第33話
転生者が前世の記憶を取り戻すのはいつか?
「私は8歳のころ、司祭様がいらっしゃって」
たぶん地球神が目覚めさせたのだろう。しかしだいたいそれが平均値だ。8~10歳に目覚め、そこからしゃにむに働き出す。前世を取り返すために。
「主命はいつぐらいだったの?」
「生まれる3か月前」
焚火がはじき火花が飛んだ。主命を見るキリコの目が変わった。
彼が前世の記憶に目覚めたのは生まれる前の胎児の時点だった。大量にインストールされた前世一人分の人生の記憶は、赤子以前である胎児の脳では処理できるものではなく、脳内で多重のクラッシュを引き起こしたすえに廃棄物として忘却処理された。
その結果胎児に残されたのは前世の恨み、
「殺人衝動」という呪いだけだった。
母親の胎内に残ったのは殺しを求める爪も牙も持たない獣だった。
「これは後から推察したり、パーシャ…女神に聞いたことだ。俺は彼女への忠誠の対価としてそういったことも教えてもらった。なんせ全知だからな」
母にとって幸福の象徴だったはずの赤子は赤の他人もしくは、前世の恨みだけを抱えた怨霊となってしまった。
胎児の彼は爪もなく指すらも揃ってない手足で胎内からの攻撃を開始した。3か月、生まれるまで暴れ続けたのだ。
母親だった女性は地獄の苦しみの末に彼を生んだ。すでに人生を生き終えた老いた魂を持った赤子を。
「母親は産んですぐに死んだよ。俺が殺した。生まれる前から俺は殺人者だった」
主命は出てしまった鼻をすすったが、涙は出るに任せた。
親殺しの赤子を好き好んで引き取る親族は彼にはいなかった。捨てられ衰弱死するところをパーシャルティーに拾われた。
文字通り摘まんで拾われた。
「面白い物が落ちとった。使えそうだな」
女神は今の女神とは比べられないほど冷徹な存在だった。
彼女はそれを適当な人間に預けた。神の頼みを断れる人間はいない。女神は主命の精神に枷を嵌め、普通に生活できるようにした。まずは3年。
3年後、またしても女神はひょっこりと現れた。普通の3歳児の主命を見ると
「いがいとつまらなくなったな」
と、精神の枷を外し、一通り彼が大暴れするのを眺めた後、修行者の元に預けなおして消えた。
修行者の男は主命に、自らの意思で殺人衝動を抑え込む修行をさせた。そこで3年。
また現れ主命を見た女神は
「そろそろ使い物になれ」
と暗殺者集団の中にに6歳児を投げ込んだ。
武術の訓練、諜報の下働き、殺しのイロハと叩きこまれた。技術は身に着けたが主命の精神は摩耗していった。そこで10年。
暗殺組織は国王暗殺に失敗し反撃にあい壊滅した。そこから命からがら逃げだした主命は再び女神と会う。
その頃の女神は、まだ機械みたいに冷たかった。
前世の人生をなくし、今世でも人生を失った彼を女神は冷たく見下していた。
それでも、主命の人生において母と呼べるのは、この女の形をした何か、だけだった。彼女の足元にすがりつき、生きる理由を泣きながら求めた。
彼女が感じたことは「完成した」という言葉だけであった。
それだけのはずだった。だがなにか小さな種子が、その女神の中に植えられたこと、それが人間性の一部であることを、
世界全てを見渡せる全知の彼女も、自分自身の内部にはその目が届かなかった。内部にも宇宙があることをこの女神は知らなかった。
「そういうわけで、アイツと一緒に旅を…してねーな。あいつは要所要所でしか現れないから、会ってる時間は正味半日ってとこだな。最近はけっこう…一緒にいたかな」
話し始めた頃の暗い主命は、終わり際には明るく変わっていた。女神の話をする主命には暗殺者の暗い影がなく、親愛なる者を話す喜びがあった。その顔は宗教家が神を語る時のようなものではなく、愛する人を語る男の顔だった。
キリコが聞き見た、主命の話というのは、そういう話だった。
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