第34話
星が崩れ、恒星が滅びた。
神と女神、ふたつの創造神が通った後は、何者も生存できない宇宙の廃墟に変わった。
光速をはるかに超えたスピードで移動し続け、技と技をぶつけ合う神二人。
銀河を一直線に抜ければその銀河を両断し、ブラックホールに触れればそれを投げ飛ばしあう。そんな壊滅的な宇宙の脅威が、ついにその限界点にたどり着いた。
宇宙の限界点、世界の壁に到達した。
その壁に叩きつけられる女神。
そこに地球の神は飲み込んだ恒星200個分のエネルギーを叩きつける。
その宇宙を焼く炎に焼かれながらも女神は反撃し、今度は地球の神を宇宙の限界点に殴り飛ばす。無の世界、宇宙の限界点に足を取られた地球の神に向かって女神は最大の技を繰り出す。
左手を突き出し回転させ巨大ブラックホールを産み出し、右手を掲げて超巨大惑星を作り出す。
どちらも太陽系の大きさを超えるサイズだ。
その巨大惑星をブラックホールめがけて投げる女神の投法。
「
ブラックホールに投げ込まれた惑星は、メキメキと圧縮され吸い込まれていく。巨大な惑星がブラックホールの中で極限を超える圧縮に追い込まれていく。ブラックホールの末尾に生まれたホワイトホールから、直径5センチ大にまで圧縮された惑星が超光速で射出される。
宇宙の壁にとらわれた地球の神に向かって発射されたその弾は、当たった瞬間に宇宙全域を照らす光に変わった。
女神の技は凄まじく、その威力はビッグバン発生時のエネルギーの3%に匹敵した。
女神は自分の力の限界を出した。
それでも地球の神は消えなかった。
「全能であっても限界はあるということか」
女神は自分の全能のうち、とっさに扱える力の限界値というものを初めて知った。もっと準備をすればこれよりも威力を高められるが、それに意味があるとは思えなかった。
「お互い、自分の限界というものを試す機会がなかったからな」
傷ついてはいるが、存在としては剛健を保ったままの地球の神が髪を整えながら言う。
女神の最後の技は宇宙を新たに拡張させるほどの威力があったが、それでも絶対者である神を破壊するには至らなかった。
「どうする、まだ続けるのかね?」
女神は悔しさから無言であった。地球の神は答えを聞くまで動くつもりはなかった。
傷ついた神同士が宇宙の果てで、無意味に佇んでしまった。
地上、こちらも一大事であった。
男と女が長い間一緒にいたことによって、いい雰囲気になってしまっていた。
近づく女の顔にある誘因力に、錆付き乾ききった心の持ち主である男には逆らうことができなかった。二人の顔が近づき、唇と唇の間に強い重力が発生する。それが近付くこと触れ合うことが自然であると、重力が言っている。さらに近づく。さらにさらに近づく。
ゆっくりと、ゆっくりと…
「なにをしておる、主命」
突然現れたパーシャルティーは恨みのこもった声で言った。
いい雰囲気を完膚なきまでに破壊した創造神は怒りの顔で主命を蹴飛ばす。その蹴りの威力は子犬ですら殺せぬ威力であった。
はるか宇宙のかなたで死力を尽くしてきたご主人様がいるというのに、その家来は敵の女といちゃついていたのだ。
「いや、これはその…」
言いよどむ主命とキリコ。
その後ろを司祭の姿に戻った地球の神が通り抜ける。
「いいですよ、暇だったからすることがなかったんでしょう」
「カルハスさま!」
「キリコ、待たせてすみませんね」
「そんなに待たせておらんだろう」
「何言ってんだ、4か月も帰ってこなかったんだぞ!」
そうなのか?という顔のパーシャルティー
「超光速で宇宙の果てまでいってましたからねぇ。その程度ですんでよかったですよ」
神父は崩壊した教会が、すでに雑草に覆われているのを眺めていた。
「で、どうなったんだよ、結果は?」
主命の質問に女神が言いよどむ。そもそも敵対して飛び出していった二人が同時に戻ってきたのだから痛み分けだったというのは主命にもわかっていたのだが。
「まあよい、元に戻ったということだ。私とお前は互いに傷つけることができないというのはわかった」
4人だったものが再び2対2に分かれる。よい雰囲気というものが霧散し主命とキリコは再び冷たい空気を取り戻していた。彼らの主人が帰ってきたのだ。
「これを機にあなたとは手を結びたい。この星の一部を私と子供たちに使わせてもらいたい。それ以上は望みませんから」
「私がそれを許すと思うか?」
女神の顔に邪悪な影がさす。
「たしかにお前を殺すことはできんが、閉じ込めることはできる。忘れるな、地の利は私にあるということを」
実際彼女はすでに行動していた。宇宙のかなたに神を収容するための巨大な牢獄を創造していた。何重にも時空をサンドイッチした壁を持つこの牢獄が有効であるということは、戦闘中に試していたいくつかの行為で実証済みであった。
「そのうえで全ての転生者を殺す。妥協はない、取引もない。この世界の創造主としての、これが絶対にゆるがせない私の矜持だ」
「創造神といものはほんとうに頑固で独善的ですね」
「どの世界の神が言う」
場は再び4か月前の空気に戻っていた。あの嵐の日が再び始まろうとしていた。
地球の神がため息をつく。
「主命君、君はなぜ彼女が転生者を殺さないかわかるかい?人殺しができないわけでもないのに」
いきなり神が従者に話しかけた。
パーシャルティーは殺人ができないわけではない。実際には嬉々として殺人を行う時がある。それでも転生者の殺害は主命に任せて自分では絶対に行わない。
「彼女の、矜持だよ。迷信といってもいい。彼女は自分が転生者を殺してしまうことで”神に直接殺された者”というこの世界のお墨付きを与えてしまうことを恐れている。
異世界から注入された精子である転生者を自ら殺してしまうことは、女神の世界に精子が着床するのを許可することになってしまうと考えている。それを恐れているのだよ。滑稽だろ?」
主命はパーシャルティーの顔を見るのが怖かった。怒りの波動だけでどのような表情かわかったからだ。
「だから君みたいな道具を使う。ばい菌を殺すバイキンさ、君は。バイキン同士が殺しあえば着床せずにすむから、かわいいだろ?小さな傷を恐れる乙女のようで」
女神の怒りが熱を帯びている。その熱が青い焔の怒気に変わる。
「主命、まずあの女を殺せ!私が許す。あの男のことは気にするな。私が相手をする」
キリコと主命の目が合う。互いに暮らした短い期間のことを思う。捨てればいい、そう思った主命。そんな彼の目を見ながらキリコはうなずいた。
悲しいが、お互いにはお互い以上に大切な主人がいる。それを確認しあってしまった。
身に着けていたたった一本の生活用のナイフを抜く。暗殺道具はしまったままだ。彼女は得物もなく構える。
二人は距離を詰める。二人の間にまたしても重力が生まれる。星と星、唇と唇、ナイフと命、互いに引き付けあう重力が、二人をこの場から離さず近づけていく。
「まったく、話のわからない女神様だな~」
恨み声を出した神の姿は消え、主命の前に現れた。主命はとっさにナイフで切り付けようとするが、惑星に匹敵する存在感を持つ地球の神は威圧するだけでその動きを封じた。主命の顔に手を当て
「目覚めよ」
と言った。
主命は消えた。
パーシャルティーは全宇宙に目を発生させ全てを探査した。
しかし天野主命はその分子一つもなく、この世界から消えていた。
「どこにやった!」
怒りの声、それは先ほどの怒気とは比べ物にならない弱弱しいものだった。
動揺、少女の怒りの声だった。
「彼はかなり特別でね。彼に目をつけるとはなかなか良いセンスをしているよパーシャルティー」
「どこにやった!」
悲痛さ、星をも砕くこの女性は失った物の大きさに震えていた。
「彼は、天野主命はまだ死んではいなかった。だから目覚めさせた」
女神は彼の居場所を察した。そしてその遠さも。
「彼は前世の世界に帰った。私の世界、地球へ」
天野主命はこの世界から消えた。
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