第26話
ホワイトペンタゴン最上階は転生者の中でも最古参かつ成功者しか入れない区域である。
その最上階にある空中展望室は半面が王都の美しい全景を眺めることができ、もう半分はペンタゴン内の吹き抜けを上から眺め、行きかう人々の全てを見下ろすことができる。
その展望室に転生英雄の一人、カギロ・ペインが立ち、眼下の小さな人々をゲームのコマのように眺めていた。
実際、彼の前世は小さなゲーム会社の社長だった。学生時代の遊びから発展し会社を作って好きなことを仕事にしようと夢見たが、実際は資金繰りに苦しみ続けヒット作もなく会社は終わった。何一つ人の記憶に残るものを作れなかった。完全なる敗者。それがトラックにはねられる前の彼の人生だった。
その彼も転生後は膨大なファンタジー知識と会社運営経験を活かし転生者たちの力を集結させる組織を作り出し、いまや転生者の中でも英雄レベル、転生英雄というべき地位にいた。
彼の目下の悩みは「転生者殺し」の存在であり、それを仕留めるための罠の設置法であった。
ドアがノックされ、客人が入ってきた。
罠のための生き餌。殺人鬼が食らいつくほどに魅力的な転生成功者。
リカーシュ教司祭、カルハス・スミージュが入室した。
広い室内に一つだけ置かれた小さいテーブルとソファーに二人は座る。カルハスは初めて入った展望室に感心しきりである。カギロが彼をこの展望室にわざわざ呼んだのはそれが目的である。
人は建築物に圧倒される。そしてその所有者にひれ伏す。個人がいかに権力を持とうと、それは見ることができないので伝聞の情報としてしか機能しない。しかし建築物は違う、巨大さ精巧さ華麗さ壮大さ、すべてが目に見え権力を視覚化する。
まず自分の力を見せつけてから会談する。力の差を見せつけて交渉を一方的なものにする。巣の大きさ頑丈さが多くの生物のステータスであり、それは人間も変わらない。
「すばらしい眺めデスね!王都がはっきり見えます」
カルハスは子供のようにはしゃぎ落ち着かない。その様子を冷たい目で見るカギロ。カギロとしては彼に進んで罠の生き餌となってもらいたい。権力を駆使して首根っこを押さえて死地に送り出すような真似はしたくない。良心からではなく転生者を見殺しにしたという噂が流れるのを嫌ったからだ。それは彼の権力基盤に傷をつけ、今後の権力闘争の障害になる。。
カギロは慎重に言葉を選んで「転生者殺し」討伐作戦について切り出した、そこでカルハスにどういう役目をしてもらうかを。カルハスに今回の囮作戦がいかに転生者達の安全にとって重要であるか、彼の安全のために自分がいかに万全を尽くすかを、丁寧に説明しようとした矢先、
「お任せクダさい!そのお仕事お引き受けします!」
気が抜けるほどの快諾をされた。
「転生者たちを殺して回る不埒な行為、わが神がお許しにはなりません。神の栄誉を授かったこの我が身、すべてカギロ氏にお預けします」
念押しのために確認するカギロ
「極めて危険な作戦でありますよ、司祭様。相手の正体も知れず多くの手練れが打ち倒されておりますぞ」
カルハスは胸をドンとたたき
「我が身全て我が神の物、私を害することはすなわち神を害すること。すなわち不可能でアリます」
あまりの盲目宗教馬鹿っぷりに、カギロはため息が出そうになるがなんとか我慢した。肉体が軽蔑を示そうとしたのをなんとか精神で抑え込んだのだ。
「神様が…守ってくださいますしね」
なんとか同意の笑顔を作り、同意の言葉を吐き出せた。
「転生者にはそれを見守る神がオワします。彼が絶対に守ってくださいまス。これを破れるものは神以外にありません。即ち不可能デース」
「司祭様は急ぎ教会にお戻りいただきたい。私の配下の警備隊を同行させます。警備は私の部下にお任せください。ただし、賊の正体を確認するためにわざと教会内部へ侵入させねばなりません…」
たとえ司祭が殺されようとも、殺人鬼の正体さえ知れればあとはいくらでも料理できる、そういう段取りである。
「オウ、私にも頼れる人がいます、私の守りをご紹介しますヨ。入ってー」
カルハスは自分が入ってきた方の扉に声をかけるが、なんの返答もない。
「司祭様、誰もおられないようですが」
「います」
後ろからの声にびくりとするカギロ。いつのまにか彼の背後に一人の修道女が立っていた。この展望室には家具はソファーとテーブルだけ、周囲は完全にガラス張りで隠れる場所などない。二つの扉はあるが一般用と貴賓用で、貴賓用の扉の前には警護の者が立っており誰も通すはずがない。
「オゥ、キリコ。入口間違えてると、ソッチじゃないよ」
キリコと呼ばれた修道服の少女はカルロスの背後に回る、
「警護の者がいたはずだが?」
「あー、いたねそんな人たち。隙だらけだったから通り抜けてきちゃった」
ペンタゴン上層部の厳重な警護は転生英雄たちの通常人たちに対する警戒心の現れであり、部外者の侵入など決して許さないはずである。それなのにこの少女はそれを容易く抜けてきたという。そのような手練れをこの司祭は飼っているということなのか、カギロは動揺した自分を抑え込み、場の優位を取り戻そうとする。
キリコという少女は人形のように美しく、体にフィットした修道服が禁欲さと男を誘う色香を作り出していた。
「司祭様も隅に置けませんな。このように美しい子をお飼いとは」
「キリコは私の娘のようなものデース。彼女はとても強いネ…だからカギロ氏も安心してください」
そういってカルハスはキリコの手を取り彼女の青い瞳を見つめた。
カギロはただの宗教馬鹿というカルハスの評価を書き変えなければならなかった。
転生者は一芸に秀でる者。この司祭にもまだ隠している何かがあると、カギロの二つの人生経験が警告を発していた。
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