第21話
石造りの建物は絶叫を伝えるのには向いていない。3階の死闘は1階の最後の仲間たちに伝わるのが遅かった。
ようやく駆けつけた時にはすでに事は終わっており、タイトウ、マキス、ヘンドウの3名の死体が残るのみであった。
「ヘンドウ…」
ケヴィンはつい先程まで会話していた僧侶の、見開き息絶えた顔を見て怒りや悲しみよりも恐怖を感じた。
次にこの顔をするのは自分なのかもしれないという恐怖を。
「二人とも気を抜くな。まだ奴はこの建物の中のはずだ」
旅団団長テイラーが怖気づく団員たちに発破を掛ける。彼が率いる最後の団員である2人に。
「もう、逃げたんじゃ…」
女魔法使いのステラが儚い希望を口にするが、本人も含め誰もそんなことは思っていない。この徹底した仕事ぶりからして、最後の三人をむざむざと諦める暗殺者ではあるまい。
そして彼らにしても、家族とも言うべき仲間をここまで殺された以上、逃げるという選択はできない。前世の悔いを胸にし新しい人生を共に栄誉ある物にするために、ここまで一緒に戦ってきた同志なのだから。
テイラー、ケヴィン、ステラの三人は慎重に3階を見回し、暗殺者がいないことを確認して2階に降りる。
ケヴィンの胸中は不安が渦巻いていた。彼自身の生死の不安もあるが、それよりも大きな不安は昨日から喧嘩別れしたままのロウリィの事であった。
「まだロウリィの死体は見つかってない…」
「大丈夫、あの子は賢いからどっかに隠れてるはずだ」
団長が階段を警戒しながらケヴィンを励ます。階段の影に隠れて2階の廊下を左右に見渡す。この建物で一番広いリビングの入り口に人影が見えた。その影はロウリィのものではない。
「いたぞ、みんないいか」
後ろの軽戦士ケヴィンと魔法使いステラに準備をうながす。
「3人で囲む。絶対に一対一になるな。ステラ、詠唱が終わったらすぐに撃て。俺たちに当たっても構わん」
ステラがうなずく。たとえ仲間に被害を与えようと確実に敵を殺す、という事を三人は確認した。
影の男はリビングに入り静かに気を探る。食べかけの豪華な料理に酒が並ぶテーブル。慌ただしく戦支度をした人たちの残した装備品が散らばる。つい先程行われていた祝いの祝宴の熱がほんの僅かに残る大広間。その祝いの声を発した人々は、ほとんどすべてが冷たい死肉となって館の床に横たわるオブジェに変わった。
この男がすべて殺した。
動く気配はリビングの入口から流れてきた。
遠慮なく入ってきた3人が、影の男から一定の距離を保ちつつ、取り囲むように移動する。低いテーブルやクッションを蹴り飛ばし戦いの場を作り出す。酒も食べ物も床に散らばる。
影の男は3人に取り囲まれているが、背後は取らせないように位置を変え、絶対的不利を避ける。戦士テイラー、影の男、軽戦士ケヴィンが一直線になる。左右を戦士に挟まれ正面には魔法使い。遮蔽物のない広間、狭い廊下のように一対一を作り出すことはできない。
団長テイラーは自分の旅団を崩壊させた男の姿を見る。全身黒で黒いマスクまでして顔も素性もわからないこの男にすべて奪われた
。憎しみが全身から湧き出してくるが、同時に恐れも染み出してくる。彼の仲間、手練と呼んでいい連中がこいつ1人に殺られたのだ。自分の剣の腕前に自信があるわけではないテイラーは自分が勝つビジョンが浮かばない。もう一つのビジョン、自分の死。前世において経験がある、あの死が再び…。
影の男を挟んで対面するケヴィンの、心配する目と合った。
「いくぞぉ!ケヴィン!」
「はい!団長!」
お互い感じていることは同じ。逃げたいのも同じ。だが同じ仲間としての意識が2人に戦いのスイッチを入れた。
団長の剣が唸る。影の男は背中から細身の短剣を抜き出しそれをいなす。
少し遅れてケヴィンの剣が迫る。これは体だけで避ける。そこにまた団長が切る、受けたところをケヴィンが狙う。手甲で受けケヴィンの体を弾く。団長が更に切る、ケヴィンがよろけた体勢から強引に切る。
左右から同時に攻撃する。最初から決めていた2人の必勝の策だ。深くは踏み込まない。可能な限り同時に切り込みどちらかを当てるという、単純ながら絶対的な作戦だった。
しかし、敵の技量は図抜けていた。
その二人の攻撃に完全に対処してる。弾き、いなし、避け、弾く。左右二対の目があるのか、時には手足の装甲も駆使して2人の攻撃をしのぎきっている。
だが、この状況も団長の予想の内だった。9人を殺してきた暗殺者が並の技量であるはずがない。平凡な剣士である2人ができるのは足止めと、時間稼ぎだ。
その3者から離れた位置にいる女魔法使いステラは2人の必死の攻撃をただ見ていたわけではない。彼女の唱える炎の攻撃魔法の詠唱が完成直前…
「ステラ、今だ!」
団長の叫びとともに、団長とケヴィンが同時に攻撃し暗殺者の動きを封じる。たしょう火の粉を被るかもしれないが、これが最小の被害で済む作戦だ。
詠唱の完了したステラの杖の先に業火の種が産まれた。
団長の叫びとともに動いたのは3人だけではなかった。
影の男は団長の突きを体を捻りギリギリでかわす。ギリギリすぎてその刃は男の体をかすめ皮膚を裂いた。団長に背を向けた影の男の正面には、今まさに切りつけようというケヴィンがいた。
影の男は長い腕を伸ばし、ケヴィンの振り下ろされた手首を掴み、強い力で引っ張る。振り下ろす体勢を崩されたケヴィンは前のめりに倒れ込み、その腰のベルトを影の男は握りしめ…
思いっきりケヴィンを投げた。投げた方向は詠唱を完了した魔法使いの眼前だ。
今まさに火炎を生み出した杖の先に、投げ飛ばされたケヴィンの体が蓋をする。
吹き出した火炎はケヴィンの鎧を着た体に阻まれ、投げ飛ばされた勢いによって反射させられた。
「うぎゃおぎゃぁぁ!」
自らが放った炎は反射され魔法使いの顔を襲った。飛んできたケヴィンがぶつかり魔法使いはもろともに後ろに倒れ込んだ。
魔術の炎はたやすくは消えない。炎に焼かれた顔がさらにケヴィンの体によって蓋をされ、さらに焼かれ続ける。蓋であるケヴィンも同様に焼かれる。
叫びと肉の焼ける匂いが部屋に充満する。
その光景を見て、自分の第二の人生の全ての崩壊を見て、団長テイラーは呆然としていた。
彼の目の前には、その崩壊の元凶。抗えない運命である影の男が立っていた。
団長は剣を捨て、手のひらを見せて暗殺者に静止を求めた。
「もうやめよう」
彼はそう言ったが、影の男は一閃によって、彼の開いて見せていた手の指4本を飛ばした。
もう一閃は彼の首筋を通った。
団長テイラーは再び味わう感覚を懐かしく思った。
あの日、会社のデスクとデスクの間に崩れ落ちる自分。体内の何かの線が切れたというあの感覚。肉体のスイッチがどんどんとオフになっていく、「死の感覚」。
「やっぱり慣れないな」
二度目の死も、後悔の中で心地いいものではなかった。
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