第25話

 

「おろろろろろ~」

道端に吐いている女性は誰あろう、女神パーシャルティーである。

酒を内蔵にしこたま収納した彼女はそれを吐しゃ物として再生し地面に恵みとして振りまいているのだ。さすが創造神というべきか。

彼女は先日の虐殺の後の食事会で初めて酒を飲み、はまり、今やすっかりアル中とかしていた。

「お前、大丈夫か?」

すでに3日もこんな有様の女神を介抱しながら旅を続けている女神のたった一人の殺人鬼使徒、天野主命もさすがに心配になる。

神だからアル中で死ぬということはないだろうし。いくら飲んでも元気に粗相をする女神なので放っておいてもいいのだが、彼女の「殺人許可」がなければ彼の人生は先に行かないので介護を続けるしかない。

「だいジョーブ、だいじょうぶ。しかし人間ってどうかしてるわね。こんな好き勝手に暴れる体に乗って暮らさないといけないなんて」

そういってまた酒をあおる。実際に彼女の歩きは横に斜めに、前に進むということがない。

「いい加減に酒をやめろ」

主命が神の手から酒を奪うが、次の瞬間にはまた神の手に酒の入ったジョッキが戻っている。それを飲み干し酒臭い息を吐きだす女神。空になったジョッキにウインクするだけでジョッキが喜び勇んで酒をなみなみと充填させる。

「酒のことだけではない、ヒック。日々欲望と感情に突き動かされ、行動の殆どすべてが脳内の突発的な動きの結果でしかない。知性も理性も脳の物置きに捨て置かれている。朝起きればトイレに食事、少し動けばトイレに昼飯、ムカついて殴り、落ち込んで拗ねる、そしてトイレにに夕食、セックス!そして何もなしえず睡眠だ」

酒が彼女の口を軽くしているのは明らかだ。今まで女神がこんな饒舌だったことはない。

「人間のいう理性は、人間という肉体についたラベルでしかない。行動の90%が身体の欲求でしかないのだから」

「だからといって馬鹿にしていいものでもないだろ。あんたが作った物でもあるんだからな。創造主の程度が人間の程度でもある」

「いや、馬鹿にはしておらんぞ。よくもこんな体に乗って今まで文明を作れてきたものだと感心しておるのだ。わたしも初めて人間の肉体で羽目を外してみたが、全知の知性がまるで役に立たん。アルコール万歳!」

知性が下がりきっている。いきなりジャンプして主命の肩にまたがり肩車を強要する。

女神の抜き身の太ももが強く主命の顔を締め付ける。アルコールの回った体はどこもかしこも紅く温かい。

「主命よ、お前との付き合いも長いが、今が一番かわいく思えるぞ」

主命の頭に豊かな胸を置き、その胸越しに顔を近づけて話す女神。顔に酒の匂いが降り注ぐ。

「長い付き合いって、会うのは何年かに一回、数分じゃねーか。全部足しても半日にもならないぞ」

彼と彼女の今までの付き合い方からすると、酒におぼれた女神を介護して一緒に過ごしたこの三日間はかなり特別な期間であった。

「私が最初にお前にあったのは、お前がまだこーんなに小さかったぞ。確かあれは受精して間もなくか」

「それは会ってないし、覚えてるわけないだろ」

「それから十月十日、生まれてきたお前を見た時の私の気持ちがわかるか?」

「わかるわけないだろ、どう思ったんだ?」

「無だ。なにも思わん。神は人間が生まれようと育とうと死のうと、何も思わん」

酒に酔って蕩けた女が思い出す過去に、今の人間的な彼女はいなかった。

「なぜあの時になにも感じなかったのだろう。今はこんなにも懐かしく愛らしいお前であったのに」

胸をより強く主命の頭頂部に押さえつけ丸まる女神。

「人間の体に入っているせいだよ。それが作り出してる感情がそう思わせてるだけで、神様は本当はそんなことは思わなくていいんだよ、肉体が作り出してる幻だ」

女神の膝を叩き、神的な視点に寄り添ってなんとなく慰めてしまう主命。

「お前たちは日々、こんな思いを授かりながら生きてきたんだな…」

主命の頬に水滴が当たる。雨かと思ったが、夜空は雲もなく星が幾らでも輝いていた。

背を思いっきり伸ばす女神、主命は崩れるバランスを事もなく保った。

女神は夜空を、遠い星の世界、彼女の定住していた場所を見つめる。

「主命よ、創造神の仕事がなにかわかるか?」

「宇宙を作って、星を作って、生命を作って、見守る?」

「作るところまでは正解。見守るはない。ただ作るだけだ」

主命に肩車をしてもらっている女神はそこからより高い場所に向かって手を伸ばす。

「私の仕事はこの宇宙を作った瞬間に終わった。宇宙を生み出す一瞬以下、かぎりないゼロの時間。そこで私はこの宇宙を生み出し、わが子である宇宙から分離した。あとはただ漂っていただけだ。何十億年もの間、愛しい宇宙と無関係に」

主命も空を見る。彼には輝く星しか見えず、そこにある巨大な闇の空間は認識できない。

「私はこの宇宙になにもしていない。ただ勝手に変化し進化し成長し滅ぶ、それを繰り返す。私は最初に全ての可能性をこの宇宙に与えている。なにも関与しなくてもこの宇宙はその可能性を発展させ続けていく。そうなるように私が作った」

「この星も俺たちもその可能性の結果だということか」

「ハっ、主命。可能性の結果などではない。まだ可能性には無限の領域があり、結果などまだまだ出ていない。すべては可能性の過程の段階。結果を勝手に出すなよ、主命」

神に咎められ頬が紅くなる主命。女神の太ももよりも主命の頬の方がやや暖かいか。

「だから私は一つ一つの種にも一つの惑星にも恒星にも思い入れを持たない。すべては無価値として存在してきた…。いや私も宇宙の塵と同じように無価値にただ漂っていただけだ。創造神という名誉職にすがりながら…」

酒に酔いしんみりしている女性を肩車した主命は、わざと大きくステップを踏み、女性を楽しく揺らした。

「だが、こんな世界もある。人が見る世界。私の価値と違う価値。低レベルで肉体に支配されてるだけで、何事もなしえない連中の無価値な価値基準だが。それもいい。一時だけそれに溺れるのもいい」

丸まり主命の頭に抱きつく女神。彼女の体重が全て主命の首にかかってくる。女神は酒におぼれ、肉体の欲求に負け、無防備にも、人間的な眠りに落ちてしまった。

そんな彼女を支えながら、主命は夜の道を星と月に見守られながら歩いた。

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