第40話
転生するのはこれで3回目なのか。
このプロセスは神の力による神秘の技であるにもかかわらず、体感的には雑な映像編集だった。
目覚めたら、そこは地球ではなかった。
牢獄、取調室と瞬時に移り、そして丘の上の草原。曇天のせいか昼間なのに薄暗い。遠くに王都のシルエットが見える。
自分が地球の神に消された教会跡に戻ってきた。
戻ってきたといえば…体を見ると、肉体も着ている衣装の地球の天野主命の物ではなかった。体は若者の体になり手首の酷い噛み傷もない。衣装も囚人服ではなく黒い異世界の平服だ。
久々に若い肉体。そのスペックの高さにあらためて感心してしまう主命。
死んで生まれ変わるのが転生であるのならば、今回のは死んで元に戻っただけなので、転生と言わないかもしれない。そんな定義づけについて考えていると。
「シュメイ!」
教会復旧に勤しんでいたと思われる修道女キリコが、突然の主命の出現に驚いていた。
駆け寄る二人。無言で互いの無事を確認しあう。
その彼女の頬を両手で押さえて主命は感慨深く言う。
「俺は君を殺していない」
驚くキリコはその手にほおずりしながら
「なにいってんの?私があなたを殺してた可能性の方が高いよ」
と答えた。
彼女に何というべきか、自分は君を殺したとされる犯罪者だがそれは冤罪だ、というのか。それとも、君が死んだあとも父上はしっかりと仕事を果たしていたと伝えるべきか…
どちらも感傷だ。前世への未練がましさは今を生きている彼女を苦しめるだけだ。
「ああ、この人が言っているのは、君を前世で爆弾で殺したのは自分だと言っているんだ」
背後を通り過ぎた通行人である神がそう言った。
二人ともに凍り付いたように固まる。
「ちょ!、おい!」
主命の抗議に神は追加する。
「でも実際は殺してない。完全なる冤罪だから大丈夫。神である私が保証する」
なんとか氷漬けから解凍される二人。
「そのこと、僕の裁判で証言してくれない、神様」
「いやだね。神の証言が証拠として採用されない国だろ、君の国は」
「裁判官が何か言うたびに天変地異を起こしてくれるだけでもいいから」
「前世の君はもう死体だ。死後名誉を勝ち取ることには何の意味もない。勝利は生者にのみ意味がある」
「冤罪?死体?裁判?どういうことなの?」
キリコの疑問には後で答えるとだけ伝え、主命は神に追いつき横並びになる。
遠く見える王都、そしてその前には転生者たちの王都ホワイトペンタゴンがある。
そこは、女神とともに主命が目指していた場所でもあるのだが、そこがいきなり爆発した。
爆発の光が発生し建物の4分の1が吹き飛んだ。衝撃破が遅れてやってくる。
髪をばたつかせながら神が言う。
「ああ、やっぱりこうなったか。避難させておいて正解だったな」
ペンタゴンの爆発箇所から禍々しいドラゴンの首が煙の中のシルエットとして見えた。
「どうなってるんですか?」
主命の質問の答えを、神よりも先に王都の方が答えた。王都でも爆発が起きたのだ。
「ここの世界の神が不調でね。魑魅魍魎が暴れだしてる。神の精神失調なんてものがシャレにならないというよい見本だ。神が腹を下せば洪水だし、熱を出せば干ばつだ。だから君たち人間は神を敬うべきなんだよ、効率的にもそれが正しい」
「神、パーシャルティー?彼女はどうしたんですか?今どこに?」
彼、天野主命の女神は、彼の帰還に際して未だ現れていない。
「シュメイが消えて三日で世界はこの有様よ」
キリコも並んでその光景を眺めている。
「シュメイが消えてすぐに世界は闇に覆われて、魔物どもが勢いを増してきてたんだけど、まさか王都とペンタゴンが襲われるなんて…」
「僕が消えて…たった三日って。パーシャルティーになにか起こったのか?」
彼にはあの女神がどうこうなるという事が想像できない。冷静豪胆・人でなし。彼にとって神そのものの女神であった。
「キミの女神ちゃんは、ちょっと病気でね。今は集中治療室に入っているんだ」
「病気?集中治療室?なにいってんだ?だいたいアイツになにかできるのって、同じ神であるあんただけだろ!」
地球の神に詰め寄る主命だが、神はこのわかっていない若者に拗ねたような笑顔を見せた後で
「私もそうだと思ってたよ。神に影響を及ぼせるのは同じ神だけだとね。人間がなにか神に働きかけて動かすことなどできないと。ただその人間に神が動かされる様を二度も見させられたからね…まあそのうち一つは君に動かされてしまった私のことを言っているのだが」
焦れる主命に地球神は空を指さして視線を促した。
「なにか暗くないかい」
「それは曇ってるから…あれ?雲がないな…」
空は雲一つなかった。それでも陽の光は弱弱しく、空を青く見せることができていなかった。その光源である太陽を恐る恐る見てみると。
太陽が空から消されていた。正確には太陽を隠すように横線が引かれ、太陽の頭と尻がわずかに覗いてそこから出ている弱い光がなんとか世界を照らしていた。
「なんだ、あれ…?」
なにか巨大なものが太陽を覆い隠していた。
それは太陽のスケールから考えると、地球からはるか遠く、そして太陽と同じくらいとんでもなくデカいものが太陽を囲っていると想像できる。
「あそこに君の女神はいる。君の女神は病気にかかり、その抜本的治療が不可能であると感知されたために自動的に修復作業を開始した。そのための施設があの太陽を覆っている構造物だ」
「自動的修復って…彼女の意志じゃなくて創造神本体の判断ってことなのか」
「察しがいいな。コンピューター用語の方が理解が早いか。その通り、彼女はまあ閉じ込められたってとこだな。その中で彼女は異常部分として扱われている。さっきいっただろ、精神疾患を患った神など危険極まると」
「だからって、彼女の人格を無視してだって…」
「ないよ!神に人格はない。人間みたいな顔をした神がいるとしたらそれはエラーだ」
人間みたいな顔をして人間の幸福を追求しようとして大問題を起こしエラー張本人みたいな神がそういった。
主命とキリコの冷たい視線を浴びても地球の神に揺らぐところは一つもなかった。
「彼女はどうなるんだ?」
「分解されて情報として保存された状態で再起動させられる」
「情報としてってことは」
「人格は消える。残るのはラベル分けされた標本のような感情のファイルだけだ」
主命は歯噛みした。パーシャルティーは彼にとっては女神であり手の届かない、向こう側の存在であるが、彼の転生後の人生の、ほぼ全て共にした大切な人物である。
「まあ神の再起動自体は珍しくもない。ただ問題は、神の再起動にともない世界にもリセットがかけられる」
「え?」
主命もキリコも声を上げる。二人ともに前世でコンピューターには触れている。
「まあ、神が致命的エラーを引き起こした世界だからね。失敗を経験情報に変換し一からやり直し、という可能性が高い。これは同じ神である私が自分に対して行ったシミュレーションの結果とも一致する」
「世界をリセットって。そんなこと…」
神が親しげに主命の肩を持つ
「だから世界を救ってほしいって、言ったじゃないか」
まるで詐欺師が引っかかったカモに向かって言うような口調で地球の神が言った。
「彼女は、パーシャルティーはなにが原因でそんな重篤な状態になってしまったんだ?」
「君だ」
疑わしい目で主命が返したので慌てて神は付け加えた。
「まあ、たしかに原因は全て私にある。転生者の幸せを願ったハッキング行為がこの世界に致命的エラーを起こしたことは認めよう、神に誓って」
宣誓のポーズをする神
「しかし、女神パーシャルティーを苦しめ、危機に陥れたのは…ああ、やっぱり私だな。君をこの世界から消したことが原因なんだから…」
地球の神もさすがに反省したようで声が小さい。それにいら立つ主命
「だから原因はなんなんですか!」
「君だよ、やっぱり原因はキミ。彼女の病名は”恋の病”ならびに”恋の対象の消失”それが彼女の中の人間的なる領域に深刻な、あるいは破壊的な障害を発生させた。
消してしまった当人が言うべきことでもないが、まさかあの女神が君のためにあれほど激烈な反応を起こすとは思っていなかったよ。恋というのは神ですら壊す劇薬だな」
主命は言葉を失う。彼の脳裏で開幕された走馬燈。彼の人生の記憶を振り返る。そこにはつねに彼女がいて、つねに彼女は酷かった。回転するメリーゴーランドの上から主命を蹴飛ばして回る女神の姿しかなかった…しかしその中に、肩車した彼女と同じ夜空を見上げていた自分の姿も見た。
「僕を恋してる、わけないよきっと」
「ボクネンジン」
「ほんとボクネンジンだよね~こいつ」
神とその修道女が身分違いの恋を自覚してしまった男をからかう。
「いいじゃないの。神に好かれたんだから。熱病にかかった女神の一時の気の迷いでしかないし」
地球の神の冷たい言葉に、その神の敬虔な信者である修道女が蹴りで突っ込みを入れる。
「まあとにかく、君にしか世界を救えない、その理由がわかったかね?」
「いや、わからん。あんたでもなんとかなるんじゃないか?」
「もう無理だよ。再起動を開始した機械に手を突っ込みたい奴はいない。腕ごと食われるのが落ちだ。もう正当なルートでの現状復帰は不可能になった。たとえ同型機の干渉であってもだ。もはや正攻法は通じない。邪道を使うしかない」
「つまり、恋の病にはその当人同士の会話が必要ってこと?」
「察しがいいなキリコ。つまりこういうことだニンゲンたちよ。
時限爆弾の赤と青のコード、どっちの線を切るべきか?
コードを切るべきは人間であり、神はそれに関与しない。世界がリセットする前に神は逃げ出す予定だから」
神は手首にはめた高級時計で時間を確認している。
「世界が終わるのが前提ってわけか。せっかく転生してきた連中もついてないな」
主命の言葉にキリコが笑顔で返すが、寂しげであった。
「だからさぁ、最後に英雄やってみない?」
詐欺師顔の神が誘惑する。しかし主命にはそういった誘惑は不要だった。
「わかってる。そのために、彼女に会うためにこの世界に戻ってきたんだ」
決意している男に対して神はやさしい顔をした。
「で、僕はどこにいけばパーシャルティーに会えるんだ?」
「決まってるだろ」
神は指さした。
遠く遠く、隠されている太陽のその中心を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます