第24話
この世界における異世界転生者はすでに既得権益者といっていい。
生前の知識はそれが義務教育レベルであっても、この世界の通常の人間の百年分の知識を上回り、なにより「生きること」「生き直すこと」への情熱は「天才と言われる人間のみが持ちえる情熱」に匹敵する。
しかし、転生者はその正体をこの世界の通常の人間に知らして回るようなことはしない。その本性を隠し、真名を秘し社会に紛れつつ己の利益の最大化を目論む。寄生していることを知らせる寄生虫はいない。
しかし、その転生者のみを狙って殺す奴らがいた。知られていないはずの正体を探り出し殺して回っている奴らがいる。
転生者たちが最も恐れていた事態が起こっていた。
ここホワイトペンタゴン中央会議室に集う転生者達は、転生という利点を生かして最大限に成功した者たちばかりである。彼らはその成功の過程で前世でなしえなかった行為、欲という欲をかなえてきた者たちばかりである。
その彼らにとって最も恐れるべき殺人者が迫っていた。彼らの狼狽とその反発からくる激高で会議の場は荒れに荒れていた。
すぐさまペンタゴンを要塞化する案から、私軍を出動させて軍事的防衛ラインを作り出す案、影武者を用意する案まで、命がかかったこの事態に見苦しいほどに大げさな案が飛び交っていた。
会議の座長を務めていたカギロ・ペインはその場の荒れ模様を眺めながら、殺人者たちの行動について考えていた。
たしかに徐々にここホワイトペンタゴンに近づいてきてはいるが、その進行ペースは1週間や1か月と不規則に空いている。とても計画があって行動しているようには見えない。しかしいずれはペンタゴンにたどり着き、下手をすればペンタゴン内で大殺戮がおきる、という可能性も否定できない。一番最近の紅旅団の殺害現場とペンタゴンの間にあって、転生者がいることが明白な場所、そこに罠を仕掛けられれば…とカギロは地図上の一点に目を向ける。
喧噪騒がしい会議室に一人の男が入ってきた。
「みなさん。どうか落ち着いて下さサーイ。転生者をまとめ上げ導くあなたガタがそのような有様でどうなるでショウ!」
「おお、司祭様」
素っ頓狂な人物が入ってきたが、会議に出席するような者たちにとっても彼は重要な人物のようであった。
「司祭様」「ああ、司祭様!」「われらの神はわれらを凶刃から守ってくださるだろうか」
有力者達がつぎつぎと司祭に取り付き救いを求める。
彼ら転生者の神「リカーシュ」教の司祭。
カルハス・ズミーシュだ。
転生者、彼らの宗教観は?
もちろんある。転生という神秘の体験者であり体現者である転生者は当然、
「前世」と「今世」という概念とそれに付随する「世界を分ける壁」と「壁を乗り越えさせる存在」という物を信じざるを得ない。
そしてなにより「人生をやり直してよい」という”許可”を与えてくれたグレートな存在を信じ、「そのグレートな存在に選ばれた自分」という神話を絶対的に肯定する。
それが転生者すべてが持つ世界観であり、申請魔法があり神が「身近」であるこの世界では宗教観といって差し支えない。
その世界観を創作し文字情報にして伝播するシステムとして「リカーシュ教」は作られた。この新興宗教は次々と生まれてくる転生者たちをペンタゴン配下へと一本化させるためのシステムといっていい。
しかし人は信じたいものを信じる。この宗教を作り上げたのはこの会議場に集った有力者たちであるにもかかわらず、彼らは自分たちの作った物を信じてしまった。今やこの転生者の支配構造にリカーシュ教は欠かすことのできない精神的支柱となってしまっていた。
しかし座長カギロ・ペインは数少ない自己の創作物を信じない男だった。
彼がリカーシュ教司祭カルハス・ズミーシュを見る目は冷めていて、まさしく罠に使う囮の動物を見る目であった。
「大丈夫でス、我らの神は必ずや我らをお助けくださいマス。我らをこの地にお導きくださった神が、なにゆえに我らをお見捨てになりまショウ」
顔の良さと人柄だけで司祭に選ばれ男は周囲に集まるおびえた信者たちを懸命に励ます。彼もまた作られた宗教に飲み込まれた転生者なのだ。
紅旅団の拠点からホワイトペンタゴンの間には、彼が任されているリカーシュ教教会がある。暗殺者を嵌める罠を張るならそこであり、生贄に相応しいのは彼である。
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