャルティー…」

 主命は、彼の女神を探して、太陽に向かって歩を進めはじめた。


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