「異世界転生マサカります」より ~転生者仕置き人・天野主命~

第36話


 その部屋には時計もなかった。あるのはマジックミラーらしき壁一面の鏡。外の風景もなく針の進む音もない。時間が進んでいるのかそれとも過去に戻っているのか、老人と男は共に一人の男の生涯の足跡を辿った。

冤罪の罪で人生を失った男の話を。


捕まった当初、天野主命は何かの間違いであり、すぐに釈放されると思った。アパートから着の身着のまま連れ出された彼を、なぜか集まっていた報道が容赦なく撮影し、そのまま放送していた。

拘留された彼は、その人生を丸裸にされ、何度も何度も繰り返し同じ質問をされた。

あの日どこで何をしていた?

もちろん主命は事実を言った。彼の事実を。

そのたびに取調官に否定された。やんわりと否定され、恫喝のように否定され、頭から否定され、最初から聞かれ否定された。

朦朧とする頭で何度も説明した。自分はそんなことはできないと。

しかし無線操作型爆弾による犯罪は誰でも容疑者であった。

彼を取り調べている捜査官でさえ容疑者といえる。携帯さえ持っていれば誰でもできる。当然、主命も携帯を持っている。そしてそれは押収済みである。

主命は自分のアリバイの証明は難しいと考えたが証拠はないと確信していた。証拠がない者をこれ以上容疑者として収監し続けることはできないはず、すぐに自分は釈放されるはずだと思っていた。

だが証拠は見つかった。

警察とマスコミはそう発表したが、主命本人にとっては「証拠が次々と生み出されていった」という状態であった。

彼の携帯の履歴には、彼が過激思想に染まっていく様と反米に固まっていく精神の道筋が全て記録されていたという。

もちろん主命にはそんな思想はなかった。しかし警察とマスコミはタッグを組み、無理筋の説をもっともらしく針小棒大に解説し、彼のテロリスト思想を連日連夜報道した。

事ここに至り、主命は自分の立場を理解した。米国と世界の怒りを鎮めるためのいけにえの羊にされたと。

ようするに誰でもよかったのだ。もし主命が違う立場でこの連日の報道を見ていれば、その人物を犯人に仕立てる事に協力する側に立っていただろう。

国内のヒステリックな犯人捜しの探偵劇は幕を変え、日本人全員協力の巨大な冤罪劇にすり替わっていた。

当然、米国は容疑者の引き渡しと米国内での裁判を要求したが、弱腰であるはずの日本政府はこれを頑として拒否し、国内での解決を加速させた。一日でも早くこの事態を終わらせたいのは国も国民も同じだった。


留置所に届いた家族からの手紙は、息子を心配する親の気持ちが切々とつづられていたが、同時に家族に対する周囲の迫害が強まっていることも書かれていた。


開始された裁判は茶番を超えていた。

容疑者の保護という名目で裁判所内に設置された透明な強化アクリルでできた個室。その個室には空気の挿入口はあるがマイクの線も通らない作りであった。

その容疑者の檻に閉じ込められた主命をマスコミが大挙して撮影した。フラッシュは途切れることなく、裁判の間ずっと主命の目はほとんど何も見えなかった。

彼は一言も発する機会を得られず、彼の箱の隣にいた弁護士に至っては顔が見られないようにサングラスとマスクをして、石のように何もしゃべらなかった。


裁判は手早く進んだ。有罪が出るたびに形ばかりの告訴がなされ、最高裁まで上がっていった。この国がもつ最大の罰を最大の強度で与えるためだけに。

最高裁が国に成り代わり主命に与えた罰、彼の国民としての今後の役割を発表した。

無期懲役。

死刑ではなく。途中釈放がないということは国民全員の総意でった。

刑務所内に彼のために特別に用意された白い狭い部屋。そこが彼の今後の人生の全てとなった。彼は労働も免除され他の囚人と触れ合うことを禁止された。彼には余命ある限り米国大統領を殺害しようとした男として、ここに存在することだけを許されたのだ。

米国は何度も身柄を要求したが、日本政府は事件は解決したとの一点張りで、彼を引き渡すつもりは一切なかった。日本国内において彼の身柄こそが事件終結の象徴だった。


主命に届いた家族からの最後の手紙、息子への愛は書かれておらず、周囲の嫌がらせは度を越え命の危険を感じるため、名を変え住む場所を変え、他人として生きていくという事だけが書かれていた。

主命は初めて慟哭した。彼はただ閉じ込められただけだが、彼の家族は地獄に落とされたのだ。彼が衣食住保証された囚人になった代わりに、彼の家族は「何をされても許される大犯罪人の家族」という人生をこれから死ぬまで怯えながら生きていかねばならない。

外こそが地獄だ。

泣き叫ぶ主命は自分をおとしいれ家族を地獄に落とした全てを呪った。その怒りの矛先を全ての外の人間に向けた。

殺してやる。

誰もかれも殺してやる。

無力な彼はそう叫びながら壁を殴り続け事しかできなかった。

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